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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
58/69

4-7

 五分ほど歩くと、公園の一角に小さなカフェがあった。

「こんなのあったっけ?」

 あまねがつぶやく。

「うん、俺もびっくりしたんだ。最近たまたまここを歩いていたら見つけて。まだ入ったことはないんだけど」

「入ってみる?」

「あまねさんが良ければ。コーヒーは好き?」

「うん、好き」

「じゃあ入ろうか」

 扉を開けると、目の前に大きな機械が現れた。

「いらっしゃいませ」

 五十代後半くらいの店員が迎えてくれた。

「まだ開いたばかりの店で、コーヒーしか出せないけど、いいですか?」

と訊いてきた。

「俺は構わないけど、あまねさんは?」

「うん、私も大丈夫」

 店員に大丈夫ですと伝えると、奥の席を案内された。数人の学生と主婦が座っていた。

 向かい合わせの二人席に座った。さっきのベンチと違って、あまねの表情がよく見えた。

 天真爛漫なあまねではなかったが、夏のよそよそしかったあまねでもなかった。あの時は何かに怯えている空気さえあった。今はどこか落ち着いていて、涼し気な空気をまとっていた。

 先ほどの店員がやってきて、

「当店はイタリアから取り寄せた特別なローストマシーンを使った美味しいコーヒーが売りの店です。逆を言えば、まだそれしかないんですけど。あ、私は店長の飯田いいだといいます」

 やや自嘲気味に挨拶をすると、メニューを取り出した。コーヒーしかないとはいえ、それなりに種類があり少し迷ってしまった。

 結局二人とも「店長おすすめブレンド」を頼んだ。

 あまねはミルクだけを入れて、直陽はブラックで飲み始める。

「コーヒーっていつから飲んでた?」

 あまねが直陽に訊いた。

 直陽は自分の記憶を辿たどってみる。紙パックのすごく甘いコーヒー牛乳は小さい頃から飲んでいた気もするが、普通のドリップのコーヒーを飲むようになったのはいつだったか。

「高校生くらいかな、多分。一夜漬けのテスト勉強するときとかに」

「私もそのくらいだったかも。考えてみれば」少し何かを思い出すようにしてから続けた。「コーヒーってどうして苦いのにみんな飲みたがるんだろう」

「確かにね。苦いってことは本能的に嫌な味のはずだよね。甘さと違って」

「甘さも本能的には美味しいって感じるけど、甘いのが苦手って人もいるよね」

 直陽は少し考える。

「つまり、本能的には甘さを近付け、苦みを遠ざけようとする。でも本能とは別に、その逆をしようとする」

「まとめるとそんな感じ」あまねは頷きながら答える。

 直陽は、ちょっと前の自分の「にがみ」について考える。

「ちょっと前にセイタが言ってた。『何のために生きてるんだろう』って考えてしまったときは、心が苦しんでいるサイン。そういうときは『どう生きたいか』を考えるべきとき。でもそういう『気付き』と『振れ幅』があるから人生は面白い、って」

「靖太郎君、そんなことも言うんだね」

「ほんと、意外だよな――つまりさ、思い通りになるだけの人生は、甘いお菓子を食べ続けるのに似ている。人間は時に、くるしんで、それを乗り越えることを『楽しんでいる』。コーヒーのようなにがみを求めるのは人間の獲得した、新しい本能なのかもしれない」

「でもその苦しみを乗り越えられない人もいる」

「それもまた真実。だから俺たちは互いに影響を与え続けるべきなんだと思う」

 そんな話をしてたら、せっかくのコーヒーが冷めてしまった。

「ごめん。つい熱くなっちゃった」

 直陽が謝る。

「ううん。話を振ったのは私だったし。おかげで直陽くんの面白い話が聞けた。――私たちは独りじゃないんだね」

「そうだよ」

 直陽とあまねは、目を合わせて微笑んだ。

**次回予告(4-8)**


久しぶりに直陽は一人で思索にふけり⋯。

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