3-24
やはり扉はどこも鍵がかかっていない。
そして、ここも。
「こっちこっち!」
あまねが連れてきたのは大ホールだった。和楽器部が昼間に演奏していた客席付きのステージのあるホール。
「ここ、入ってもいいのかなあ」
直陽は少し不安になる。
「たぶん大丈夫。鍵かかってなかったし」
「まあ、それはそうなんだけど」
あまねはホールに入ってからも直陽の手を引いて奥まで連れて行く。
「どこまで行くの?」
振り返りながら答える。
「もちろん、ステージ」
「え?ほんとにいいの?」
「まあまあ。一回登ってみたかったんだよね」
そう言って二人は階段を上がっていき、ステージの中央に立った。
灯りはついておらず、ほとんど真っ暗だ。あまねのスマホの光だけが周囲を照らしている。
手を離したあまねはピョンと離れて向かい側に立ち、
「ねえ!直陽くん」
と言った。
何かが来る。また新しい世界にいざなう何かが。直陽は何を言われてもその流れに乗っていこうと決めていた。
「演劇やらない?」
「え?」
また突拍子もないことを言う。いくらなんでもそれは無理だろう。
「台本もないし、それに俺は演劇のえの字も知らないド素人だよ。演技したこともない」
「まあまあ――大丈夫だから。そこに立っててね」
直陽の抗議も虚しく、あまね劇場は始まる。
諦めて言われた場所に立つ。あまねはその二メートル前あたりに立っている。
「じゃあ行くよ!シーン一、地下鉄への階段!――私が歩くから直陽くんも付いてきて」
「うん、分かった」
言われるがままにあまねの後を付いていく。
すると、そこであまねが何かを落とす。何だろうと思い、それを拾う。これは――。
「定期券⋯」
あまねはそのままスタスタと歩いていこうとする。
何かに気付いて直陽は叫ぶ。
「落ちましたよ!」
あまねは振り返り、「す、すいません」と恐縮して答える。
直陽は定期券を渡し、そのまま通り過ぎる。
そうか、これは――。
「シーン二!バスの中!」
あまねは叫ぶと、ステージの袖にあったイスを二つ持ってきて並べた。直陽を片方に座らせる。
そして、あまねもその隣に座る。
「あの、先日はありがとうございました」
黙っている直陽。
「定期、拾っていただいて」
ここで直陽が話し出す。
「でも、ショートヘアじゃなかったですか?」
あまねは髪をクルクルと巻き、
「こんな風にしてたから、ショートヘアに見えたのかな」
と言う。
もう二人はニヤニヤしていて、笑いをこらえるのがやっとだ。
再びあまねは立ち上がり、前方から歩いてくる。
そして直陽の前で立ち止まる。
「ここいいですか?」
「どうぞ」
「私は朝霧あまね。よく見かけるし話もしたのに、名前を知らないのは変かなとー思ってね」
台本はない。いや、直陽たちの頭の中にだけある台本。直陽とあまねが辿ってきた大切な記憶だった。
「俺は月城直陽」
「なおはる君ね。覚えた。私は?」
「あまねさん」
「よし」
ここで我慢できなくなって直陽が吹き出した。
「やっぱり、『よし』って変だよね」
「そう?ちゃんと覚えたかなって」
直陽は思う――あまねさんらしいなと。不器用でひたむきで、ちょっとエキセントリックで。でも、そういうところが好きなんだ。
「このやりとりがあったから、俺は朝霧さんじゃなくて、あまねさん呼びになったんだよね」
「あ、そういえばそうだね」
「気付いてなかったのか」
「うん」
あまねはふふっと笑い、
「あ」と真顔になり、「続けるよ!」と言った。
おほんと咳払いをして、
「ねえねえ、直陽くんはさ、大学生?」
「そう。白楓大の二年。」
「お、なんだ、大学同じだったんだ。私も二年生。じゃあ敬語は要らないね」
「あまねさん、一度も敬語使ったことはないけどね」
「あれ?そうだった?」
このあたりもあまねさんだよな、と思いながら、直陽はうまく表現できない愛着を感じていることに気付いた。
いつからか、君が俺の心に住み着いていたんだ。
シーンはどんどん進み、二人の記憶をなぞり続ける。二人の頭の中にしかない脚本は、やがて夏へと辿り着いた。
どこまでこの劇を続けるのだろうか。直陽はあまねの考えが読めなかった。
**次回予告(3-25)**
ロビーに戻った二人を汐里が見つけ⋯。
**作者より**
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