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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
42/69

3-17

 やや足早に歩いている。少し息切れしながら、

「飲み物買うんじゃないの?」

と訊くと、あまねは、

「部屋にあるから買わないよー」と悪びれもせず答える。

 そして、「さ、さ、こっち!」と言ってドアを開けて部屋に手招きする。

「え?そ、そこって女子部屋じゃないの?し、しかも文芸部の」

 ややどもりながら慌てて訊くと、

「大丈夫、汐里ちゃんしかいないから」

と言って、満面の笑みで部屋の中を指差す。

 中に入って扉を閉める。そこは小さな玄関になっていて、さらに奥にもう一枚(ふすま)がある。

 あまねは、

「ただいまー!」

と言いながら、勢いよく襖を開いた。

 そこにはやや胸と足をはだけた浴衣姿の汐里が寝そべりながらテレビを見ていた。

「ありゃ」

 あまねが、しまったとばかりにそうつぶやくと、直陽と汐里は慌てて後ろを向く。

「あまね!!開けるならちょっと確認してからにしてー!」

「ご、ご、こめん」



「突然押しかけてしまって、すいませんでした」

「直陽くんは悪くないから!」

 ややしゅんとなる直陽を見て、慌ててあまねが取り繕う。

「それ、あまねが言っちゃう?」

「⋯だ、ね」そう言ってあまねは汐里の顔を見る。

 互いに見つめ合った後、あまねと汐里は一気に吹き出した。

 一通り笑った後、汐里は、

「まあいいか。そんなこともあるさね。いかにもあまね、って感じだし。――ところで」

 と言って直陽を見た。

「もしかして逃げてきたの?」

「そんなとこ、みたいです」直陽が答える。

「私がね、部長に捕まってたところを助けてくれたの」

 あまねが嬉しそうに語る。

「『おい、俺のあまねに何するんだ!』って?」

「直陽くんはそんな事言わないよ」

 はあ、確かに。何の恥じらいもなくそんなことが言えたらかっこいいのにな、と思う。

「もっとこう、自然に、ガコン、と!」

 あまねが強く拳を握りながら言う。

「え?殴ったの?自然に!?」

「なんでやねん!⋯あ」思わず声が出ていた。

 あまねと汐里は驚いて直陽を見る。

「今、『なんでやねん!』って言った!月城君もそういうこと言うんだ!」

 あー、やってしまった。靖太郎や涼介たちとのノリのままの姿がつい出てしまった。

 恐る恐るあまねの顔を見る。

 すると、さっきまで爆笑していた顔とも違う、温かい笑みを直陽に向けていた。

「なんか、嬉しい!そういうの、どんどん出してこうよ」あまねは興奮気味に言った。

「うん、まあ、善処します」

 直陽はそう言ってやや首をすくめた。

「ところで、久我に何言われてたの?」

 汐里が話を戻す。

「ほら、今日のワークショップも、私、なんかうまくいかなかったじゃん。テーマを勝手に決められて、さあ書いてみて、って言われても⋯具体性を感じないというか⋯」

「まあね、あくまでも、一つの枠だからね。合う合わないはあるよ」

 南条さんは久我先輩よりも考え方が柔軟だな、と直陽は感じる。

「久我は自分のやり方でうまくいった経験を持ってるから自信があるんだろうけど⋯。誰もがそれに当てはまるわけじゃないしね」

「久我先輩は」直陽が話し出す「⋯あ、ごめん、俺も何か言っていいのかな」

「「もちろん」」あまねと汐里の声がユニゾンする。

「久我先輩は、その、あまねさんのこと、どう思ってるの、かな」

「そこ、やっぱり気になっちゃいます?」汐里が茶化すように言う。「あまね嬢、どう思うよ?」

「えー?そこで私に振る?」

「私が思うに――」結局汐里が話し出す。「何かに付けてあまねを指導するみたいなこと言ってるけど、結局関わりたいんだよね、久我」

「さっきは、演劇に行こうって言ってました。俺が解説する、って」

「うわ⋯あいつ⋯」汐里が殊更ことさらに渋い顔をする。「で、行くの?あまねは」

「行かないよ。それで逃げてきたんだもん」

 汐里が直陽の背中をバン!と叩く。

「何?いきなり」直陽が悲鳴を上げる。

「良かったな!」汐里が茶化すが、あまねは微笑んでいるだけで何も言わない。

「それはそうと、あまね」汐里が少し真面目ぶった顔で言う。「小説、どうする?明日は少しは書かないと」

「ちょっとねー」あまねは部屋の天井の端を見ながら言う。「思い付いたことがある。何とかなるかも」

「またあまね嬢の思い付き。うまくいくかねえ」

 直陽はちらりとあまねを見る。まだ何かを考えている風で、心ここにあらずになっている。

 莉奈の言葉が思い出される。「何かに怯えている?」全くそのようには見えない。

 考えてもしょうがない。今はあまねとこうしていられるだけでもありがたい。でも⋯。

「もう一時だね。そろそろ部屋に戻ろうかな」

 あまねがニコッとして、

「うん。引き留めちゃってごめん。ホントにありがとね、直陽くん」

と言う。その笑顔に胸が撃ち抜かれる。

 瞬の顔が浮かぶ。「俺が主語の言葉を初めて聞いた」。あまねはいつも、「直陽くん」と言ってくれる。これは当然のことじゃない。俺のことを見てくれている証拠なんだ。

「こちらこそ、ありがとう。楽しかった」

 あまねの目を見る。晴れやかで温かい目。何かを心配している様子はない。

「じゃあ、あまねさん、おやすみ」

 そして、汐里の方を向く。

「南条さんも、おやすみなさい」

 それを聞いて、二人も「おやすみ」と言った。


 自分の部屋へ向かう廊下で直陽は思う。

 目を見ること、名前を呼ぶこと。たったそれだけのことが、こんなにも心地のいいものだったなんて、知らなかった。

 部屋に戻ると、もう既に暗くなっていた。暗がりの中でよく見ると、布団らしきものは出ているが数が足りない。布団で寝ているのは部長と瞬で、涼介と靖太郎は畳の上で雑魚寝をしていた。酔いつぶれてそのまま寝てしまったのだろう。

「ん?」

 よく見ると、床の間にもたれ掛かるようにして誰かが寝ている。これは⋯莉奈だった。そっとタオルケットをかけてやると、何かをつぶやくのが聞こえた。

「⋯せいたろう⋯あたし⋯」

 何か夢でも見ているのだろうか。

 直陽は自分の布団を出して滑り込み、目を閉じた。ほとんど何も考えないままに、合宿二日目の記憶は途切れた。


**次回予告(3-18)**


直陽は廊下で久我先輩に話しかけられる。「入れ知恵をしたのは君かい?」

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