5-1
十二月になった。
だいぶ冬らしくなり、時折雪もぱらつくようなった。街はコートを着た人たちで溢れている。
あれからあまねとの交流は続いている。時折おとなしくなったり、元気になったりするのは変わらない。LINEも普通にする。一時の怯えたような様子は見られなくなったものの、本人から何かを打ち明けるような素振りはない。
「部室はあったかくていいなりね」
靖太郎は電気ケトルで沸かしたお湯でコーヒーを飲んでいる。
その隣にはテーブルに突っ伏して寝ている涼介がいる
靖太郎がコーヒーをズルズル啜りながら飲む音が、静かな部室に響き渡る。
「お茶みたいに啜るな」莉奈がバシッと注意する。
「はいー」生返事をしながら靖太郎は言葉を続けた。「そういえば欧米ではそばを食べるとき、やっぱり啜ってはいけないなりかね?」
「まだまだ日本の啜る文化は、全体としては受け入れられていないと思うよ。海外では気をつけた方がいいかも」直陽が見解を述べる。
ずずずー。
「で、なんで南条さんがここにいるんですか?自然と馴染んでますね。しかも。コーヒー啜ってるし」
直陽がツッコむ。
「冬ってさー、私好きなのよ。外は寒いでしょ?そうすると、部屋の中の暖かさがいっそう際立つというか。そこに幸せ感じちゃうんだよねー」
一瞬沈黙が流れる。
汐里が直陽の肩をトントンと叩いて合図する。
「で、なんでここにいるんですか?」
直陽が汐里の求めに応じてツッコミを入れる。
「冬の幸せは、暖房がちゃんとあるからなのよ!寒かったらダメでしょ?」
「つまり?」莉奈が繋ぐ。
「文芸部の暖房が壊れてるの⋯。学校には言ったんだけどね。修理にまだ時間がかかるみたいで」
「じゃあ、他の部員はどうしてるなりか?」
「来てない。寒いの分かってすぐ出てく。まあそもそも普段は定期活動してるわけじゃないしね。ある意味ゆるゆるなのよ」
その時、廊下でガタっと音がした。扉にぶつかったような音。
「誰か来たのかな?」莉奈が呟く。
「ちょっと見てくる」と言って、扉に一番近かった直陽が確認に立つ。
廊下に出てみると、少しもじもじしたあまねが立っていた。
「部室、暖房壊れてるんでしょ?どうぞ、入って」
「うん、ありがと」
直陽が中へと案内する。
「あ、久しぶり」まず声を上げたのは莉奈だった。「合宿以来かな?」
「うん」
「そういえば、二人は話したことあるなりか?」靖太郎が素朴な疑問をぶつける。
「合宿の時、ちょっとね」あまねが少し言いにくそうに呟く。
何となく気まずい雰囲気が流れる。
そこで汐里があまねに先ほどの話を振る。
「あまねはどう思う?冬っていいと思わない?外と中のあったかさのギャップがさ」
「え、あ、私?冬は、ちょっと不安かな。雪だし。ってか、汐里ちゃん、いつの間に」
「あー、確かに今も降ってるなりね。ここのことろずっと降ってるなりよ」
直陽はちらっとあまねの方をみると自然と目が合った。
直陽は窓の外に目をやり、
「なんか、雪さっきより強くなった気もするね。これ、電車止まったりしないよね」
「十分あり得るな」莉奈が不安を煽る。
「やめてよ」ベランダの扉が開き、外から琴葉が入ってきた。
「あんた、いたのかよ」莉奈がツッコむ。「ってかこの雪の中ずっと外にいたの?」
「盛り上がってたから入るタイミングを測りかねて」
「一人で何してたの?」
「あ、俺もいます」と言って、琴葉の後ろから瞬も入ってきた。頭や肩には雪が積もっている。
部室前のベランダは外の非常階段とつながっていて、そちらから入ることもできる。
「たまたま、外階段で会って、少しベランダで話してたら、タイミングを逸してしまって」瞬が説明する。
莉奈は「まあ、とにかくあったまって」と言い、立ち上がって、コーヒーを淹れに行く。
「コガリナさんって、もしかしてモテる?」
直陽の耳元で囁くあまねの声がした。直陽は立っていたのだが、気が付くとあまねも隣に立っていた。
「どうだろう。なんで?」
「姉御肌だし、気が利くし」
「言われてみれば、確かに」
靖太郎と琴葉、瞬が椅子に座っていた。莉奈はちょうど琴葉と瞬にコーヒーを持っていったところだった。
「ありがとうございます。すいません、先輩に動いてもらっちゃって」瞬が恐縮すると、
「気にすんなって」と莉奈が応じる。
琴葉も「あ、ありがとう」と慌てて礼を言う。
「ね?」あまねがまた小声で言う。
「確かに」
元来直陽はあまり人に興味がない。初めからの出会いがちょっと変わっていたあまねを除けば、もともと人の行動に興味を持ったりする質ではないのだ。
「直陽くんは、モテる?」
「この俺が?見てわかるでしょ。モテないよ」小声で呟く。
「見ただけじゃ⋯分かんないよ」
消え入りそうな声で言う。
直陽は途端に恥ずかしくなり、
「そういう、あまねさんは?」と訊き返した。
「私?⋯モテないよ」
「そんなハズ、ない」
直陽のその言葉にあまねは頬を赤らめる。
「はいはいはいはい!そこイチャつかない!」突然莉奈が間に乱入してきた。「全部聞こえてるからな、君たち。ってか、二人とも座りなよ」と言って椅子を勧めた。
「ふあぁ」やや大きめの莉奈の声に、涼介が目を覚ます。「ん?なんか勢ぞろい?」
「はい!じゃあ、みんな揃ったんで、月末のアレの話します」
「アレ?」瞬が首をひねる。
「クリパかな?」涼介が寝ぼけ眼で答える。
「そそ!冬と言えばそれでしょう」莉奈が待ってましたとばかりに答える。
「でももう予定ある人とか、いるんじゃね?」涼介がもっともなことを言う。「まあ、俺はないんだけどな」と言って莉奈をチラッと見る。
「もちろん、予定があるならそっちを優先してもらって構わない。あ、ちなみにやるなら、私のうちで」
「わ、私、莉奈ちゃんのうち、泊まったことある。メチャ広い」琴葉が情報をくれる。
「じゃあ、来れる人!」莉奈が挙手するよう促す。
「あのー、これは部外者の私たちはどうなるの?」汐里が当然のことを訊く。
「汐里ちゃんも、あまねちゃんも、もう部外者じゃないから」
莉奈のその言葉に汐里は笑みを漏らす。
「じゃあ、改めて。来れる人!」
そこにいる全員が手を挙げた。
「あれ?」涼介が直陽を見てくる。「直陽、お前付き合ってんじゃないの?」
あまねが明らかにビクッとして直陽を見た。
「何をぶっ込んでるんだよ、涼介」慌てて直陽が返す。
「え?だって」と言って涼介はあまねに視線を向ける。「いっつも一緒にいるじゃん」
そういう勘違いか。
「付き合って⋯!」急に強い口調であまねが声を出した。「⋯ないです」最後は消え入るような声になる。
「まあまあ、じゃあ、全員参加でいいね」莉奈が話を本筋に戻す。「あ、あと木島君、青柳さんと鳴海君にも声かけられる?」
「はい、連絡しておきます」




