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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
60/69

4-9

 十一月に入り、やや気温も下がり、秋の終わりを感じさせる季節。

 遠くにバス停が見える。そこにはあまねの姿も。今日は()()()だろう。

 近付くに連れ、哀愁を帯びた微笑。最近ではひと目見ただけでどっちなのか、分かるようになっていた。

 家を出た時にはまだ雨は降っていなかったが、そこで小雨がぱらついて来た。直陽はリュックのドリンクホルダーのところに差している折りたたみ傘を器用に抜いて差した。空気もしっとりしていて、ちょっと冷えてくる。

「おはよう、あまねさん」

「おはよう、直陽くん。今日は寒いね」

 あまねはニコッと笑う。直陽も笑い返す。それほど長い時間を一緒に過ごしたわけでもないが、ずっと昔から一緒にいたような錯覚に陥ることがある。

 本当にそうであったら、もっと昔からあまねと知り合いであったなら、もっと彼女を理解することができていたのだろうか、と少し寂しい気持ちになることもある。

 バスに乗ると、あまねが先に座り、何も言わずとも直陽がその隣に座る。

 そこで気付く。何だろう、この違和感は。

 ちらっとあまねを見る。あまねも直陽を見ている。

「直陽くんってさ、英語は得意?この前少しだけ――夏目漱石の話の時、英語の話が出たけど」

「どうだろう。苦手ではないと思う。受験でも長文読解とか文法は嫌いじゃなかった」

「じゃあさ、発音は?」

 違和感の正体に気付く。

 これは天真爛漫のあまねだ。さっきの直感は勘違いだったらしい。

「うーん、正直かなり感覚」

「だよね!この前ね、一念発起して、発音だけの本を買ったの」

「だけの?」

「だけの!」

 やはりこのあまねは元気で楽しそうだ。

「英語にもふりがながあったらいいと思わない?」

「発音記号のこと?」

「そうそう。あれを一個一個練習したの、その本で。そしたらね、自分の口から、アメリカ人が出てきたの」

 直陽はたまらず笑ってしまった。

「これはね、笑い事じゃないの。革命だよ、革命!」

「大袈裟だなあ」

「例えば、『硬い』のhardと、『聞く』のhearの過去形heardなんだけど――」

 バスのエンジン音が高鳴り、あまねの声がほとんど聞こえなくなる。

 あまねは直陽に顔を近づける。

「大きめに口を開けて、『あー』って言ってみて」

「あー」言われるままに真似をする。

「うんうん。そして、そのまま、したを上に――」

「下を上に?」

 あまねは小さく笑って続ける。

した。ベロね。ベロをひょいって上げてみて。ただし、上にはくっつけないでね。巻く感じで」

「アーr⋯あ」

「ね!」

「これは確かにアメリカ人だ」

 直陽が素直に驚嘆すると、あまねは、

「だよね!」

と言って誇らしげな顔をした。

「あまねさん、話が上手だね。次が気になったよ」

「ふふ、ありがとう。じゃあ、次は、口を一・二センチだけ開けて、何か適当な母音を出して。『あ』とも『お』とも取れないような」

「ぁぉー」

 あまねによく聞こえるよに言おうとすると、自然と距離が近くなる。

「そんな感じ。それでまたベロをひょいって上げてみて」

「ぁぉr⋯これでいいのかな」

「そうそう、その最初の音を出す時、少し唇とベロに力を入れて、ちょっとだけアヒル口になるようにしてみて。それからベロをひょい」

「ぁぉーr⋯こん感じ?」

「そうそう!直陽くん上手だね」

 思わず笑顔になってしまう。

「あまねさん、褒めるの上手だね。つい嬉しくなっちゃうよ」

「へへへ」それを聞いてあまねも嬉しそうな顔をする。「そして、頭に『h』、最後に『d』を付けると、『硬い』のハード、『聞いた』のハードになるよ」

 直陽は何度か小さな声で練習をしてみる。

「じゃあ、ちょっと聞いてみて」

 と言って、あまねに近付いて発音してみる。

 するとあまねは本当に驚いた顔をして、

「アメリカ人がいるよ!」

 と言って、親指を立てた。

 なるほど。今日はまた、あまねさんに新しい世界を見せてもらう番だったわけか。

**次回予告(4-10)**


「デートしよう」と言ったあまね。その先で、あまねは直腸にあることを伝える。


第四章 「秋」編 完結

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