3-16
直陽は部屋を出ると、旅館のロビーに向かった。
ロビー前の角にある自販機で水を買おうとした時、ソファーのある方から声がした。
「なかなか、進まないな。何か引っかかるものがあるのかな」
「ええ、まあ」
自販機にお金を入れようとしていた手が止まる。あまねと久我先輩の声だ。
「朝霧さんは、日文だっけ?」
「はい」
「なら、なおさら、もっと書いた方がいい。とにかく思いつくままに。きっと知識はあるはずだから」
「いやあ、まあ、そうなんですけど」
少し困っているような雰囲気だ。
「その、取っ掛かりというか、テーマが決まらなくて」
小説書きの相談だろう。そういえばあのゴタゴタで、結局あまねとの「コラボ」は止まったままだ。
「それで『写真部とコラボ』か。初めはそれもいいと思ったんだけどね、やはり小説は正攻法で行くべきだ。多くの作品と向き合い、文芸部の仲間と語り合いながら進めていく。それがうちの部の伝統なんだ。他の部の助けを得るのは良くない」
久我先輩の声には、他を寄せ付けない力強さにあふれていた。きっとそうやって今まで――このサークルに限らず――成功してきたのだろう。
「でも私はうまくその流れに乗れないらしくて⋯。もちろん本は読んでるんですけど」
「では、そうだな、小説以外の『作品』に触れてみるのもいいだろう」
そう言って、久我先輩はスマホを取り出して何かを調べ始めた。
「例えば演劇。見たことは?」
「一年生の時に、友達のやってるサークルの演劇を、ちょっとだけ」
「学生のは所詮学生レベルだからな。やはり見るなら一流のものがいい」
そう言って久我先輩はスマホの画面をあまねに見せる。
「例えばこれ。チケットを取るのも難しいんだが、知り合いに頼めば二枚くらいなら今からでも取れる。夏休みが終わる前に見れる」
「へえ!じゃあ、汐里ちゃんと行こうかな」
「そういうことじゃない。一流の演劇を見るなら、しっかりとした解説が必要だ。南条では心もとない」
「いやあ、そのう」
ガコン!
直陽は自販機のボタンを押した。あまねと久我先輩の声だけが聞こえていた静かなロビーに、その音が響き渡った。
「あ、ちょっと飲み物買ってきますね。のど乾いちゃった」
そう言ってあまねが立ち上がる。
小股でたたたっと直陽に駆け寄ると、耳元に
「ありがと」
と小声で囁いた。
あまねはそのまま通り抜けて振り返る。
「何してるの?行くよ」
と小声で言ってニヤニヤしながら手招きした。
慌てて直陽はその後を付いていく。
**次回予告(3-17)**
あまねに連れられて、あまねと汐里の部屋に向かうことに。
**作者より**
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