でしゃばり
マクマンのもとを去ったヴァンツァーは、まずこの街のベテラン探索者の下を訪ねることにした。カッツという探索者は、そろそろ五十に差し掛かる年齢だが、冷静な判断力と、パーティで八十階まで探索したことのある確かな実力を持っている。
この街に来てすぐに話を聞くつもりだったのだが、いつもなら休んでいる日だというのにギルドに見当たらなかったのだ。
幸い今日はギルドへ入ってすぐにカッツの姿が見えた。
気になるのは、いつもの仲間が見当たらず、若いメンバーと同席していたことだろうか。
カッツは世話好きであるし、かなり年が離れて見えたから、おせっかいを発動させているだけかもしれない。
テルマとニコラにも軽くカッツについての前情報を渡して、受付の横を通り抜けてまっすぐカッツの下へ向かう。
カッツの方も顔なじみのヴァンツァーが奥から出てきたことには気が付いているようで、椅子の背もたれに腕をひっかけながら、身体を斜めにして待っていた。
「カッツさん、お久しぶりです」
「よぉ、いつもの奴らはどうした」
ヴァンツァーは『そちらこそ』と答えそうになったが、ろくでもないことがあった可能性も考慮して言葉を飲み込む。探索者なんていつ命を落とすかわからないのだから、酷い皮肉になりかねない。
それを言うのならばカッツだって遠慮のない物言いをしているのだが、探索者なんていうのはそんな気遣いができる人間ばかりではない。
「こっちは双子の妹で、こっちも身内みたいなものです、今回はいつもより大所帯で来たので、手分けして買い物をしたりしているんですよ」
「ほー、誰も死んでねぇならそりゃあ良かった。……俺の方は俺以外全員死んじまったよ」
「それは……!」
「良いんだ良いんだ、お前は良い奴だ。そんな可能性も考慮して軽口叩いてこなかったんだろ。本当に賢い奴だぜ。憂さ晴らしに喧嘩でも吹っ掛けてやろうかと思ったのに」
カッツはニヒルに笑い、テーブルに乗っていた酒をあおった。
「……んで、受付の奥で何してたんだ?」
木でできたコップをテーブルにたたきつけるように置いて、カッツはヴァンツァーを睨みつける。いつものカッツらしい冷静さは鳴りを潜めてしまっている。
やたらと喧嘩腰で荒れている。
長年共に塔へ挑戦してきた仲間をすべて失ったのだ。
気持ちが荒むのも無理はない。
「……気分を害したようですみません。また出直します」
「まぁ、待てよ、座れ」
カッツは立ち上がり、去ろうとするヴァンツァーの肩を掴む。
そこまでくると一触即発だ。
ヴァンツァーは探索者の中では相当穏やかな方だが、喧嘩をまるでしないというわけではない。
まして今はニコラとテルマを連れているのだ。
どちらに何があってもジークが怒り狂ってどうなるかわからない。
「いい加減に……」
「はっ、いい加減になんだ?」
ヴァンツァーだって喧嘩を買うつもりだった。
それでも途中で勢いが沈んでしまったのは、カッツの右腕が存在しないことに気が付いたからだ。
「流石に喧嘩を買う気にもならねぇってか?」
失ったのは仲間だけではなく、利き腕もだったというわけだ。
「とにかく座れよ。俺もお前に言いたいことがあるんだ。それとも、片腕になった俺と話すことはねぇか?」
カッツの目はやさぐれている。
それでも、もともとは間違いなく頼りになるベテラン探索者だったのだ。
仲間を失って、腕を失ったことがここまで人を変化させるのかと、ヴァンツァーは表情には出さぬまでも、それなりにショックを受けていた。
「カッツさん、その辺にしておこうぜ。こいつビビって喋れなくなってんじゃねぇか」
カッツと一緒にいた若い探索者が、後ろからやってきてカッツの肩を叩く。
まだ二十になったかならないかくらいだろう。
カッツさん、と最低限敬称をつけているが、その態度は無礼なほどに気安い。
以前までのカッツであれば、当然目上の者への礼儀を叩きこんでいたはずだろう。しかしカッツは、その手を振り払いもせずに「おう……、まぁ、そうだな」と言って引き下がった。
カッツだってヴァンツァーが他の街の塔で九十階に上る最上位の探索者であることを知っているはずなのに、それに対しての忠告すらしない。
ただ、一瞬気まずそうな表情をしたところを見ると、不本意ではあるのだろう。
ヴァンツァーも穏やかで喧嘩をしないことで知られているから、舐められているのかもしれない。
実際若者と喧嘩をする気にはならないが、関わり合いにはなりたくないなと思う。
問題はここで適当にお茶を濁して帰ってしまうと、ここから先、ベッケルの街で塔の情報を探索者から集められなくなる可能性があることだ。
カッツはベッケルの街の探索者に大きな影響を持っていた。
それがそのままこの若者に引き継がれているのだとすれば、ヴァンツァーたちはベッケルの探索者たちからつまはじきにされる。
「喧嘩をする気はありません。俺はただ、いつも通りカッツさんに最近のベッケルの塔の話を聞きに来ただけなんですよ。もちろん、いつもと同じくカッツさんの好きな酒を飲んでもらうつもりでした」
とにかくカッツとの関係を修復すべきだ。
そう考えての申し出だったが、青年がずいっと前にしゃしゃり出てくる。
「情報なら、奥で聞いてきたんじゃねぇの?」
どうやらこの青年こそ、先ほどマクマンが言っていた『最近の塔の様子を意図的に隠している探索者グループ』の筆頭のようである。
ヴァンツァーは表情はにこやかに保ちながら、心の中で出しゃばりの青年を罵りつつ、同時に、ジークを連れてこなくて本当に良かったと、自分の判断を褒め散らかすのであった。




