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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
53/69

4-2

 座席に座る。

 距離は近い。普段は意識しないが、()()あまねだと鼓動が早まるのを感じる。

「そういえば、あまねさんは文学部なんだね。日文だっけ?」

 今まで学部に関する話をしていなかったことに気付く。

「うん。特別日本文学に詳しいわけではないんだけど。直陽くんは?」

「法学部」

「夢は弁護士?」

「うーん、弁護士にはたぶんなれないから、社会の仕組み、みたいなのを知ってみたいなと思って」

「直陽くんらしいね」ニコっと笑う。()()あまねは、笑顔もどこか哀愁を帯びている。

 直陽が続ける。

「今日の授業、『恋愛の近代文学と心理学』、本当にいろんな学部の人が来てるよね」

「確かにね。やっぱり恋愛ってみんな興味あるから」

 あまねの向こう、窓の外には、制服姿の高校生の男女が並んで歩いているのが見える。

 直陽はあまねに視線を戻す。

「近代文学の部分、面白かった。坪内逍遙つぼうちしょうようの『小説神髄』の『小説は勧善懲悪ではなく人間心理を直接描くべきだ』って話。『羅生門』の例は分かりやすかった。文学部の授業はあんな感じ?」

「うん、一つ一つ作品を読み込んだり、作者や時代、系統を分析したり」

「そっか。明治期の小説家は、確かに悩んでるイメージある。あまねさんは、明治期の作家で好きな人はいる?」

 少し考えてから、

「やっぱり、漱石そうせきかな。夏目漱石なつめそうせき。恋愛小説でいうと、『それから』とか、『こころ』とかかな」

 と答える。

「『それから』は読んだことない。どんな話?」

 と直陽が訊くと、あまねは少し考えてから、ゆっくり話し始めた。

「代助というニートがいた。家は金持ちで、生活費は親が全部出してくれる。実家から出たいと言ったら、家を借りてくれた。身の回りの世話をする家政婦まで付けて。代助は文学が好きで、その純粋な世界に生きていたい、世間に出てしまったら心が汚れてしまう、と理由をつけて働かない」

「『働いたら負け』みたいな?」ネットミームでそんなものがあった気がする。

「うん、まさにそんな感じ。あ、ネタバレしても大丈夫?」

「うん、いいよ」

「――そこに昔の友人の平岡夫妻が訪ねてきた。そのどちらも代助の学生時代の友達。平岡は大阪の銀行に勤めていたけど、社内の争いに巻き込まれて借金を背負わされて職を失って戻ってきた」

「ひどい話だね」内容にいたたまれなくなり、たまらず相槌を打つ。

「うん。それで職を探しに東京に戻ってきた――で、途中端折るけど――この奥さん、三千代は、学生時代代助と平岡と三角関係にあった。代助も平岡も三千代のことが好きだったんだけど、平岡が先に代助に、三千代が好きなことを打ち明ける。代助は友情を取って平岡に三千代を譲るの。で、戻ってきた平岡夫妻とまた交流を進めるうちに、代助は三千代と二人きりになることもあって、その時に代助が我慢しきれなくなって、昔好きだったことを打ち明けてしまう。そして――ここが悲劇なんだけど――私も好きだったのにもう遅い、と言われてしまう。時代が時代だから、世間体を気にして、実家はニートの代助にもうお金は出さないって言う。代助の心が破滅に向かう兆しが示されて、物語は終わる」

「悲劇、だね」直陽は少し重い気持ちになって、少しうつむきき加減になる。その表情を、あまねは控えめに、しかししっかりと見ていた。

 その時、「次は終点です。本日はご乗車ありがとうございました」と、車内放送が流れた。

 駅の前の交差点を曲がり、そろそろ終点に着く。

 前のあの時は、あまねは「先に行くね」と言って逃げるように立ち去っていった。

 胸の高鳴りを抑えながら、探るようにあまねの顔をそっと覗き込む。

 すると、あまねはちらっと直陽を見ながら、

「直陽くん、学校まで一緒にいいかな」

と言った。

「もちろん。一緒に行こう」

 直陽は笑顔で答えた。

**次回予告(4-3)**


あまねは「気持ちを伝えること」に不安を覚えるが⋯。

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