4-5
夏目漱石と恋愛といえばということで逸話も紹介された。
「I love you.をどう訳したか、というのも有名ですね。正式な記録として残っているわけではなく、弟子たちに語ったと言われているだけなんですが、彼の考えからして、そう語ったとしてもおかしくはないとされてますね。知っていますか?」
前の方にいた学生が何かを言っているが、こちらまでは聞こえてこない。
教授はそれを聞き取り、
「そう、『今夜は月が綺麗ですね』です。当時の日本人には面と向かって『愛している』とは言わない、ということです」
*
授業が終わった後、二人は教室を出て廊下のベンチに座った。
「あまねさん、この後は?」
「前は部室に顔出してたんだけど、部長とちょっとそりが合わなくて、行きづらくなっちゃった」
ちょっと困っている様子のあまねを見て、直陽がはっとする。
「あ、ごめん。合宿で俺が余計なこと言ったから」
「え?」あまねは一瞬慌てた様子を見せ、手を振りながら否定する。「直陽くんのせいじゃないよ。そりが合わなかったのはもともとだし。それよりも⋯改めて、あの時はありがと」
「うん⋯」あまねの優しさが染み入る。「この後の授業とかの予定は?」
「毎週同じだから、午後までないよ」
静かに微笑む。合宿の時のあまねとはまた違った笑顔。少し愁いを帯びているが、同時に包み込むような温かさもはらんでいた。
「じゃあ、天気もいいし、ちょっと出掛けない?」
「うん、いいね」
断られるかもしれないと一瞬思ったが杞憂だった。
「じゃあ、さっそく、行こう」
直陽はそう言うと、立ち上がり、手招きをした。あまねも立ち上がり、直陽に付いていく。
並んで歩きながら、あまねがふふっと笑った。
「どうしたの?」
直陽が訊く。
「なんか、今までと反対だね」
「確かに」
少しあまねが柔らかくなってきたように感じる。
「どこ行くの?」
「うーん、気の向くままに?かな」
「それもいいね」
心做しか、あまねの笑顔が少し明るくなってきたような気がした。
**次回予告(4-6)**
直陽は静かに、しかしはっきりと、あることをあまねに伝える。




