表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
50/69

3-25

「今日のバス、あまねさんの隣に座ってもいいかな?」

「うん、いいけど」

 バス停で隣同士に立ち、バスが来るのを待つ。二人は無言だ。

 やがてバスがやってくる。ちろん実際に見えるわけではないのだが、ここまで演じてきた二人には、その姿がイメージできた。

 大型車特有のエンジン音を立てながら近付いてくる。停車しやすいように、バス停はその付近だけ歩道がやや削られて造られており、そこに向かって勢いよくバスが入ってくる。

 二人はバスに乗る。

 バス座席に見立てた椅子にまた隣同士に座る。

 確かあの時は、前に並んでいた直陽の方が奥の方に座った。そして、あまねは「私、先に行くね」と言って、逃げるように降りていった。それを思い出すだけで、胸が締め付けられる思いがする。

 あの時のように、直陽は隣に座るあまねに顔を向けた。あまねはうつむいたままで、視線を合わせようとしない。まさにあの時の姿を再現している。

 そうだった。この時に、あまねによって、自分は変わることができたと気付いたのだった。その時の苦しみがフラッシュバックしそうになる。

 確かここでバスは一旦信号で停まる。エンジンがストップし、静寂が訪れたのだ。いたたまれなくなって、また直陽は前を向く。

「直陽くん」

 え?

「直陽くん」

 こんなセリフはなかったはずだ。

 恐る恐るあまねの方を見ると、あの時とは違って、今は直陽の顔を、目を、じっと見つめている。

「私は今、過去を変える。ずっと後悔してたの」

「え?何を言って――」

「あのね⋯⋯私」

 

 バン!


 突然劇場全体が明るくなり、客席の向こう、入口に付近に警備員がいるのが見えた。

「誰かいるんですか?!」


「直陽くん、こっち!」

 そう言ってあまねは直陽の手を摑み、ステージの下手しもてに向かって走り出した。

 そこからはどこをどう通ったのか覚えていない。ほとんど真っ暗だったし、ステージ裏の道なんて通ったこともない。

 どこだか分からないが、階段下の小さなスペースに二人しゃがんで隠れた。

「なんで逃げるの?鍵あいてたから、入ってもいいんじゃないの?」

「まあそうなんだけど、なんか反射的に、ね」

「シッ!」直陽が身ぶりで廊下の方を指し示す。いつの間にか、直陽も隠れることを受け入れていた。

 光がチラチラしているのが見える。警備員が懐中電灯を持ちながら巡回しているのだろう。

「なんかさ、悪いことしてるみたいで、ドキドキするね」あまねがニヤッと笑う。

「悪いことなのか、悪いこと()()()()()()なのか」

「してるみたい、の方。ほら私、真面目だから」

「真面目な人はこんなことしないぞ」

「じゃあ直陽くんも真面目じゃないね」

 と言ってふふっと笑う。

「そうなるね」

 以前の自分なら、こんなこと思いもしなかっただろう。今はどこか後ろめたさも覚えながらも、心が躍っている。

「鍵、閉められちゃうかもしれないね」

「急ごうか」

 なぜ見つかってはいけないのか、なんて野暮なことはお互いもう言わなかった。懐中電灯のチラチラする光を避けて物陰に隠れながら、何となく通路を進む。

「手」

 あまねがぼそっとつぶやく。

 直陽は自分の左手を見た。ずっとあまねと手をつないでいたことに気付く。

「あ、ご、ごめん!」

 直陽が慌てて離そうとすると、

「ううん。つないでて。迷子になっちゃうから」

と言って、少し俯いた。でもこの俯きは、夏のバスとは違った。それは直陽にも分かった。「過去を変える」あの言葉の続きが気になったが今は訊くべき時じゃない気がした。

 やがて見たことがある場所に出た。間違いない。最初にプロジェクターを使った会議室の前だった。



 旅館側へ戻り、自販機の前まで戻ってきた。

 あまねが、

「喉(かわ)いたね。何か飲む?」

と訊く。

 直陽は、

「おごってくれるの?」と冗談で言ったが、

「いいよ!探検付き合ってもらっちゃったし。楽しかったし」

「あ、いや、冗談だったんだけど」

 直陽が慌てると、

「いいからいいから」となおも勧めてくるので、緑茶を指差した。

「ありがとう」

「一応、お姉さんだしね!――あれ?」

「あ、気付いた?夏休み中に俺も二十歳はたちになった」

 それを聞いてあまねは少し残念そうな顔をする。

「じゃあ、今度お祝いしなくちゃね。ちょっと遅くなっちゃったけど」

「うん。ありがとう」

「うん、必ずね」と言って、あまねは親指を立てる。

 と、その時、近付いてくる足音が聞こえた。

 現れたのは汐里だった。

「話に花を咲かせるのもいいけど、心配かけさせないでよね。どこ行ってたの?」

 汐里が少しムッとしてあまねに言った。

「も、もしかして、探してた?」

 あまねが肩をすくめる。

「外はあんな雨だし、どこ探してもいないから心配してたの」

「す、すいません」直陽も謝る。

「まあいいや。とにかく明日も早いし、そろそろ戻ってね」

「うん、ごめん」

 そう言ってあまねは直陽に手を振り、おやすみと言った。

 そして、汐里が前を向いたタイミングで直陽に向き直り、人差し指を口元に当てて見せた。

 口元は「ナイショだよ」と言っているように見えた。

**次回予告(3-26)**


最終日の品評会。直陽の成長に、皆驚きを隠せない。

第三章 「夏合宿」編 完結

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ