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王都に当たるベッケルの街までは、通常の馬車で半月ほど。旅慣れたヴァンツァーたちのおかげで、一行は不便することない生活を送っていた。
ただ一つだけ不便はあった。
護衛を連れていないように見える馬車は、道中で幾度もならず者に襲われたのだ。
当然の如く瞬く間に返り討ちにしたけれど。
塔の上層で鍛えられた探索者たちに襲いかかるなど、命を差し出しているのと同義だ。
武器を持った数人が外に立つだけで、十分な牽制になるのだが、ヴァンツァーはそれをしない。
あえて襲われることで、街から街への道中にいる不届きものたちを処理して回っているのだ。
普段からこうして商人たちの安全に貢献しているからこそ、ヴァンツァーたち一行の評判は、探索者たちの中でも特別に良い。
街で寡黙に塔に篭っているジークとは扱いが違うのも当然のことであった。
予定通りにベッケルの街へ到着したヴァンツァーは、慣れた調子で街の検問をパスして、二台の馬車を街へと乗り入れさせた。
ジークがやれば、たとえ紹介状を持っていたとしても、その確認のためにしばらく時間を要したことだろう。
他の街ですら顔が知られているヴァンツァーであるからこそ、門番もにこやかに対応してスムーズに街へ入れてくれたのである。
街へ入ってすぐの待合所のような場所で、ヴァンツァーは馬車を一度止めた。
そうしてジークたちの馬車までやってきて、ヒョイっと乗り込んでくる。
「これから真っ直ぐこの街のギルドへ向かうよ。メリッサ様がおっしゃっていた通り、侵蝕が進んでいることがバレたら街に混乱が起きるかも。だから、目的を聞かれても適当に誤魔化しておいてね。……ニコラ、テルマさん、頼むよ」
ジークによく言い聞かせてから、さらにその横にいる二人に念を押す。適当に誤魔化すなんて芸当がジークにできないことは、ヴァンツァーだってよく分かっていた。
本当は自分がずっと一緒にいればいい話だが、手続きやら街の人との付き合いやらがあってそうもいかないので仕方がない。
フードを深く被り、仮面をつけ寡黙に戻ってしまったクエットについては論外なので、お願いをしなかった。
間断なく喋るか黙りこくるかの二択しかないのは、これはこれでコミュニケーション能力に問題があるクエットである。
こういうタイプは余計なことをさせないのが一番だと、ヴァンツァーは長年の人付き合いの経験からよく知っている。
どうせ人と喋る気などないジークが頷くと、ヴァンツァーはベッケルのギルドへ向けて馬車を出発させた。
ヴァンツァーはジークのことを尊敬しているし大好きだけれど、コミュニケーション能力に難があることは知っていた。そして、ニコラ同様、それでいいと思っている。
しかしこういう時だけはちょっとだけ心配であった。
王都であるベッケルの街は広い。
そして街を馬車で走らせただけでわかる程に貧富の差がはっきりしていた。
それでもシーダイよりはどこか明るく、楽しそうな雰囲気がある。
塔がある三つの街を比較して表すのであれば、シーダイは厳格、アイオスは武骨、ベッケルは寛容といったところだ。
シーダイやアイオスと比べると、国境から遠い領土の内側の方にある街だというのに、通りを眺めていると異国情緒あふれた人も多い。
それもまた、この街を賑やかに見せている要因でもあった。
さて、目抜通りを長く走り、ようやく一本角を曲がったところで、正面に高くそびえる塔が見えた。
それからまたしばらく馬車を走らせていくと、通りを歩く人の中に、武器を持つものが増えてくる。
馬車がゆっくりと減速し、さらに路地へと入り込んでいく。
もし目的地を告げられていなかったとしても、行き交う人々の雰囲気から、ここがギルドであることは明白であった。
ギルド併設の小屋に馬車をとめて、一行は正面からベッケルの探索者ギルドへと入る。
あちこちから飛んでくる視線は、ヴァンツァーたちをスルーして、ジークたち余所者を見て鋭く細められる。
値踏みしたり敵視をしたり様々であるが、なんにせよ一番注目を集めているのはやはりジークであった。
「ここにしよっかな」
ヴァンツァーは空いている席を見つけ荷物を下ろす。ジークたちもそれにならって荷物を地面に投げて、適当に椅子に腰掛けた。
「僕はこの街の副ギルド長と話してくるから。なんか適当に飲み食いしててよ。やり方がわからなかったらうちの子たちに聞いて。で、一応聞いておくけどジークさん一緒に行く?」
「いかねぇ」
「だよね」
言ったところで喋ることなどないし、聞くこともない。
塔の魔物の詳細はヴァンツァーから聞けばいいし、やることは喋る魔物を倒して回るだけと決まっている。
ジークは偉い奴というのは話が長いと知っている。回りくどくあれこれ話すやり方も、よく知りもしないくせに偉そうな奴らも、ジークの好みではなかった。
「じゃ、できるだけ早く戻るんでよろしく」
よろしくは、トラブルが起きないようにね、という意味のよろしくだ。ジークとクエット以外にはちゃんと伝わっている。
「じゃ、私たちなんか適当に頼んでくるから」
「手伝います」
ヴァンツァーの仲間である女性が二人立ち上がると、テルマもそれに続く。普段から交流をしているので、テルマと彼女たちの関係はなかなか良好だ。
「ジークさんはナッツがあればいいですよね?」
「そうだな」
どこに行ったって大抵炒ったナッツは売っている。味とかは割とどうでもいいのだ。それなりに栄養があって、ポリポリとして臭くなければそれでいい。
三人が注文に行ってしまったところで、ジークはぐるりとギルド内を見回す。
自分を見ている奴らの実力がどんなものなのか見ておくかという、特に他意のない行動であった。
しかし見ていたものからすれば、突然鋭い目つきで睨み返され、値踏みされたように見えたのだろう。
ガタリと一人の探索者が椅子を倒して立ち上がったのに気づき、ジークが無意識にあちこちへ喧嘩を売っていることに気づいたニコラ。
「ジーク」
「なんだ」
声をかければ一応返事はするが行動は止まらない。仕方がないので、ニコラはジークの頬を両手で挟んで、無理やり自分の方へ向けた。
抵抗すればできるのだろうが、ジークも相手がニコラだからおとなしくされるがままになっている。
「こっち向いてて」
「なんでだ」
「お願い」
理由は言わないけれど、目が合えばニコラはなんとなく嬉しそうにしている。ジークはしばし考えてから、まぁ、喜んでいるならいいかと、家族のお願いを聞くことにした。
ざっと見たかぎり、特別気になるような探索者もいなかったので、一応目的はすでに達している。
喧嘩をしに行こうと立ち上がった探索者も、急に変わった雰囲気に出鼻をくじかれて、変な顔をして椅子に座り直そうとする。
そして自分で椅子を倒したのを忘れて地面に座り込み、仲間たちにゲラゲラと笑われた。
おかげで顔を真っ赤にした探索者とその仲間たちの間で新たな喧嘩が勃発したが、それはジークたちの知ったことではない。
一部始終を見守っていたヴァンツァーの仲間たちは胸の前で小さく拍手をした。
「おぉ」
「さすがヴァンツァーの妹ね」
そんなこんなで、入ってそうそうの喧嘩は、ニコラのファインプレイによって回避されたようであった。




