カッツの証言
「悪かったな。あいつらが死んじまってからどうもカッとなりやすくてな。相変わらず順調そうなお前を見たらつい喧嘩を売りたくなった。頭冷やして来たぜ」
言葉の通り頭を水にでも突っ込んできたようだ。
ぐっしょりとした顔を改めてみると、目の下には濃いくまが出来ており、頬もこけていることが分かる。
精神的にだいぶ参っているのは本当なのだろう。
「いえ、僕も無神経でした」
「馬鹿言うな、どう考えたっていい年こいて八つ当たりしている俺が悪い。悪かったって思ってるから、情報ぐらいくれてやるさ。ただしこれきりだ。俺はもう、自覚があるくらい結構参っちまってるから、構ったってお前の役には立てねぇぜ」
「カッツさん……」
「同情すんなよ? いいか、手早く話すぜ」
ヴァンツァーが何か続けようとするのをカッツは無理やり遮って、伝えたいことを話し出す。
「まず俺たちの顛末だ。ここ数年、段々と塔の雰囲気が変わってきたのはお前も知ってたな? 上の階にいるようなのが下の階にも顔を出すようになった。俺たちも体のピークはもう過ぎてるし、多少のんびりやろうってことで八十階なんかには挑戦せず、六十から、行っても精々七十階程度でのんびりやってた。忘れもしねぇ、半年と少し前、俺たちが六十二階を探索してた時のことだ」
カッツは話しながら路地裏に置いてある樽に勝手に腰かけた。
連日酒浸りだったのか、顔も少しばかりむくんでおり、随分と気だるげだ。
「ここの塔の上階は鉱山のようになってるだろう? そこに今まで見たことねぇ通路を一つ見つけたんだ。少し腰をかがめねぇとくぐれねぇくらいのトンネルだ。気になりはしたんだが、ちょうどそこで目玉ナメクジの野郎が現れたから、俺たちはそっちを殺すのに専念した。するとどうだ、途中でそのトンネルから背が小さくて妙にガタイのいい鬚面のおっさんが現れたじゃねぇか。片手に斧を持って、もう片方の手に妙な黒くて丸いもんを持っていた。最初は俺が向かい合って警戒したんだ。武器向けてんだから向こうだって警戒する。当たり前だわな」
塔の中では時に探索者同士での争いも起こる。
まして相手は長年ベッケルの街で探索者をしていたカッツが、これまで会ったことのないような男である。
「奴はなんだかよくわからない言葉をしゃべってから、俺に何かを投げつけるとすぐに走り出した。得体の知れねぇ黒いもんを受けるわけにはいかねぇ。よけようかと思ったが、俺の後ろには俺を信頼して目玉ナメクジの処理にあたってる仲間がいた。仕方なく剣で弾き飛ばしたら、そいつがさく裂しやがった。俺の剣をへし折って、ついでに俺の体ごとふっとばしやがった。不覚だった。壁まで吹っ飛ばされて意識を失っちまった。次に目を覚ました時はな、仲間の一人が血まみれで、その小さなおっさんに壁際まで追い詰められているところだった。すぐに助けに行ったさ。ふっとばされた拍子に、すでに左腕は使い物にならなくなってた。右腕だけで、剣を振るってあいつのその小さなおっさんの左腕は切り落としてやった。だがな、仲間を助けるのには間に合わなかったし、そいつから返ってきた斧の一撃で俺の右腕もぶっ飛ばされた」
「よく……生きていますね」
「俺一人だけがな。ああ、ちなみに仲間の一人は、俺の折れた剣が心臓にぶっ刺さって死んでいた。あの時、俺の判断が悪くなけりゃ……、糞が!」
カッツは足元に落ちていた廃材を思いきり踏みつけて八つ当たりをして、呼吸を乱しながら首を振る。
「はぁ……、とにかく、そこでやってきたのがアプロムの奴だ。最近めきめきと力を伸ばしてきていた若者でな。傲慢だが、あの体格で力比べじゃ街一番ってやつだ。そいつが俺たちの戦いの音を聞きつけてやってきたんだな。あわや俺の首が飛ばされるってところで来たもんだから、小さいおっさんもそっちの相手を優先した。だがな、あいつの片腕は俺がいただいてた。アプロムの奴は多少苦戦していたが、見事勝利したよ。要はな、あいつは俺の命の恩人なんだ。世間知らずで傲慢で馬鹿でもな。あいつはあいつで、あいつが生まれた頃から探索者をやっている俺のことはある程度評価してくれている。こんな片腕でも、助言をしてほしいんだとよ。それでつるんでるってわけだ」
事の顛末を聞いたヴァンツァーは、カッツから得た情報を整理する。
カッツの遭遇した『小さいおっさん』は、おそらくベッケルの塔の喋る魔物だ。
六十二階まで姿を現しているということは、相当侵蝕が進んでいる。
「……カッツさんよりも高層階を探索していた探索者たちの姿も見えませんが」
「半年ほど前にな、より高い階層を攻略するってんで手を取り合って向かって帰ってこねぇよ。お陰様で最近の上の方は魔物の楽園だろうな。これがどうも、前の副ギルド長が言うには『上からのお達し』があってチームを組まされた結果らしい。その上この間の副ギルド長の交代劇だろ。俺たちベッケルの探索者のギルドに対する不信感は最高潮だ。自分たちの命は自分たちで守る。俺を救出したことを吹聴して、すっかり探索者たちの顔になったアプロムを中心に団結してるってわけだ。……悪いことは言わねぇから、よそ者は帰った方がいいぜ。それとも、お前は本当に今の副ギルド長の味方か?」
「まさか」
肯定するわけにはいかない。
前の副ギルド長は『今の体制への不信感』という、中々余計な土産を残して去っていったらしい。今更すべてを明らかにしたところで、探索者たちはマクマンのことを信じたりはしないだろう。
「まぁ、どっちだっていい。これまでの付き合いもあるから、一応伝えたぜ。これも死んじまった仲間との義理だ。あいつら、お前と飲むと気分がいいっていつも言ってたぜ。……次はいつ来るんだろうってな。それを思い出したら無性に死にたくなってきて、水に頭突っ込んでこうして出てきたってわけだ」
ヴァンツァーは言葉を失ってカッツを見つめる。
打算はあったが、ヴァンツァーは確かにベテランであるカッツたちのやり方を尊重していたし、その探索者にしては朗らかな人柄も好きだったのだ。
彼らと飲んだ時は、ヴァンツァーだって楽しかった。
その光景を思い出すと、自然と気持ちが沈んでしまう。
「そんな顔で俺を見んじゃねぇ。これ以上俺を惨めな気持ちにさせるな。じゃあな、ヴァンツァー。話はこれで終わりだ、お前は達者にやれよな」
これ以上話すことはないとばかりに、カッツは立ち上がって早足で立ち去って行った。
ヴァンツァーはそれを呼び止める言葉を持たなかったし、きっと何か言ったとしても、カッツは足を止めなかっただろう。




