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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
49/69

3-24

 やはり扉はどこも鍵がかかっていない。

 そして、ここも。

「こっちこっち!」

 あまねが連れてきたのは大ホールだった。和楽器部が昼間に演奏していた客席付きのステージのあるホール。

「ここ、入ってもいいのかなあ」

 直陽は少し不安になる。

「たぶん大丈夫。鍵かかってなかったし」

「まあ、それはそうなんだけど」

 あまねはホールに入ってからも直陽の手を引いて奥まで連れて行く。

「どこまで行くの?」

 振り返りながら答える。

「もちろん、ステージ」

「え?ほんとにいいの?」

「まあまあ。一回登ってみたかったんだよね」

 そう言って二人は階段を上がっていき、ステージの中央に立った。

 灯りはついておらず、ほとんど真っ暗だ。あまねのスマホの光だけが周囲を照らしている。

 手を離したあまねはピョンと離れて向かい側に立ち、

「ねえ!直陽くん」

と言った。

 何かが来る。また新しい世界にいざなう何かが。直陽は何を言われてもその流れに乗っていこうと決めていた。

「演劇やらない?」

「え?」

 また突拍子もないことを言う。いくらなんでもそれは無理だろう。

「台本もないし、それに俺は演劇のえの字も知らないド素人だよ。演技したこともない」 

「まあまあ――大丈夫だから。そこに立っててね」

 直陽の抗議も虚しく、あまね劇場は始まる。

 諦めて言われた場所に立つ。あまねはその二メートル前あたりに立っている。

「じゃあ行くよ!シーンいち、地下鉄への階段!――私が歩くから直陽くんも付いてきて」

「うん、分かった」

 言われるがままにあまねの後を付いていく。

 すると、そこであまねが何かを落とす。何だろうと思い、それを拾う。これは――。

「定期券⋯」

 あまねはそのままスタスタと歩いていこうとする。

 何かに気付いて直陽は叫ぶ。

「落ちましたよ!」

 あまねは振り返り、「す、すいません」と恐縮して答える。

 直陽は定期券を渡し、そのまま通り過ぎる。

 そうか、これは――。

「シーン!バスの中!」

 あまねは叫ぶと、ステージの袖にあったイスを二つ持ってきて並べた。直陽を片方に座らせる。

 そして、あまねもその隣に座る。

「あの、先日はありがとうございました」

 黙っている直陽。

「定期、拾っていただいて」

 ここで直陽が話し出す。

「でも、ショートヘアじゃなかったですか?」

 あまねは髪をクルクルと巻き、

「こんな風にしてたから、ショートヘアに見えたのかな」

と言う。

 もう二人はニヤニヤしていて、笑いをこらえるのがやっとだ。

 再びあまねは立ち上がり、前方から歩いてくる。

 そして直陽の前で立ち止まる。

「ここいいですか?」

「どうぞ」

「私は朝霧あまね。よく見かけるし話もしたのに、名前を知らないのは変かなとー思ってね」

 台本はない。いや、直陽たちの頭の中にだけある台本。直陽とあまねが辿たどってきた大切な記憶だった。

「俺は月城直陽」

「なおはる君ね。覚えた。私は?」

「あまねさん」

「よし」

 ここで我慢できなくなって直陽が吹き出した。

「やっぱり、『よし』って変だよね」

「そう?ちゃんと覚えたかなって」

 直陽は思う――あまねさんらしいなと。不器用でひたむきで、ちょっとエキセントリックで。でも、そういうところが好きなんだ。

「このやりとりがあったから、俺は朝霧さんじゃなくて、あまねさん呼びになったんだよね」

「あ、そういえばそうだね」

「気付いてなかったのか」

「うん」

 あまねはふふっと笑い、

「あ」と真顔になり、「続けるよ!」と言った。

 おほんと咳払いをして、

「ねえねえ、直陽くんはさ、大学生?」

「そう。白楓はくふう大の二年。」

「お、なんだ、大学同じだったんだ。私も二年生。じゃあ敬語は要らないね」

「あまねさん、一度も敬語使ったことはないけどね」

「あれ?そうだった?」

 このあたりもあまねさんだよな、と思いながら、直陽はうまく表現できない愛着を感じていることに気付いた。

 いつからか、君が俺の心に住み着いていたんだ。


 シーンはどんどん進み、二人の記憶をなぞり続ける。二人の頭の中にしかない脚本は、やがて夏へと辿たどり着いた。

 どこまでこの劇を続けるのだろうか。直陽はあまねの考えが読めなかった。

**次回予告(3-25)**

ロビーに戻った二人を汐里が見つけ⋯。


**作者より**


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