違和感のある若者
「ちっ、やる気がそがれた。アプロム、あとは任せていいか?」
「知り合いのようだけど、こっちの勝手にしていいのか?」
「ああ、好きにしてくれや。気分が悪くなったから一人で飲み直すぜ」
「程々にな」
親と子ほどの差があるだろうに、アプロムは去っていくカッツに対し、振り返りもせずに手を振って送り出した。若者らしい自信過剰であるようにも見えるが、それだけでカッツが共に活動しているはずがない。
こういったタイプは他人の話をあまり聞かず、普通は早々に命を落とすのだが、どうして生き残ってしまっているのかが不思議だった。
パッと見た印象は酷くアンバランスだ。
「で、どうなんだよ」
「……久々に来たら、副ギルド長が変わったと聞かされて、挨拶をさせてもらっただけだよ。最近の状況は確かに聞いてみたけど、どうやら探索者からの評判はあまり良くないようで、あまり情報を持ってなかった。だから以前から知っているカッツさんに頼ろうと思ったんだけど……」
ちらりとアプロムの表情を見ながらヴァンツァーは言葉を選ぶ。
どうやら見ての通り自己顕示欲が強くというか、承認欲求が高いタイプのようだ。
遠回しにマクマンを下げて、アプロムの地位をあげるようなことを言ってやれば、唇の端がピクリと動いている。
「あの調子だと難しいかな。……そうなると頼る人がいなくなってしまって困ったものだよ。ああ、僕はシーダイの街のヴァンツァー。一応向こうじゃ九十三階まで到達している。たまに商人から依頼を受けて他の街にも遠征をするんだ」
「へぇ、九十三階……」
アプロムの表情が急に警戒心の高いものに変わった。
自分の地位を脅かされることを恐れたのだろう。分かりやすい若者である。
「あのカッツさんが気を使ってる相手だ。きっと今のベッケルの一番手はアプロムさんだよね? 悪いんだけど、少しばかり最近の塔の様子を教えてもらえないかな。そんなに長居をすることもないし、狩場を荒らしたりはしない。それ相応の礼もするよ」
そこから逆に懐に潜り込んでやれば、アプロムは今度は我慢しきれずににやりと笑った。本当に操作しやすい男だ。
これならばちょろいなとヴァンツァーが勝利を確信していると、アプロムの表情は徐々に渋くなっていく。やり取りだけ考えればそんな要素はなかったはずなのだが、急激に雲行きが怪しくなる。
「……いや、駄目だ駄目だ。今はよそ者に構ってる暇はないんだよ。ただな、忠告だけしてやる。命が惜しければあまり高い階には上るんじゃないぞ」
「そっか、ありがとう。それなら細々とやらせてもらって、痛い目に遭う前に帰ろうかな」
「そうしとけ。……ま、落ち着いたら俺の方からも声をかけるから、その時はよろしくな」
敵対をすることは避けられたようだが、収穫はなかった。
ジークに偉そうなことを言っておいて、これでは面目が立たない。
ただ、ヴァンツァーは引き際はわきまえていた。
アプロムという若者は、最後の一言で他所の街の最上位探索者であるヴァンツァーに対して、縁だけは残したつもりなのだろう。
どこまでも失礼で浅はかな男だが、どのあたりからこの自信と求心力が生まれているのかわからない以上、ヴァンツァーも迂闊な手は打てない。
何かあるはずなのだ。
いくら仲間を失ってしまったとしても、カッツがそこまで判断を鈍らせるとは思えなかった。
「持ちつ持たれつということで。シーダイへ来るようなことがあれば声をかけてくれたら、手伝えることは手伝うよ。それじゃ、邪魔して悪かったね」
随分と目立ってしまった。
もう冒険者ギルド内で情報収集をするのは難しいだろう。
出来ることがあるとすれば、これ以上マイナスを積み重ねる前に退散して、ほとぼりが冷めた頃に普通にギルドを利用するふりをして、耳をそばだてるくらいが精々だろう。
ヴァンツァーの押し引きは見事だった。
控えていたニコラやテルマからしても文句のつけようはない。
三人は黙ってギルドを抜けて、少し離れたところでほとんど同時にため息をついた。
「まずったな……。マクマンさんより先に、探索者から情報収集するべきだった」
「……宿の話などもありましたし、仕方のないことだと思います」
「そうそう、すぎたことを言ってもね。それより、あのアプロムとかいうの、変な探索者だったわね。普通ああいうのは、すぐに塔で命を落とすんだけど……。運がいいのかしら」
テルマがヴァンツァーの後悔にフォローをすれば、ニコラもその後に続く。
未来予知ができるわけでもないのに、その選択を違わずやるのは難しい。
そんなことよりも問題は、先ほどのアプロムという若者についてだ。
「さぁ、どうだか。それに関しては僕も不思議に思ったかな。どこか、違和感というか……、普通ではない何かを感じるよね」
「私もそんな気がしました。なんというか……」
三人が三人そろって違和感を覚えていたが、その理由が分からない。
色々話し合いながらもしっくりする答えの出ないまま歩いていると、不意に路地から声をかけられた。
「おい、ヴァンツァー。こっちへ来い」
そこには髪の毛を濡らしたカッツが立っていた。
一瞬喧嘩の続きでもしたいのかと警戒したが、どうもカッツの顔からはすっかり酔いが抜けて、まともそうに見える。
「おい、早くしろって」
ヴァンツァーはともに歩く二人に目配せをして、一度だけ頷いてカッツの誘いに乗ることにしたのだった。




