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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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「いやいや、悪いねお待たせしてしまって。わざわざ遠いところから来てもらったというのに」


 ハンカチで汗をふきふき現れたのは、探索者のギルドには似合わない恰幅の良い男性だった。

 穏やかそうな顔の作りをしているけれど、王城から派遣されてきたということは、貴族の身分があってもおかしくはない。あまり油断をするわけにはいかないなとヴァンツァーは気を引き締めた。


「いいえ、お忙しいでしょうにお時間を取っていただけて助かります」

「何をおっしゃるやら。かの有名な探索者ヴァンツァーさんが、この街の問題を解決するために来てくださったんだ。こちらの方が頭を下げなければ筋違いというもの」


 ヴァンツァーが深く頭を下げれば、男は慌てて同じように頭を下げて恐縮して見せる。貴族にしてはやけに腰が低い。

 ヴァンツァーが注意深く観察をしていると、

 男はにっこりと笑う。


「陛下より一時的に副ギルド長を任されておりますマクマンです。何かここに来るまでに話を聞かされましたかな?」

「いえ。急な話で、大変だろうなと」


 やはり見た目通りの人物ではない。

 ヴァンツァーが探りを入れていることも、自分がギルド内でどのように見られているかもしっかりと理解しているようだ。


「事情についてはメリッサ様より聞いておりますね?」

「ええ。先代の副ギルド長の下、喋る魔物の対処にあたったものの失敗。近くでは塔から魔物があふれ出す事態もあったとか」

「お恥ずかしい限りです。きっとあの男はしゃべる魔物の脅威を測り間違えたのでしょう。メリッサ様から喋る魔物の話を共有されて、初めて事態が明るみに出たのです。これまでにないほどの数の魔物が溢れ出てきたこともあり、副ギルド長は解任。一応魔物があふれ出したときに現場にいた探索者には、口止めをしてありますが、それもいつまでもつやら。王都の危機ということで、メリッサ様には腕利きの探索者を送っていただいたというわけです」


 ギルドがざわついた雰囲気に包まれていたのは、おそらく少しずつ口止めの効果が薄れてきているからだろう。探索者なんて元はあまり身分の高くないものがつく仕事である。政治の権力がどこまで効くかと問われれば微妙なところだ。

 おそらく、メリッサが同じような状況に遭遇していたら、対応にあたった探索者の殆んどを、事態が収束するまで拘束して外には出さなかったことだろう。

 あの女傑の果断さを知っているからこそ、ヴァンツァーは対処が甘いなと思ってしまう。


「協力してではなく、秘密裏に、というのもそちらからの条件でしたね?」

「ええ、あまり大っぴらにやって、塔の異常が外に漏れては困りますからね」


 だとするならば、なおさら噂が出回らないように対処すべきだった。

 内心呆れながらヴァンツァーは問う。


「街の上位探索者の協力も仰げませんか?」

「はい、申し訳ありませんが。できる限りの助力は致します。ただ、全てをそっと終えて、噂も噂でしかなかったとなることが理想であると考えているようです」

「考えているよう、ですか」

「いやいや、失礼。そう考えております」


 なる程、どうやらこの作戦は副ギルド長であるマクマンの物ではないらしい。

 わざとヴァンツァーが察せるように言葉尻でそのことを漏らしたのだろう。

 副ギルド長の作戦でないのならば、それはもうギルド長である国王の意思に他ならない。


 おそらく切れ者であるマクマンは、この作戦をヴァンツァーと同じく甘いと考えているのだ。もしかすると十分に異を唱えて話し合った結果なのかもしれない。

 わざとここでそのことを示したのは、『できる限りの助力をする』という言葉に真実味を持たせるためだろう。


 無能であると判断されて、ヴァンツァーたちに頼られず、挙句失敗しては本末転倒だ。マクマン自身は、特に縁があるわけでもないヴァンツァーに隙を晒してでも、この件をしっかりと片付けてしまいたいという意思を持っているという表明でもあった。


「マクマン殿は陛下にお仕えしているお貴族様なのですか?」

「ええ、末席ではありますが。しかしあまり堅くならないでいただきたい。私は元々商人でして、金で貴族の席をいただいた成り上がりでしかありませんので」

「とても優秀な方なのですね。困ったことがあれば必ず相談するようにします」

「ぜひぜひそうしていただきたい。王都の危機は国の危機。共に手を取り合って乗り越えていきましょう」


 手を差し出されて握手を求められた。

 結局体を張って塔へ登るのは探索者だ。

 金を出すだけの商人と手を取り合っても何もあったものではないが、それでもヴァンツァーは持ち前の整った容姿で微笑んでその手を取る。

 小さなころからたった兄妹二人で生きてきたヴァンツァーの面の皮は、超一流の商人の前でもしっかりとその役割を果たすのであった。


 互いに協力をすることを約束したところで支度金を渡される。

 全員で分割するものであるらしいが、人生を何人分か買うことができそうな金額だ。

 一流の探索者となれば見たことのある程度の額であったが、一度の依頼料としては破格である。

 それから用意された貸し切りの宿の場所や、塔の現状についても知らされる。


「さて、話はこんなところでしょう。支度金はあくまで私からの支度金。足りなくなればまた申し出てください。報酬は国から別途用意してあります」

「……個人的なものならば」

「まぁまぁ、お待ちください」


 後だしで出てきた情報に、支度金を断ろうとするヴァンツァーをマクマンが制する。


「私はこれを何も言わずに渡すこともできました。私からと言ったのは、誠意であり、私個人がこの件を何より重く見ていることの表れと思っていただきたい。受け取ったからと言って何も要求したりいたしません。とにかく、できるだけ早期に解決していただきたいのです。なにせ私の商会はこの王都に本店を構え、全世界にその手を伸ばしているのですから。塔の危機は王都の危機。王都の危機は経済の危機です。どうかお納めください」

「……わかりました。では私たちの働きが十分であったと思えば、あとからいただきに上がります。その時は何も見返りを求めない、などと言わず、今後とも仲良くやっていければと思うのですがいかがでしょうか?」


 塔の問題はおそらくベッケルだけの問題ではない。

 これから他の国にある塔でも問題は発生していくことだろう。

 今表立っていないだけですでに起こっている可能性だってある。


 ならば全世界に経済の糸を伸ばしているマクマンとの付き合いは、今後とも必要になってくる。

 支度金だけで縁を切るよりは、こうしておいた方が互いのためになるはずだ。


「素晴らしい!」


 マクマンはぱちんと手を叩いて喜んで見せた。

 

「ヴァンツァー殿は私の懸念を共有してくださっているようだ。喋る魔物を討伐できるほどの実力者の中に、これほど頭が切れる方がいらっしゃったとは、本当にありがたいことです」

「こちらも、頼りになる方と知り合えてうれしいです。ただ一つだけ訂正を」

「はい、なんでしょう?」


 どうやらマクマンはヴァンツァーこそが、今回の遠征組のエースだと考えているようである。


「喋る魔物を倒すのは私ではありません」

「……それはもしかして、聞いているジークという探索者のことですか?」

「はい」

「初めて聞く名ですが、本当に信頼していいのでしょうか?」


 確かにヴァンツァーに比べれば知名度も低い。

 各地に手を伸ばしているマクマンであれば、きっとシーダイのことだって調べ尽くしているのだろう。

 きっとその時点では、シーダイの街の上位冒険者にジークという名はなかったのだ。


「俺が見た中で間違いなく最強の探索者です。……少しばかり人付き合いには難がありますが、本当にかっこいい、俺の憧れですよ」


 ここに来て初めてヴァンツァーが素の表情で笑った。

 その子供のように無邪気な笑顔にマクマンは一瞬目を奪われてから、「なるほど……」と呟き、鼻から大きく息を吐いて、同じくにっかりと笑って言った。


「そういうことならば、私も信じましょう!」


 多分この出会いはいい出会いだとヴァンツァーは思う。

 あとは、戻った時にジークがギルド内で暴れていないことを祈るばかりであった。


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― 新着の感想 ―
いや、ほんとニコラさんナイスセーブでした…
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