4-7
五分ほど歩くと、公園の一角に小さなカフェがあった。
「こんなのあったっけ?」
あまねが呟く。
「うん、俺もびっくりしたんだ。最近たまたまここを歩いていたら見つけて。まだ入ったことはないんだけど」
「入ってみる?」
「あまねさんが良ければ。コーヒーは好き?」
「うん、好き」
「じゃあ入ろうか」
扉を開けると、目の前に大きな機械が現れた。
「いらっしゃいませ」
五十代後半くらいの店員が迎えてくれた。
「まだ開いたばかりの店で、コーヒーしか出せないけど、いいですか?」
と訊いてきた。
「俺は構わないけど、あまねさんは?」
「うん、私も大丈夫」
店員に大丈夫ですと伝えると、奥の席を案内された。数人の学生と主婦が座っていた。
向かい合わせの二人席に座った。さっきのベンチと違って、あまねの表情がよく見えた。
天真爛漫なあまねではなかったが、夏のよそよそしかったあまねでもなかった。あの時は何かに怯えている空気さえあった。今はどこか落ち着いていて、涼し気な空気をまとっていた。
先ほどの店員がやってきて、
「当店はイタリアから取り寄せた特別なローストマシーンを使った美味しいコーヒーが売りの店です。逆を言えば、まだそれしかないんですけど。あ、私は店長の飯田といいます」
やや自嘲気味に挨拶をすると、メニューを取り出した。コーヒーしかないとはいえ、それなりに種類があり少し迷ってしまった。
結局二人とも「店長おすすめブレンド」を頼んだ。
あまねはミルクだけを入れて、直陽はブラックで飲み始める。
「コーヒーっていつから飲んでた?」
あまねが直陽に訊いた。
直陽は自分の記憶を辿ってみる。紙パックのすごく甘いコーヒー牛乳は小さい頃から飲んでいた気もするが、普通のドリップのコーヒーを飲むようになったのはいつだったか。
「高校生くらいかな、多分。一夜漬けのテスト勉強するときとかに」
「私もそのくらいだったかも。考えてみれば」少し何かを思い出すようにしてから続けた。「コーヒーってどうして苦いのにみんな飲みたがるんだろう」
「確かにね。苦いってことは本能的に嫌な味のはずだよね。甘さと違って」
「甘さも本能的には美味しいって感じるけど、甘いのが苦手って人もいるよね」
直陽は少し考える。
「つまり、本能的には甘さを近付け、苦みを遠ざけようとする。でも本能とは別に、その逆をしようとする」
「まとめるとそんな感じ」あまねは頷きながら答える。
直陽は、ちょっと前の自分の「苦み」について考える。
「ちょっと前にセイタが言ってた。『何のために生きてるんだろう』って考えてしまったときは、心が苦しんでいるサイン。そういうときは『どう生きたいか』を考えるべきとき。でもそういう『気付き』と『振れ幅』があるから人生は面白い、って」
「靖太郎君、そんなことも言うんだね」
「ほんと、意外だよな――つまりさ、思い通りになるだけの人生は、甘いお菓子を食べ続けるのに似ている。人間は時に、苦しんで、それを乗り越えることを『楽しんでいる』。コーヒーのような苦みを求めるのは人間の獲得した、新しい本能なのかもしれない」
「でもその苦しみを乗り越えられない人もいる」
「それもまた真実。だから俺たちは互いに影響を与え続けるべきなんだと思う」
そんな話をしてたら、せっかくのコーヒーが冷めてしまった。
「ごめん。つい熱くなっちゃった」
直陽が謝る。
「ううん。話を振ったのは私だったし。おかげで直陽くんの面白い話が聞けた。――私たちは独りじゃないんだね」
「そうだよ」
直陽とあまねは、目を合わせて微笑んだ。
**次回予告(4-8)**
久しぶりに直陽は一人で思索にふけり⋯。




