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第15話 琥珀の役割?

 朝食を食べている間も、私は暗かった。修司さんに話しかけられても、その声も聞こえなかった。

「美鈴ちゃん、無視しないでよ」

「………」

 修司さんをちらっと見たが、そのあとも私は黙々とご飯を食べた。


「美鈴、里奈ちゃんはどう?これからもここでバイト続けてくれそう?」

「え?うん」

 お母さんにそう聞かれ、お母さんにはちゃんと返事をした。

「そう。よかったわ」


「里奈ちゃんは、明るくて美人さんだねえ」

 にこにこしながらお父さんがそう言うと、

「高校の時から里奈ちゃんは、しっかししていたよね。美鈴が学校で熱があって早退した時にも付き添って来てくれたり、風邪で休んだ時にもお見舞いに来てくれたり。いい子だよね」

と悠人お兄さんも顔をほころばせた。


「悠人お兄さん、そう言えばお昼に里奈と話をしたの?」

「え?!い、いや。話ってほどのことじゃないよ。うん」

 あれ?真っ赤だ。それにいい子だよね…なんて褒めたりして、もしかして里奈がタイプ?


「へ~~。そんなにあの子、いい子なんだ」

「修司君、真面目な子なんだから近づいたりするなよ」

 悠人お兄さんは、すかさず修司さんにくぎを刺した。修司さんはにやりと笑ったが、お兄さんの言葉に何も答えなかった。


 隣にいる琥珀は、無言だ。また、我関せずという顔をしてご飯を食べている。そして、食べ終えるとさっさと立ち上がり、和室を出て行ってしまった。


 あ~~。琥珀の隣にいるの、緊張した。それにしても、琥珀はこういう時に本当に何も言わないんだなあ。


 そのあとも、一人で暗く境内を掃除していた。

「美鈴」

「あれ?ひいおばあちゃん、どっかに行くの?」

「たまの散歩だ」

 ひいおばあちゃんが杖をつきながら歩いてきた。体がなまると言って、たまに天気がいい日にひいおばあちゃんは境内を一周散歩する。


「今日は風もないし、いい天気だな」

「うん」

「それにしては、美鈴は元気がないな。どうした?」

「なんでもない」

「なんでもないという顔じゃないだろ」


「……ねえ、ひいおばあちゃん。もし、ひいおばあちゃんが龍神の嫁だったとして、他に好きな人ができたらどうする?」

「好きなやつができたんか」

「もしって言ったじゃん」

「琥珀か」


「聞いてる?私の話。例え話だからね!」

「…そうじゃなあ」

 ひいおばあちゃんは空を見上げた。

「狐に化かされて、魂を奪われないよう気をつけるかな」

「はあ?まだ琥珀が狐だと思ってんの?もう、いいよ」

 やっぱり、ひいおばあちゃんに相談しても無駄だ。


「美鈴、もし美鈴が龍神の嫁だという宿命なら、すべて天に任せることだ」

「天に?どういうこと?」

「なるようになっている。犠牲になるとかならんとか、そういう話ではない。美鈴がそういう使命を持って生まれたのなら、美鈴が龍神の嫁になることは、それが一番の幸せなのかもしれん」

「そんなのおかしいよ。本当に好きな人と結ばれるのが幸せなんじゃないの?ほら、ハルさんだっけ?他の男と逃げた」


「美鈴…。その女が幸せになったかどうかはわからんだろう?」

「……そうだけど。不幸になったかどうかもわからないじゃない」

「運命に従ってみるのだ。それが何よりだ」

「運命に逆らってみたらダメなの?!」

「ひいばあは、90年以上生きてきた。起きてくることはみな必然。逆らってみても、苦しいだけだった」


「でも…」

「みんなが美鈴を龍神の嫁になんかさせないと言って、なんとかしようとしているようだが、そんなことしても、無駄なことかもしれん。逆らわないほうがいいのかもなあ」

「ひいおばあちゃんだって、私の誕生日の夜、とうとう18になったかって、さわいでいたでしょ?」

「そうだがなあ。あとから考えたら、何が正しいのかわからなくなっての。結局はなるようにしかならんと思うぞ」


「そんなこと言ったって」

「龍神に気に入られなかったらいいだけだと美鈴は言っていたな」

「うん」

「気に入るか気に入らないかの判断も、こっち側では決められないのだ。朋子さんは他の男と結婚してしまえばいいとも言っていたな」

「うん」


「確かに。龍神の嫁は穢れを知らない純潔さが条件だ。昔なら、この敷地内から出さないとか、他の男と会わせないとか、いろんな方法で守ることはできるが、現代は無理だ。境内から外に出たら、どこにでも男がいる」

「うん。でも、彼氏もできなかったけどね」

「それも、運命かもしれん。龍神の嫁になるから、他の男が寄らないようになっていた」


「……琥珀は龍神の加護が付いているって言ってたよ。だから、近づくと他の男に災難がかかるって」

「そうか。ふむ。琥珀はなんでそんなことに詳しいんだ」

「お父さんに聞いたんだって」

「なぜ、遠縁にあたる琥珀にそんなことを教えたんだ?」

「さあ?そこまでは知らないけど、色々と詳しいの。あれこれ教えてくれるの」


「ふ~~~む」

「もし狐なら、そんな情報わざわざ教えてくれると思う?」

「さあな」

 ひいおばあちゃんは首をかしげ、

「琥珀は修司からもお前を守ってくれているようだな」

と、私に聞いてきた。


「うん、守ってくれてる」

「そうか…」

 またひいおばあちゃんは首をかしげ、そのまま歩いて行ってしまった。


 もし、狐なら、変な男から守ってくれるのかな?

 それに、遠縁にあたる琥珀が、この時期になんでうちに手伝いに来たのかな。特に忙しくなるわけでもないのに。もしかして、私が18になったから?そう言えばそれを最初に確認しに来たって言ってたよね。


 もしかして、琥珀のお父さんから何か言われてきた?私がちゃんと龍神の嫁になるように、他の男から守れとか…。そんな役目でもあるのかな。


 それ、嫌だな。琥珀が、私が龍神の嫁になることを後押ししているとしたら、この恋は絶望的じゃない?


 ガ~~~~ン。琥珀が狐で私をさらってくれた方が嬉しいかも。

 あ、でも、喰われたりしたら最悪だな。


 じゃあ、一番いいのって、琥珀が龍神ならいいんじゃない?琥珀が龍神だったら、堂々と私はお嫁さんになれるよ。


 なんてね。

 とんでもない想像をして、逆に落ち込んだ。そんなことあるわけないし…。龍神なわけないじゃない。人間の体しているんだしさ。


「は~~~~~~あ」

 今日は琥珀はやってこないんだなあ。

 空を見上げ、大きなため息をつき、また掃除を再開した。


 月曜の今日、天気がよくても参拝客は少なかった。今日もまた壬生さんは休み。3日も休むくらい、具合が悪いなんて大丈夫かな。風邪かな。


 社務所にいても暇だった。とにかく誰も来ない。琥珀すら来ない。来てもどう接していいかわからないだろうけれど、会えないのも寂しい。ほんと、私、どうしたらいいんだ状態だよ。


「美鈴ちゃん、暇そうだね」

 げ~~。修司さんが来ちゃったよ。

「修司さん、こんなところで油売ってないで」

「僕も暇なんだよねえ」

 修司さんは隣の椅子に座って、お守りをいじりだした。


「それ、勝手に触らないでくれます?」

「ねえ、里奈ちゃんだっけ?今日は来ないの?」

「多分週末だけのバイトになると思います」

「ふうん。結構あの子、気が強そうだね」

「そうですね。修司さんみたいな女ったらしは大嫌いだと思いますよ」


「なるほどねえ。そういう子は苦手だ。変にエネルギー使うのももったいない」

「は?」

「そうだ。もう一人いた子はバイトしないの?」

「真由?」

「真由ちゃんっていったっけ」


「来ませんよ。真由のこと狙っているんですか?」

「あの子、僕に興味持ったでしょ?」

 危ない奴!絶対に真由を近づけさせないようにしないと!

「真由は来ませんから!」

 そう言って私は、事務員さんに手伝うことはないか聞きに行った。


 しばらく事務仕事をしていると、呼び鈴がなった。慌てて社務所に行くとなぜか修司さんではなく琥珀が対応をしてくれていた。

「あれ?修司さんがいたはずだったんだけどな」

「いなかったぞ」

「参拝客が来たから、琥珀来てくれたの?」

「そうだ」


「ごめん。修司さんが来たから、裏で事務仕事してた」

「別にいい。修司に近づくよりもな」

「どうして琥珀は私を守ってくれるの?」

「龍神の嫁になるからだ」

「それだけの理由?」


「そうだ」

「それはどうして?誰かに頼まれたからここに来たの?」

「……」

 琥珀は黙って私を見た。

「おかしなことを言うな」

 そう言うと、琥珀はまたぷいっと前を向いた。


「なんかおかしなこと言った?」

「なぜ、誰かに頼まれてわざわざそんなことをするのだ」

「お父さんに頼まれたからとかじゃないの?そういうお役目があったり」

「俺にそんな役目が?!」

「うん」


「………」

 また無言で変な顔をして私を見ている。

「おやじはお前を守れなんて言っていない。俺の意志だ」

「え?そうなの?」

 なんで?!どうして?!気になる。でも、これ以上突っ込んで聞いていいかどうか。


 琥珀は黙って窓の外を見た。それから突然、社務所を慌てて出て行った。

 なんで?ここにいるのも嫌だとか?と傷ついていると、

「美鈴ちゃん!」

と裏の事務室から事務員さんが駆け寄ってきた。


「はい?」

「参拝客が倒れたようだ。今、琥珀君が休憩室に連れてきて介抱しているけど、お母さんか誰か呼んできて!」

「は、はい!」

 慌てて私は猛ダッシュで家に走った。家には誰かがいるはずだ。


「お母さん、お父さん、誰かいる?参拝客が倒れたんだって!」

 そう玄関の扉を開けて叫ぶと、中からバタバタと足音が聞こえてきた。

「どこにいるの?」

「琥珀が連れてきて、社務所の休憩室に寝かせていて、介抱しているって」

「わかった」


 お母さんもお父さんもすっ飛んで社務所に走っていき、お社の方からは悠人お兄さんも騒ぎに気が付き走ってきた。


「大丈夫?」

 お母さんが大声をあげながら、休憩室に駆け込むと、

「し~~。今、落ち着いている」

と琥珀がお母さんを黙らせた。


「若い女の子ね。どうしたのかしら」

「心臓がもともと弱いようだ。お守りを買った時には元気そうだった。そのあと、参拝に行く前に具合でも悪くなったのか…。突然倒れこんでいた」

「社務所の窓から見えたの?それで琥珀は飛び出していったの?」


「失敗だ。ちゃんと護れなかった」

「え?」

「参拝者を護れなかった。この空間のどこかがよどんでいるんだ」

「そんな、琥珀のせいじゃないよ。それより、救急車呼ぶ?」

「そうね。お父さん、救急車を」

「大丈夫だ」


 琥珀はそう言うと、その若い女性の胸のあたりに手をかざした。

「もう落ち着いている。ちゃんとエネルギーも分け与えた」

「誰が?琥珀が?あ、この前私にしてくれたみたいに?」

 そう私が聞くと、お母さんもお父さんも、

「どういうこと?」

と同時に聞いた。


「琥珀君はそんな力があるのかい?」

 悠人お兄さんだけが冷静にそう聞いた。

「ああ、顔色もよくなってきた。もう大丈夫だ。ここでしばらく休ませてあげよう」

「本当だ。ここに琥珀君が連れてきた時には真っ青だったのに」

 事務員さんも後ろから女の人を覗き込んだ。


「いやあ、本当にあせったよ。琥珀君がこの女性を抱き抱え、飛び込んできた時には。真っ青だし、苦しそうだし。慌てちゃって、何もできなかったよ」

 事務員さんはそう言うと、やれやれと座り込んだ。


「ここに何人もいてもしょうがないわね。琥珀君、このまま様子を見ていてくれる?あと、私も隣の部屋で事務仕事手伝いながら、時々様子を見に来るわね」

「わかった」

「美鈴は表に戻って。誰か参拝客が来るかもしれないし」

「うん」


「じゃあ、琥珀君、頼んだよ」

 お父さんもお兄さんも琥珀にそう言うと、休憩室を出た。

「琥珀君が気が付いてくれてよかったよ」

 お父さんはほっと一安心という顔を見せた。

「本当に。あれ?そう言えば、修司君は?」


「お社にいなかったの?」

 私がお兄さんに聞くと、

「いなかったよ。どこに行ってるんだ?彼は時々どこかにいなくなるんだ。どっかで油売ってるのかねえ?」

 お兄さんは呆れたっていう声でそう言うと、お父さんと後ろの扉から出て行った。


 私は社務所のお守りの売り場に戻った。どうやら、参拝客は誰も来ていないようだった。

 それにしても、本当に琥珀の行動は早かった。あっという間に倒れた女性をここまで連れてきたんだなあ。


 だけど、なんだって自分が参拝客を護れなかったなんて言い出したんだろうか。

「?」

 わかんないなあ、時々琥珀の言動は不思議だ。


 


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