3-23
本当に暗いので、あまねはスマホのライトをつけている。右手はまだ直陽と繋いだままだ。
手をつなぐのは七月のあの時以来だ。胸の高鳴りは止まらない。汗をかいていないか、鼓動が伝わるのではないか、緊張していることが分かってしまうのではないか、そんなことを考えていると、
「ここ入ってみよう」
と言ってあまねは会議室の扉を開いた。
直陽は部屋に入ると後ろ手で扉を締めた。
あまねは「あ!」と言ってパッと手を離し、何かに駆け寄って、
「これにスマホ映せる?」
と言った。
そこには昨日品評会をした時のプロジェクターが置かれていた。
「うん、できるよ」
「じゃあさ、久しぶりに直陽くんが撮った写真見たい」
久しぶりに。そうなのだ。琴葉のことがあってから、途切れ途切れになり、今ではまたほとんど送らなくなっていた。
「ごめん。送るって約束してたのに」
「あ、そういう意味じゃなくてね。気にしないで。もともと直陽くんの都合のいいときにって約束だったし」
そう言ってニコっとする。
本当に気にしなくていい気になるから不思議だ。
「それより、今回のが見たい」
「うん、いいよ」
そう言って直陽はスマホを操作する。
初めに表示されたのは初日の楓菜だった。
「⋯これは、一年生かな?」
「そう。青柳楓菜さん。どんな子に見える?」
「お、来たね。そうだなー⋯」
しばし逡巡する。
「少しミステリアスな子。本音もなかなか出さないけど⋯。でも直陽くんが引き出したって感じだね。何か心の中の柔らかい部分がふっと通り過ぎて、そこを捕まえた、って感じ」
すごいな。そこまで分かるのか。
「おおかたそんな感じ。どう?何か小説の取っ掛かりみないものは感じる?」
「そうだなー。この子は⋯不思議と人を惹きつける力がありそう」
確かに。現に瞬は⋯。
うーんと言いながらあまねはほとんど見えないはずの天井を目だけで見上げる。
「この子自身も恋をしてる?」
「どうだろう」
瞬のことを好きだとは思えない。さっきも瞬が頑張って話していても何かをチラチラ見ていた。あっ。
「もしかしてそうかもしれない。涼介か、一年の鳴海君か、まさかの成瀬さんとか」
「なるほどねえ。そういう小説もいいかも。⋯ところで――」
そう言って急にあまねは嬉しそうな表情になる。
「直陽くん、人物写真、上手になったね」
「そういえば⋯。あまねさんに会ったばかりのころは、人にカメラを向けること自体が、とにかく怖かった。まさかこんなにすぐに変われるなんて、思ってもみなかった」
直陽はそう言って、隣に立つあまねに、あらためて向き直る。
「あまねさん、ありがとう」
「どういたしまして」ひひ、っと笑う。
「誇らしい?」と直陽が訊く。
「うん、誇らしい」
「よかった。それを聞いて、俺も誇らしい」
あまねの瞳を見つめる。その奥には何があるだろうか。
「さて、他にもいいかな?」
「うん、もちろん」
そう言って、直陽は和楽器部の写真に移る。
「最初は一年生の演奏だった」
「ああ、なるほど。私が入っていったのは上級生だったんだ。確かに若々しい感じがする。
「でも」と言って直陽は次のシーンの写真を開く。「この時は雰囲気がすんごいピリピリしててさ、うちの部ではあり得ないくらい。それだけ本気なのかもしれないけど」
「でも確かにこの写真」
あまねが指差したのは、部長を斜め後ろから撮ったもの。厳しい言葉を掛ける部長と、すぐ後ろのややピントがずれた部員の写真。
「緊張感が見えるよう。動いているわけじゃないのに。写真ってすごいね」
何枚か写真を繰る。「このあたりはまだあまねさんは来てなかったかな」
「なるほど。三人くらいの少人数で演奏するのもあるんだ」
「うん、それが標準みたいなんだよね」
次の写真を見ると、大合奏の場面になる。あまねとしてはこのあたりはほんど見ている場面になる。
「知ってる場面だけど、直陽くんのカメラを通すとまた違うね。不思議。知ってるのに、違うものみたい」
一通り見たので、直陽が「もういいかな」と言ってプロジェクターの電源を落とす。
途端に真っ暗になる。
窓の外は雨が降っている。研修所の外の街灯が雨で揺れる。目が慣れているせいもあって、初めよりも少し明るく感じる。
あまねは、
「あ、そうだ。こっち来て!」
と言って移動しようとするが、はっと思い立って直陽の手を摑んだ。
「暗いと迷子になっちゃうね――こっち!」
そう言って、直陽の手を優しく引いていった。
**次回予告(3-24)**
大ホールに直陽を連れていったあまねは⋯。




