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ベッケルの塔の前は、街にいる人の割に探索者の数が少なく、代わりに重装備した番人が多かった。もともと番人の数はそこまで多くないはずなので、魔物があふれ出したことを受けて、王家から兵士も派遣されているのだろう。
二人は宝玉に触れることなく塔の内部に足を踏み入れる。
内部では若い探索者たちが探索の準備をしており、入ってきたジークを見るとぎょっとした顔をして目を逸らした。
どう見たって初心者冒険者ではない強面が急に現れたら、誰だってそうなる。
へたに絡まれて、太い鞘に納められた大剣で真っ二つにされるのはごめんだ。
ジークは因縁をつけるつもりは一切ないながらも、ぐるりとその場にいる冒険者たちを見回す。これは単純にベッケルの塔の初心者の強さを値踏みしただけの話だ。
特に他の街と変わらぬ初心者ばかりであることを確認すると、ジークはさっさと奥へと歩き始めた。
「入った限りは他の塔と変わりませんね」
「そうだな。だがどこかに喋る魔物がいるかもしれん」
「……喋る魔物のことを退治できていないのなら、高層階のどこかに潜んでいるということになりますよね」
「俺はあいつらが浅い場所まで下りてきているのをあまり見たことがない」
「この塔ではどこまで下りてきているのでしょう。喋る魔物の侵蝕が進むほど、塔からあふれ出る魔物の数が増えるのだとすれば、相当下の階まで来ているはずですが」
「分からん。しらみつぶしに見る」
「手分けしますか?」
「…………だめだ」
効率を考えれば手分けした方がいいことはわかっている。
しかしテルマのいまの実力であると、万が一喋る魔物と遭遇した場合、逃げ出すことも難しい可能性がある。
せめて手分けするとしても、一度一緒に遭遇し、この塔での喋る魔物がどのような動きをするのかある程度把握して対策を取ってからになるだろう。
沈黙の長さに色々な葛藤を読み取ったテルマは、ジークがなんとなく意味もなく許可を出さないわけではないと察した。
もともと喋る魔物にはまだ勝てないという話は聞いていたことだから、当然の返事だと思うし腹も立たない。
むしろ色々と考えてくれただけ、自分が少しは成長していると捉えることもできた。
ジークと一緒に行動する時は、多少ポジティブでいるくらいでないと気が滅入る。
テルマも段々と、この偏屈な男の相棒らしく動けるようになってきたようだ。
襲ってくる魔物を見向きもせずに斬り捨てながら、ジークはずんずんと奥へ進んでいく。
時折一階層にはいるべきでないような魔物とも出会うが、幸いなことに犠牲になっている探索者とは出会わなかった。
おそらく既に塔の中がこの状態であることは、探索者にとっても知られているところなのだ。だからみんな、ある程度強い魔物が出現する前提で行動をしている。
ある意味ジークの考える理想の状況に近かったが、おそらくこうなるまでに相当な犠牲を払っているだろうことを考えると、やはり侵蝕は看過できる現象ではなかった。
結局さらに侵蝕が進めば、現れる魔物はさらに強くなり、備えていた冒険者も命を落とすことになる。最終的に塔に挑戦する者がいなくなってしまえば、あとは塔からあふれ出た魔物に街がむしばまれていくのを見るだけになるだろう。
ジークはその中でも生きていくことができる。
では他にどれだけ生き残れるものがいるのか。
塔の中からすら追い出された人間が、この世界の僻地に追い込まれていくのは目に見えていた。
人が死ぬのは面白くない。
侵蝕は止めるべきだ。
ジークの思考は単純だった。
一階をくまなく探索して、二階へ。
階層が上がっても雰囲気はあまり変わらない。
普段よりも少し強い魔物が頻繁に出現しているのだなと言うことと、この街の探索者がそれに慣れ始めているのが分かる。
「そろそろ戻りませんか?」
テルマは十階層に存在している転移の宝玉を無視して、更に奥へ進もうとするジークへ声をかける。体感であればおそらく外はもう夜になっているはずだ。
ちょっと出てくるみたいなノリで出てきたのに、ジークはまだまだ進む気にあふれているようだった。現場を見たらあまり良くない状況であったので、気持ちがせいているのだろう。
「戻るべきか?」
珍しく弱気な答えだった。
ジークだったらイエスかノーでパシッと答えそうだったので、テルマは驚いて目を丸くしてしまう。
それから、ここに来る前にニコラによろしく頼まれていたことを思い出し、その場で大きく頷いた。
「はい、ニコラさんが心配すると思うので。それに、本格的に調べるのであればヴァンツァーさんと協力すべきかと思います。ジークさんもそのつもりだったのでは?」
「……そうだな、戻るか」
恐るべき成長であった。
まさか妻が一人できるだけで、ここまで気にすることができるようになるとは本当に驚きである。
これを報告したらきっとニコラは喜ぶことだろう。
後でコッソリ知らせておこうと考えながら、テルマは転移の宝玉に触れて、塔の一階へと戻るのであった。




