人見知りの令嬢は夜会で普通の令息をゲットした
「う、やっぱり無理かも……」
ホールで踊る人々の華やかさに気圧されて、ケイティは早くも帰りたくなった。
ケイティ・ラーキンズは子爵家の次女だ。
デビュタントを済ませたばかりの十六歳で、可愛らしい容姿は十分に人目を惹く。
しかし、残念なことに彼女はかなりの人見知りだった。
デビュタントには幼馴染の令息に付き合ってもらったし、幼いころからの仲良しの令嬢たちも参加していたので楽しく過ごせた。
しかし、今夜は違う。
知らない人ばかりの、お見合い目的の夜会だ。
若い人が多いけれど、経験豊富そうな大人も見える。
『とても、わたしみたいな世間知らずの人見知りが来るところじゃないわ』
本当は今夜、友人の令嬢も一緒に来るはずだったのだが、急用ができて来られなくなってしまった。
両親は無理をするなと言ってくれたが、夜会の準備でドレスやアクセサリーなどに惜しみなく費用を出してもらっている。
たとえ結果が出せなくても、自分は頑張ったと言えるところまでやってみなくてはと奮起したのだ。
『そう言えば、確かお酒を飲むと気が大きくなるって聞いたわね』
そうだ、お酒の力を借りよう。
ケイティは飲み物を探して歩き出す。
トレイを持つ給仕を見つけ声をかけようとしたが、寸前で彼は踵を返してしまう。
どうやら、他の客に呼ばれたようだ。
『わたしがおどおどしているうちに、機会は逃げていくのかしら』
給仕を一人つかまえそこねただけなのに、ケイティはすっかり後ろ向き。
次の給仕を探すこともせずに肩を落としていると、ふいに声をかけられた。
「お嬢さん、飲み物はいかが?」
「え?」
横から声をかけられて、そちらを見れば、二十代半ばに見える令息がグラスを差し出している。
「ありがとうございます」
さっきまでお酒を探していたはずみで、思わず受け取ってしまった。
「では、乾杯!」
「か、乾杯?」
一口飲んでみれば、お酒の味はしない。
「……リンゴのジュース」
「おや、お酒をご所望だったかな?」
「はい。お酒の力を借りたかったのです」
「もしかして、押し倒したい相手でも?」
「お、押し倒す!? ま、まさかそんな……」
「ごめんごめん、からかい過ぎたね。
一緒に来たお友達は? はぐれてしまった?」
「いいえ、今夜は一人で来ました」
「そうか。うーん、だとしたら……」
「だとしたら?」
「君、初めて会った男の差し出す飲み物に疑いを持たないなんて、無防備が過ぎるよ」
ケイティは自分の行動を振り返って青くなる。
「え? 何か入っていたのですか!?」
「実は惚れ薬が仕込まれていて、この後、僕に惚れた君が力づくで個室に僕を連れ込むんだ」
令息はウインクして冗談を匂わせているが、慌ててしまった彼女の考えは頓珍漢な方向に向かう。
「ええー!! ちょっと待ってください。
この体重差では多分、連れ込むのは無理です」
「お、冷静だ」
「もう! 惚れ薬なんてからかったんですね」
「いや、もちろんそれには何も入っていないよ。
だけど、夜会ではありえないことじゃない。
気をつけたほうがいい」
「あ、はい。
ご忠告ありがとうございます」
「……君はちょっと、素直すぎるな」
「駄目ですね。
こんな大人の席には、わたしはふさわしくないんです」
「どうしたの? 夜会が苦手なのかい?」
「はい。わたし、かなり人見知りで。
知らない方ばかりの集まりだと緊張しすぎるので、今までは避けていたんです」
「避けられない理由でもできたのかな?」
「実は、家を継ぐはずだった姉が……」
そこまで話したところで、近寄って来た令嬢とぶつかりそうになるケイティ。
令息はそっと抱き寄せるようにして庇ってくれた。
大人の余裕とスマートさを見せつけられて、彼女は驚くばかり。
「ありがとうございます」
「いや、紳士としては当然のことだよ。
それより、ここにいてはまたぶつかりそうだ。
立ち話もなんだから軽食でも摘まもうか?」
「そうですね」
夜会会場になった屋敷では、自慢の広いサンルームを軽食コーナーにあてていた。
よく磨かれたガラスには室内の明かりが反射して、ダンスフロアとは違った趣だ。
小さなサンドイッチとケーキを食べて一息ついた二人は話を続ける。
「お姉さんは駆け落ちでも?」
「違います……いえ、夢中になったものを選んだという意味では、違うと言い切れないかもしれませんが」
「おや、何があったんだい?」
「姉は……子供のころから勉強もできて、人当たりもよく、婿取り娘として何の問題もなかったんです。
でも、誰も気づかなかったことなんですけど、神秘的なものが好きだったらしくて」
「神秘的?」
「精霊とか幽霊とか神話とか、不思議な雰囲気のあるものに惹かれていたようです。
後から思い出すと、姉の好きな絵本は霊や神様の出てくるものばかりでした。
姉が通っていたお茶会も、調べてみたらたまに降霊会を開くような家の主催で」
「まあ、個人の趣味だから、そういうこともあるだろうね」
「はい。趣味とか好みとしては問題ないんですけど。
でも、それが高じて、降霊会にゲストとして招待されていたストフォレス教の司祭様について行ってしまいまして」
「え?」
ストフォレス教は、隣の隣の隣の国で大切にされている宗教だ。
自然と一体になり、森で瞑想して精霊の存在を感じることを推奨する教えである。
怪しい儀式などは無いが、発展を急ぐ国ではあまり歓迎されず、この王国では少数の国民だけにひっそりと信仰されていた。
「誘拐されたわけでは、ないんだよね?」
「もちろんです。
司祭様を招いた家も、きちんとした貴族家ですし、司祭様本人の身元も確かでした。
第一、どうしてもついて行きたいと固い決意を表す姉を、もっとも諫めていたのが司祭様だったのですから」
「なるほど。で、結局は?」
「あまりに姉が一途なので、周囲が折れざるを得ませんでした。
司祭様が、一時的にお預かりするが心変わりするようなら、安全に家までお返しする、とおっしゃってくださって」
「しっかりした方のようだね」
「ええ。
そもそも、司祭様はお一人の旅ではなかったのです。
信者の中から、お世話をする下男下女をお連れになっていて。
ストフォレス教に入信するなら、下女から始めることになるが、と姉を試されたのです」
「お姉さんは?」
「同行の下女の方に、ご面倒をおかけしますがよろしくご指導ください、とすぐに頭を下げていました」
「決心が固かった」
「はい。それから一年経ちましたが、姉は元気にストフォレス教の女性司祭を目指して邁進しているようです」
「つまり……」
「人見知りで引っ込み思案の次女のわたしが、婚活でお婿さんを探さねばならぬ事態になってしまったんです」
「もしかして、そんなことがなければ婚活はしないつもりだったのかな?」
「はい。うちはしがない子爵家ですけれど、領地は安定していますし、姉が継いだ後も家の手伝いをして暮らそうと思っていたんです」
「それはもったいない。こんなに可愛いのに……」
「え? わたしが可愛い?」
「ああ、ごめんね。事実でも、初対面でこんなことを言う男は警戒したほうがいい」
「は、はい。わたしが可愛いなんて冗談ですものね……」
「いや、冗談ではないんだけど。
もしも貴族婦人会に相談するなら、釣り書きにそう書いても大丈夫なくらいだ」
「……貴族婦人会」
可愛いと言われたことを追求しては会話が続かなくなりそうで、ケイティは頭を切り替えることにした。
この国の貴族には夜会のほかにもう一つ、縁を呼び寄せる方法がある。
それは、貴族婦人会に相談することだ。
一昔前は、寄り親である高位貴族家の意向で縁談が組まれることが多かった。
しかし、政略的な組み合わせは相性を無視することが多く、そうなれば夫婦どちらも幸福にはなれない。
そこで立ち上がったのが貴族婦人たちである。
『殿方に任せておいては、不幸なご縁が増えますわ!』
と、この問題に真剣に取り組む婦人方は多かった。
派閥を超え、因縁を超え、結ばれた縁は数知れず。
問題が起きれば親身に相談に乗り、時には駆け込み寺になり、そうして貴族夫婦間を円満に導くべく働いた。
やがて、助けてもらった貴族家からの寄付で組織は強化され、専門の調査員を置くなど、もはや、貴族のための婚活組織として国に不可欠な存在になったのである。
「そうですね。夜会に出るたび冷や汗をかくくらいなら、貴族婦人会に相談してみようかしら」
「君は、人見知りだという割には、僕とはこんなふうに気楽に話してくれるから、何度か夜会に出れば慣れるかもしれないが……」
「それは、あなたが話し上手な方だからです。
冗談半分に話しかけてくださったから、とてもリラックスできました」
「僕はいつもこの調子だから『軽薄で嫌い』とおっしゃる令嬢もいるんだけどね」
「まあ、見る目が無いわ!」
「はは、ありがとう。僕も少し希望が持てそうだよ」
結局、夜会で成果をあげられなかったケイティは両親に相談し、やはり貴族婦人会を頼ることにした。
そして一か月後、見合い場所として指定されたカフェの個室で、ケイティは再び、あの夜会の令息と向き合っていた。
「初めまして。
僕はグレアム・エイマーズと申します」
「初めまして。
わたしはケイティ・ラーキンズです」
それぞれの隣には、彼と彼女に近しい出自の貴族婦人会役員が座っている。
「本日、私どもがこのお見合いの立ち合いをさせていただきます」
と挨拶したのは、グレアムの隣に座る婦人だった。
「ちなみに、私はグレアムさんの兄嫁に当たります。
先にお聞きしておきたいのですけれど。
ケイティ様が婦人会に出された、お相手に対する要望は、わたしの義弟をピンポイントで指しているように感じました。
あまりにも具体的で特徴的だったので、もしかしてお知り合いかと思ったのですが」
「ですから義姉さん、知り合いではないんですよ。
それが証拠に、釣り書きを見せられても、心当たりはなかったんですから」
すぐさま反論したグレアムは、口を開きかけたケイティに、ここは任せろとばかりに目配せした。
お見合い夜会の軽食コーナーで、ただ話をしていただけなんて正直に説明しても、簡単に納得してもらえそうにない。
話はかえってややこしくなるだろう。
「まあそうね。
派閥も違うし、領地も遠いわ。
何より、あなた方は十歳も年齢差があるし、知り合う機会はなさそうですものね」
「ちなみに、どんな要望を出されたんですか?
僕は釣り書きしか見ていないので」
グレアムが向き直って訊いてくれたので、ケイティは素直に答えた。
「わたしより十歳ほど年上で気遣いが出来て話し上手で、身長は百七十五センチくらいのやせ型体型で、気取らずに見知らぬ女性に話しかけることができる方、と」
「義姉さん、どうして、この条件がピンポイントなんですか?
目の色、髪の色や質などが出てきたならともかく」
「十六歳の、夜会に出たてのご令嬢が出す条件としては非常に珍しいのよ。
夢見がちなところが無いし、具体的で現実的ね。
そして、縁結び部会で各派閥に照会したところ、現時点でこの条件に当てはまるのはあなただけだった。
本人を知っていたとしか思えなかったの」
「でもまあ、ご本人たちが初対面だとおっしゃるのですから、それでよろしいんじゃございませんか?
特に問題もなさそうでしたら、後はお二人にお任せして」
根掘り葉掘り訊かれそうな雰囲気になったが、ケイティ側に座っていた婦人がとりなす。
「そうですわね。
グレアムさん、くれぐれも失礼のないように。
ケイティ様、義弟をよろしくお願いしますわ」
「義姉さん、子供じゃないんだから大丈夫だよ」
「はい、心得ました」
婦人会役員もそれなりに忙しい。
特に、今日の顔合わせは片方が役員の身内であるから、ややおざなりだ。
そしてもちろん二人きりにされたわけではなく、個室には守秘義務を固く誓った給仕が控えていた。
「申し訳ない。
兄とは歳が少し離れていて、義姉も僕が子供のころから実の姉のように面倒を見てくれた人だから、あんなふうなんだ」
「家族仲が良いのですね」
「そういう言い方もできるね。
それにしても、本当に僕を探してくれたの?」
ケイティは小さく息を吸ってから、思っていたことを告げる。
「姉が、自分の欲望に忠実になって羽ばたいたのですから、わたしも、と思ったんです」
「欲望?」
「ええ、こんな方と一緒に歩めたら、と思って」
「僕はこんなふうに平凡な見た目だけど?」
「そこが親しみやすくていいのではありませんか!
あんまりハンサムな方に声をかけられていたら、緊張より先に警戒しちゃいますもの」
「学園時の成績も中の上で、苦手もないけど得意もない。
なかなか婿入り先がみつからないので、王都と領地を行き来して、家の雑用をするぐらいしか役に立ってなかったのだけど」
「たとえ雑用係だったとしても、真面目に務めてこられたのでしょう?
そうでなければ、いくら身内でもお義姉様がわざわざ相手を確かめにいらっしゃらないのではありませんか?」
「なんか、二十六歳にもなって箱入り息子みたいだな、僕は」
「貴族なんて、きちんと箱に収まれる人間でなければ務まりませんわ」
ケイティは穏やかに笑う。
「わたし、初めてお会いした殿方と、あんなにお話しできるとは思わなくて。
あの後、夜会から帰るまで、なんとか頑張ってみたのですけれど、他の方とは少しも会話が続かなかったのです
だから、思い切って、こんな方とお見合いしたいと要望を出しました。
……もしかしてまた、あなたに会えたらと思って」
「素晴らしい勇気だね」
「あなたとお話するのはとても楽しくて、お名前をうかがっておけばよかったと後悔しました。
でも、あなたが嫡子だったら、そもそも話が進みません。
というわけで、お会いできる可能性は半分もないかもしれないと、期待しすぎないようにしていたんです」
「でも本当に、僕に会いたいと思ってくれたんだね」
「あ、その……いえ……なんて言ったらいいのかしら」
あけすけに言い過ぎたかと、今さら真っ赤になるケイティ。
グレアムは、その様子に優しく微笑む。
「では改めて。
僕は伯爵家の次男で、婿入り先を探しています。
好みのタイプはちょっと人見知りの可愛いご令嬢。
ケイティ嬢さえよければ、婚姻を前提にお付き合いをしてもらえませんか?」
「わたしみたいな子供で、構わないのですか?」
「自分の道を開くために勇気を出したご令嬢は、もう立派な大人だよ。
それに、今日の話を聞いていると、貴族の責任についても、とてもしっかりと考えているし」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
立ち上がり、テーブル越しに手を取り合った二人。
だがしばらくすると、ここがカフェの個室だったことを思い出して座りなおした。
すると、今まで黙って控えていた給仕が口を開く。
「ではそろそろ、ケーキのご注文をうかがっても?」
「……お待たせして申し訳ない」
「す、済みません」
「いいえ、お気になさらずに。
素敵なカップルの誕生に立ち会えまして、私も幸福な気持ちです」
時は春。
レースのカーテン越しの陽光が、優しく室内を照らしていた。




