3-15
二年生の皆がバラけていった後、莉奈が残り、小さな声で訊いてきた。
「あの後、どうだったの?」
「あのって?」
「ほら、七月の打ち上げの後。あまねちゃんに駅で会ったでしょ?」
「見てたのか」
「結構人がいたから、じっと見てたわけじゃないよ。盗み見してるみたいなのも嫌だからすぐに離れたけど」
目の前に広げてあるポテチを一口食べる。
「一緒に帰った」
「おー、すごいじゃん」
驚いた後、莉奈は一瞬真顔になり、思い出したかのように訊いた。
「⋯言いにくいんだけど⋯その、あまねちゃん、その時別の男といなかった?」
「うん、あっちの部長といたみたい」
「あの時間ってことは⋯飲んでたのかな」
「かも」
「はあ⋯」
莉奈は残念そうに、手に持ったグラスを揺らした。
「でも、『付き合ってない』って」
「え?⋯それ月城君が訊いたの?」
「いや、あまねさんから」
「おお。それで一緒に帰ろうって言ったの?」
「うん、あまねさんが」
「おおお!お前、それ勝ちじゃん!なのに、なんでそんなに落ち込んだ風なんだよ」
莉奈の驚きの声に、視界の奥に見える靖太郎が一瞬反応し、直陽と目が合う。
「バスに乗ってる間、ずっと無言だった。何も話せない感じで。結局俺も訊けなかった。バス停での別れ際、『私、頑張る』って」
「頑張る?どういうこと?」
「分からない。バスに乗っている間、あまねさんはずっと俺の手を摑んでいた」
「摑んでた?繋いでたじゃなくて?」
少し離れたところでよろけて盛大に倒れる涼介の姿が目に入る。「大丈夫かあ」という声も聞こえる。こぼれたビールの匂いがかすかに香る。
「あの時はちょっと俺ものぼせてた。嬉しくて。でも今思うと、あれは⋯」
「何かに怯えている?」
「分からない。時々、そういう雰囲気になるときがある」
「確かに。七月の部室に来てた時も、ちょっと違和感感じてた」
視界の先には、青柳さんと話をしている瞬の姿が見える。
莉奈が続ける。
「⋯今回ここで会った時は?ちょっと話せたって言ってたよね?」
「もう前のあまねさんに戻ってた。明るくて、天真爛漫の」
「ただのメンヘラってわけでもなさそうだな⋯。琴葉と話してた時もすごく変ってわけでもなかったんだよ。ほんの少し違和感を感じたってだけで。まあ私の女の勘?みたいな」
「南条さんも――文芸部の三年生で、あまねさんの友達なんだけど――『私には特別変な風には見えない』って。ただ、『ああ見えて、繊細な子』だとも言ってた」
「うーん」
莉奈も直陽も無言になってしまう。
「『いくら考えても推測からは推測しか生まれない。その人には、自分が把握してない事情があるかもしれない』」
「何それ?授業か何かで聞いたやつ?」
「ううん。あまねさんが言ってた」
「どっちの?」
「天真爛漫の方」
「何かのメッセージかな」
「かも。⋯それと、『あとは動くしかない』とも」
莉奈が手に持っていたグラスのビールをぐいっと飲み干す。
「何か、助けを求めてる、とか?」
「うーん、動いてほしいって意味にも取れるし、ただ単に、考え過ぎないで、まずは動いてみようって励ましてるだけのようにも聞こえる。ちょうど成瀬さんとの件で落ち込んでた時だったし」
「なるほどね。あ、バスで何か言おうとしてたんだっけ?」
「うん。何か言いかけてた。言いかけて飲み込んだ感じ」
「じゃあ、自分から言おうとはしてるんだ」
「そう、だね。だからこそ、俺からは聞き出すのは嫌なんだ」
「自分から言い出すのを待つ、か。『助けを求めているわけではない』という前提の話だけどね」
そういって莉奈は遠い目をする。
「確かに。だから、あまねさんに近い人たちから、時々それとなく情報を集めてみるよ」
「うん、私も気付いたことあったら言うね」
「うん、ありがとう」と言って直陽は立ち上がった。「ちょっと酔い覚ましに歩いてくる」
「おう」莉奈は軽く手を挙げて直陽を見送った。
**次回予告(3-16)**
酔い醒ましにロビーに行ってみると、あまねと男子の声がする。




