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晴れた日には、恋をする  作者: 月舟 蒼
第三章 夏合宿
26/69

3-1

 それからの夏休み。直陽は実家に帰省したり、地元の本屋でバイトをしたりしたので、大学から離れた生活をしていた。

 それでもあまねはいつも心のどこかにいて、直陽に声を掛ける。

 実家の自分の部屋でぼーっとしている時、バイトの合間に山積みされた小説が目に入る時、心のどこかで、「直陽くん!」という声が聞こえる気がした。

 そんな時はわずかな文章でもあまねにLINEしてみるのだった。返信は必ず来た。ある時は楽しそうな文面だったり、またある時は落ち着いた内容だったり。直陽にとってはどちらでもよかった。あまねと繋がっていれさえすれば。とはいえ、あまりしつこいのもどうかと思い、せいぜい週に一・二回程度にとどめた。



 九月の中旬。あともう少しで夏休みも終わるというころ、山間やまあいの合宿所で写真部の夏合宿が行われた。

 合宿所そのものは半官半民の施設だが、大学が夏の間は毎年貸し切っており、文化系サークルが低料金で利用することができる。空気が綺麗な上に、温泉施設も併設されていて、学生にも評判がいい。

 合宿日程は三泊四日。外部講師による撮影に関する講座、互いを撮り合う練習や、早朝撮影ハイキング、最終日前日夜の飲み会、最終日の部内品評会、活動は目白押しだ。

 普段あまり乗らない単線電車を乗り継ぎ、街の中心部から三時間も掛けて合宿所へと向かうことになる。

 一日目の朝、直陽が家を出ようとした時、写真部のグルーブLINEに、三年生部長の村瀬智也むらせともやからメッセージが入った。

「台風が近付いているようですが、合宿所に着いてしまえば、ほぼ外に出ることはないので問題ありません。外の活動と台風が重なった場合でも予定を多少変更すれば問題ないと思われます。ので、予定通り合宿は行います」

 台風が来ているのは知っている。しかも三泊四日のうち、二日目と三日目あたり、つまりちょうど、ど真ん中に襲来するであろうことも。ただ、行きと帰りには影響しなさそうなのでそこは助かる。とりあえず着いてしまえばこっちのもんだろう。

 二年生の五人は都心の駅の中央改札前で待ち合わせをしていた。

 直陽が駅に着いたのは集合時間の十五分ほど前だった。

 街を歩いていると平日の朝の緊張感を感じる。大きなリュックを背負った男子高校生、たくさんのぬいぐるみをつけた女子高生、スマホをずっと覗き込んでいるスーツ姿の女性や、ビジネス書を食い入るように読んでいるサラリーマン。誰も彼も足早に歩き、職場や学校へと急ぐ。地下鉄の中でも僅かな時間も無駄にしない――それは居眠りも含めて――という、「平日」特有の空気に満ち満ちていた。

 一般的には「夏休み」はとうの昔に終わっており、休み気分なのは大学生だけなのだ。

 高校生の頃、直陽はあそこにいた。そしてこれから社会に出ればまたあの空間に戻っていくのだろう。

 街なかの彼らを見るたびに僅かな焦りを覚えることがある。でも同時に、「この時間」も大切なのだと思う。ゆったりした時間だからこそ、学べることもあるに違いない。もちろんこの合宿もその一つだ。

 地下鉄からの連絡通路を歩いてJR中央改札へと向かう。

 人混みを右に左に避けながら、中央改札に到着した。既に靖太郎が来ていた。

「さすがセイタだな」

「五十分前行動が基本なりよ」どうだとばかりにドヤ顔をしている。

「さすがだな。普通の人と十倍も違う」と直陽が応える。

 その時、二人の背後から、

「よっ!!」

 という声がして二人の肩を叩いた。

 不意を突かれて、二人が跳び上がる。

 振り返ると莉奈と琴葉がいた。

「あれ?成瀬さんはこっちじゃなかったなりか?」と言って中央改札の中を指差す。

「今日はね、事前練習してたのよ」と言って琴葉の首に手を回す。

「どういうこと?」と直陽が訊く。

「莉奈ちゃんの家に、泊まった」

「まさか、コガリナ、無理やり連れてったなりか?」

「違う違う!私が空気読めないやつみたいじゃないの」

 琴葉が一歩前に出て靖太郎に向かって言う。

「私がお願いした」

「なんでまた?」直陽が琴葉の顔を覗き込む。

「そ、そんなに見るな」

 琴葉がそわそわし出して挙動不審になる。

「つまりね」莉奈は教師のように説明を始めた。「私たちが一同に会したテスト後の飲み会以来、二ヶ月近く会っていなかったわけです。琴葉はどうなると予想できますか。はい、月城君」

 当てられた直陽は、

「喋り下手に戻り、緊張してしまう」

「その通りです」右手の人差し指を立てながら莉奈は続ける。「つまりリハビリですね」

「重症なりね」靖太郎がボソッと言う。

「オタクに、言われたくない⋯」琴葉がムキになって反論する。

「俺は喋って、歌って、踊れるオタクなりよ」

「ところで、これ何の時間だっけ?」と莉奈が言う。

 そう言うやいなや、改札から流れる人混みに紛れて、涼介が現れた。

「やだなー、コガリナ。俺を忘れるなYo!」

「ああ、お前か。忘れてたわ」

「ひどいなあ、コガリナ。最後の夜、ギャル・チャラ男の仲、ともに語らおうぜ」

「ギャルは自分のことをギャルって言わないんだよ」

「そうなのか?」涼介が真顔になって訊く。

「たぶんな。だから自分でチャラ男て言っちゃうのも痛いからやめろ。『俺陽キャです』みたいに聞こえる」

「さすがコガリナ氏!納得したなり!」

「⋯って話盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろお時間が⋯」

 直陽が改札上の電光掲示板を指差す。

 慌てて五人が改札に向かって動き出した。

 足早に歩きながら、直陽は琴葉を見て、

「どう?楽しく過ごせそう?」

 と聞いた。

「そうだね。おかげさまで。莉奈ちゃんにはいつも助けられてる。いいお姉さん」

「それは良かった」

 琴葉も直陽も自然と笑顔になる。

 夏の終わりなのに、夏の予感がしたのは直陽だけではなかったはずだ。


**次回予告(3-2)**


ローカル線に揺られる写真部部員。そこで涼介が恋心を打ち明ける。

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