ちょいたし言葉
「七十階から先は泊りがけになりそう?」
テルマも連れていることだし、この先はゆっくり慎重に探索をと思っていたジークに、ヴァンツァーの方から先に声がかかる。長いことジークの動きを見ており、自身も一緒に探索に出たことのあるヴァンツァーだからこその先回りの問いかけである。
ここで聞いておかないと、勝手に泊りの準備をして出かけていく可能性がある。
テルマが一緒にいるから連絡は貰えるはずだが、早めに予定を知っておくに越したことはない。
「そうだな。……テルマの動きを見ながらだ」
「三日に一度は帰ってきてほしいかな。これは情報共有のため。あと、もし探索者に出会うことがあっても、多分その人たちって僕たちよそ者のことをよく思ってないから。何があるかわからない場所だし、ジークさんの身の安全を第一で、あまり関わらないで欲しいかな」
「面倒だから話しかけん」
「それならいいけど。ほら、テルマさんだって一緒にいるし」
そんなことを言って、危なければ助けに入ることはわかっている。
それでも一応注意するだけはしておくのがヴァンツァーの仕事だ。
テルマの名前を出すのは卑怯だとは思ったけれど、ジークにとってはそれが一番効くこともわかっている。
ついでにニコラの名前も出そうかと思ったヴァンツァーだったが、あとで本人に伝わったらしつこく文句を言われそうなのでやめておいた。
それに「ニコラも心配している」なんて言って、ジークが素直に言うことを聞いても癪だ。テルマの話だけで十分だし、それでも足りないのならば、ニコラのことを言っておいたって同じ結果にしかならないだろう。
「大丈夫だ」
それは了承の言葉ではなかったが、ヴァンツァーは一度だけ肩をすくめてお小言を言うのをやめた。任務は大事だが、ジークがジークらしくいることも、ヴァンツァーにとっては大事なことだった。
七十階の探索をはじめて丸一日。
炭鉱の様なエリアは複雑に道が絡み合っていて地図もない。
時折横穴から、地面から敵が突然飛び出してくることもあるので、油断があまりできない。
この調子では野営にも苦労しそうである。
ジークは自然体で気配を探ることができているが、一緒にいるテルマは、戦いの最中でも、いつも以上に耳を澄ませ神経をとがらせている。力を使っているとその辺りの制御には苦労するようで、いつもより随分と早く表情に疲れが見えていた。
テルマの実力を伸ばすならば、しばらくこの辺りで滞在して様子を見るべきだし、任務をこなすのならばここから先はジーク一人で行くべきだ。
どちらにせよ八十階にいたる頃にはテルマの限界が来る可能性がある。
今日の休息場所を定めたジークが、地面に座り込んで神妙な顔で悩んでいると、テルマが武器の手入れをしながら口を開く。
「……二度同じ階に挑戦しても、私が実力不足のままであれば、私はヴァンツァーさんの方に合流します。悔しいですが、今は任務の方が優先ですし、実力が不足しているのは分かっています」
「そうか。…………強くなってきているがな」
ジークの思わぬフォローに、テルマは一度手を止めた。
最近のジークは言葉を少しずつ増やすようになっている。
ニコラが足りない言葉の後に、その都度「それで?」とか、「だから?」とか優しく尋ねるので、時間を置いて付け足しの言葉を漏らすのだ。
毎日ジークが帰ってきてから眠るまで、ニコラはそんな会話をずっと続けている。
真面目に考えて言葉を絞り出すジークの顔を見ているのも、ニコラにとっては楽しいことらしい。
何とも地道であるが着実な進歩だ。
ニコラは、これまではジークが言葉足らずでも、自分は理解できるという優越感を持っていた。ただ、いざ妻という立場になったら、出来ることならジークが人から好かれていた方が嬉しいと思える。
立場に余裕があるからこそ、今まで以上にジークのために何ができるか考えられる。
ニコラは本当にジークのことを愛しているのだろう。
テルマからすれば頼りになるお義姉さんである。
「でもこの塔で素早く八十階に到達するには不足しているでしょう?」
「そうだ」
「やっぱり」
実際に実力不足は悔しかったが、テルマは少しだけ嬉しかった。
それは単純にジークの発言していない意図を、正しくくみ取れていたからだ。
相棒ならばこの辺くらいは軽くこなしておきたい。
「どうですか、さっきの提案で」
「そうだな。ただし、出来るだけ強くする。強い方が生き残りやすい」
「もちろんです。私だって逃げたいわけじゃありませんから」
この約束通り、テルマは七十五階に上がるまで、全力で実力の向上を図った。
宿へ帰れば全力で栄養を取って全力で休むことしかできないくらいに頑張って、それでも七十六階へ上がる許可は出なかった。
普通では考えられない成長は、謎の力がテルマの背中を押してくれているからこそであるが、それにしたって著しい進歩であった。
そうして久々にたった一人の探索に戻ったジークは、そこからたったの三日間で八十階までの踏破を成し遂げる。
テルマは自分が足を引っ張っていたことをまざまざと見せられて、少しばかり落ち込んだ。しかし、すぐに比べてもしょうがないことだと気持ちを切り替えて、ヴァンツァーたちと共に下層階の徹底的な安全確保に専念するのであった。




