1-5
「直陽くん!」
驚いて何も言えないでいると、あまねは言葉を続けた。
「直陽くん、写真部だったんだ」
「うん。あまねさんは⋯⋯」
直陽はあまねの後ろに隠れているドアに何と書かれていたのか思い出そうとした。
「文芸部だよ」
「ああ、そうだった。文芸部ってことは⋯⋯」
文芸部って何をするところだっけ?そう考えていると、
「簡単に言えば小説を書くサークル、かな。もちろん読む専門の人もいるけどね」
と先読みしてあまねが答える。
「そうなんだ。あまねさんも小説書いたりするの?」
「実はまだ書いたことがなくて⋯。あ、そうだ」
そう言ってあまねは文芸部の扉を大きく開き、中へ手招きした。
「立ち話も何だから、こっちおいでよ」
と言った。
「いや、俺は部員じゃないし⋯」
「いいから、いいから。別に勧誘しようってんじゃないし⋯。あ、授業に行くところだった?」
「授業は午後までないよ。ちょっと散歩しようとしてただけ」
話し相手もいなかったし、ちょうどいいかな、そんなことを考えていると、
「もし暇なら私の話し相手になってもらっていいかな?」
とあまねが言う。
「うん、まあ」
曖昧に返事をして直陽は文芸部の部室に足を踏み入れた。
*
他の部室に入るのは初めてだった。ぼーっと見ていると、
「何か不思議なところはあった?」
とあまねが訊いてくる。
「うーん、まあ、本が多いこと以外は写真部とそんなに違いはないけど。⋯というか、本当に俺、ここにいていいのかな。他の部員が入ってきたら迷惑じゃない?」
「大丈夫、大丈夫。もし来たら事情を話すからさ」
どんな事情だろう。大抵は「この人誰?」と思われるだろう。入部希望者と思われるのも説明が面倒になるかもしれない。
「不安そうだね。でも大丈夫。私が無理やり引きずり込んだだけだって言うから」
「いや、何かそれも問題がある気がするが」
あまねはそれを聞いて、直陽の困り具合を気にしないかのように、ふふふとはにかみながら、
「まあまあ、まずは座って」と椅子を勧めた。
あまねはテーブルを挟んで向かい側に座る。
「そういえば、さっき何か話そうとしてなかった?」
直陽がそう言うと、あまねは、あ、と思い出したような顔をして、
「そうそう。小説をそろそろ書こうと思ってるんだけどさ、何かいい題材はないかと思って」
と言った。
「いや⋯それはあまねさんの方が詳しいんじゃないかな。俺は写真部だし」
「でも、読書、全くしないわけじゃないでしょ」
「まあ、そうだけど」
困った。この俺が力になれるとは到底思えない。
「そもそもさ⋯」
苦し紛れに質問をしてみる。
「小説ってどうやって書くの?」
「それは⋯パソコンに向かって、ぱちぱちと」
やはりこの子は少し天然のきらいがある。
「そういうことではなくてね⋯。何から取り掛かって、どういう手順で話を作っていくのか、ってことで」
さすがに自分のトンチンカンな返答が恥ずかしくなったのか、あまねは少し頬を赤らめる。
「そ、そういうことか⋯。えっと、改めて言われると難しいね。みんなどうやって書いてるんだろう。うーん、例えば⋯」
その時だった。部室のドアが、やや控えめに開かれ、部員と思しき人が入ってきた。
ドキッとしてドアの方を見る。
「⋯あれ?」
入ってきたのは、ツインテールにメガネをかけた大人しそうな女子だった。
「え、あ、間違えました!」
そう言って、慌てて部室を出ていく。
「あ、汐里ちゃん!」
慌ててあまねが呼び戻そうとする。
さっきよりもいっそう静かに扉が開かれ、
「私、間違って、ないですよね⋯?」
と言って汐里と呼ばれたその子は申し訳なさそうに入ってきた。
直陽も急にいたたまれない気持ちになって、
「ご、ごめんなさい。お邪魔してます」
と答えた。
「汐里ちゃん、びっくりさせてごめん。紹介するね。こちら、月城直陽くん。別に入部希望者というわけではなくて⋯。そして⋯」
今度は直陽の方に視線を向けて続ける。
「こちらは南条汐里ちゃん」
「どどどど、どういう関係?」
当然とも思える質問をしてくる。ある意味まっとうかもしれない。
「友達だよ。同じバスに乗って一緒に学校に来たり、同じ授業に一緒に出たり」
⋯!嘘ではないが、ちょっと語弊があるのでは⋯。
「それは⋯だから⋯どういう関係なの?!つつつつ、付き合っているの?!」
頬を赤らめてすごい剣幕であまねに迫っている。今どきこういう反応をする人も珍しい。
「きききき、君たちは⋯つつつつ、付き合ってるのかって聞いてるんだよう!」
「汐里ちゃん、落ち着いて」
さすがにあまねは笑いが堪えきれないという顔をしている。たぶん直陽も同じような顔をしていただろう。
**次回予告(1-6)**
あまねは小説の書き方を汐里と直陽と一緒に考えてみるが⋯。




