5-3
莉奈の家は、大学から電車で一本で行ける場所だったが、駅から20分くらい歩くらしかった。毎日歩くにしては少し遠い。
「いやあ、ごめんね、こんなところまで来てもらっちゃって」
駅に集まった一行は、雪の中をぞろぞろ歩いた。結局写真部の一・二年生がみんな揃った。これに文芸部の汐里とあまねが合わさり、総勢十人となった。
「一人暮らしなんだよね?こんなに入れるの?」
直陽は心配になり、歩きながら莉奈に訊いた。
「大丈夫、大丈夫。そこは心配にしないで」
莉奈の家までの道のりの途中にスーパーがあり、そこでオードブルやお酒、飲み物などを調達した。
「あと足りないのは?」
莉奈が琴葉に訊く。
「ケ、ケーキ!」
「That’s right!」
莉奈は元気よく答え、スーパーの隣にあった小さなケーキ屋を指差した。
「予約してある!」莉奈が誇らしげに言う。
「さすが、抜け目がない」
琴葉が感心する。
ケーキ屋ではホールのイチゴのケーキを買った。
スーパーから少し歩いたところに莉奈の家はあった。
「あれ?コガリナって実家通いだったっけ?」
皆の疑問を代弁したのは涼介だった。
「ううん、一人暮らしだよ」そう言って、莉奈は戸建ての家の鍵を開け、「さあ、みんな入って」と言った。
莉奈はリビングと和室が繋がった10畳ほどの空間に案内した。
「部屋も何個かあるから、泊まってってもいいよ」
直陽は和室の方に座ったが、まだ畳はひんやりとしていた。莉奈でも、ここで何かの思索にふけったりするのだろうかとふと思った。
*
リビングのソファーテーブルの領域と和室の空間にそれぞれ人が散る。それぞれの空間のテーブルにはオードブルと切り分けられたケーキが並んでいる。
飲み物も手にしたところで、莉奈が声を上げる。
「じゃあ、今年一年、お疲れしたー」
それを聞いて皆口々に「かんぱーい!」と言った。楓菜と暁人は相変わらず表情は硬いが、それを除けば皆嬉しそうだ。直陽はふと、これが青春なのかなと年寄りみたいなことを思う。
「で、なんでこんな大きい家に住んでるなりか?」
靖太郎が訊く。
「ああ、親戚のおじさんがここを所有してて、大学が決まったた時にたまたま近かったから格安で貸してもらったの。でも家が広いと寂しくてね」
なるほど、という感じで皆が頷く。
「戸建てを借りると、『自分の部屋』みたいなのはどこになるの?」
汐里が面白いことを訊く。
「一応二階の部屋を一つだけ使って、そこが『自分の部屋』みたいになる。まあ、寝るのと勉強はそこかな。でもテレビ見たり、くつろいだりはリビングになる」
「なんか、確かに寂しいですね」
和室側にいる瞬が呟く。
「そうそう、だからこうして時々遊びに来てもらえると楽しいのさ」
「また来たいかも」汐里が少し楽しそうだ。「ねえ、『莉奈ちゃんの部屋』見たい」
皆に、「あ、好きにやっててね」と言い残して、莉奈は汐里とともに二階に向かった。
残された者たちは、司会者を失ったトーク番組のようになり、一瞬沈黙が訪れたが、すぐにそれぞれが話し始めた。
少しした時に二階から、
「えー!そうだったのー!」という汐里の声が聞こえた。
「何だろうね」
和室に座っていたあまねが、隣にいた琴葉に訊くのが聞こえた。そういえば、夏の一件以来、この二人が話しているのは初めて見るかもしれない。言ってみれば、二人の仲に亀裂を入れたのは直陽だったとも言える。そう考えると、急に直陽は申し訳ない気がしてきた。しかもそれを今の今まで気付かないできたのだ。
居ても立ってもいられなくなり、直陽は琴葉に話しかけた。
「あの、成瀬さん、ごめん。今の今まで気付かなかった。いや、気付かないようにしていたのかも」
「え?何?」琴葉はわけが分からないという顔をしている。あまねもぽかんとしている。
「もともと、成瀬さんとあまねさんの関係を疎遠にしてしまったのは、俺のせいというか⋯」
驚いてやや緊張していた琴葉の表情は次第に緩み、はぁと溜め息をついた。
「月城君、意外とそういうこと気にする人なんだね」
「意外と、じゃないよ」
あまねが反射的に答える。
「そうか。私が知らないだけなのかもな。――でも、月城君、気にしなくていいよ。あれは私の暴走だったって結論は付いてる。それに、今は私、変われるかもって本当に思い始めてるんだ」
そう言って琴葉はあまねを見てニコっとした。それにあまねも微笑み返す。
「あ、俺、邪魔だったね、ごめん」
琴葉は少しはにかみ、
「そういうこと。ちょっと離れてて」
と素っ気なく言った。でも嫌な気はしなかった。
「オッケー、話し相手を探す旅に出てくるよ」
とおどけて見せた。
**次回予告(5-4)**
瞬が直陽に声を掛ける。「男にとって大事なものは何かって話してたんですよ」




