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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ヴァンツァーたちは戦利品を抱えてギルドへ向かう。

 塔で大活躍したジークは、先に休んでてくださいと言うヴァンツァーの申し出を受けて、そのまま風呂屋へ直行した。

 ギルドへ顔を出す必要がないのなら、優先順位はまず風呂である。

 それが昔からのジークの習慣だ。


「まったく、少しは遠慮したらいいのに」

「そうよね、普通こんな大荷物持たせる?」

「ありえない。ヴァンツァーのことを振るのもあり得ない!」

「あまり大きな声で言わないでほしいなぁ」


 苦笑しながらもヴァンツァーは仲間たちの言葉を強く止めることはしない。

 彼女たちがこれで不満を吐き出していることはわかっているし、ジークが聞いたところで気にするわけがないからだ。

 憮然とした表情で『持ちたくないなら言え』と言い放つだろう。

 あと振られたのではない。まだ保留されているだけだ、とヴァンツァーは心の中で一応言い訳をする。


「それにしても……すさまじかったね」


 ぽつりとつぶやいたのは、ジークと同じく大ぶりの剣を使って戦う女冒険者だ。

 見た目からは想像がつかないほどにパワフルに、自在に大剣を使う彼女だったが、ジークの動きには脱帽するしかなかった。振るう時には剣の重さを感じないのに、叩きつける時には重さを存分に利用している。

 とんでもない怪力を秘めているはずなのに、無駄な力は一切使わず、適切に敵を叩き切り、先端にある鉤で引っ掛けて投げる。そして必要とあらば手足やサブウェポンであるナイフを使うことも辞さない。

 普通は武器を扱うものは、どうしたってその武器を相棒と信じて戦うものなのだが、ジークの場合はそうではない。ジークの大剣はあれほど特殊な形をしてまがまがしい雰囲気を放っている業物だというのに、飽くまで敵を殺すための道具でしかないように見えた。

 ジークへの文句大会のようになっていたというのに、彼女の一言に異を唱える者は一人もいなかった。探索者の中でも上位の、戦いに身を置くものとして、自分に嘘をついてまでジークを否定することができなかったのだ。

 ただ一人得意そうな顔をしているのはヴァンツァーである。

 推しが褒められるのは嬉しいという、オタクのような感覚であった。

 その上彼女たちはジークに惚れることがないとわかっているから、好きなだけ強さを認めてくれて構わない。これが万が一ジークの強さとカッコよさに惚れてしまうようなものだったら、ヴァンツァーも共に塔の中へ連れていったりしなかっただろう。

 思惑通りジークのカッコよさを見せることができて大満足である。


 さて、そんなヴァンツァー一行がギルドへたどり着くと、入り口の横に、髪を全て後ろに撫でつけた恐ろしい顔の大男、副ギルド長ウームがつま先でパタパタと地面を叩きながら立っていた。

 かわいそうに、意気揚々とギルドへやってきた若い探索者たちが、顔を青くして回れ右して去っていく。

 ウームはヴァンツァーの姿を見ると早足で歩み寄ってくる。

 随分と焦った様子にヴァンツァーからも歩み寄り、どうしましたかと尋ねようとしたところ、それより先にウームが声を上げた。


「よく帰った、ジークの奴はどこだ」


 あまりの剣幕に、ジークに何か害を及ぼす気ではないかと疑ったヴァンツァーが、いつもの愛想のいい表情を捨てて、眉間にしわを寄せる。


「落ち着いてください。どうしたんですか、そんなに慌てて」


 ウームは集団の中にジークがいないことを確認すると、舌打ちをして肩を落とす。


「メリッサ様がジークに対して至急の用事があるとおっしゃっている。ギルドの中で朝からお待ちなんだ」


 今の時間は夕暮れ。

 はじめは近況の報告などをしていたウームだったが、話が終わってもどういうことかメリッサが部屋から出ていかない。それどころか、部下に書類を持ってこさせて同じ部屋で仕事を始める始末だ。

 昼過ぎまではともに書類仕事をしていたウームだったが、食事をとるのを言い訳に部屋を出て、それからずっとここでジークが帰ってくるのを待っていた。おかげで今日のギルドには若い探索者連中の姿が随分と少ない。


「で、ジークの奴はどこだ」

「おそらく風呂屋だと思いますが。あれでジークさんは綺麗好きなので」

「綺麗好きって面か!? くそ、迎えに行ってくる」

「あ、僕が行くんでウームさんはメリッサ様のお相手をどうぞ」

「俺が行くからお前がメリッサ様の相手をしてくれ」

「いえ、ここは副ギルド長のウームさんが」

「街一番の探索者だろ。俺はもう報告することもない」

「街一番の座はジークさんに譲ったので。では、そういうことで」

「あ、待てこの!」


 さっと身を翻したヴァンツァーを追いかけようとしたウームだったが、ヴァンツァーの仲間たちに行く手を遮られる。力づくで押し通ることはできるが、それをするほどにウームは理性を失っていない。


「くそっ」


 ウームがまた舌打ちをしたところで、ギルド内からコツコツという足音が聞こえてきて、ウームの後ろでぴたりと止まる。


「ウーム様。公爵様がお呼びでございます」

「……今戻る」


 メリッサについている執事だ。

 ほっそりとした文官然とした老人だが、背筋はピンと伸びており、ウームから見てもその立ち姿には隙がほとんど見当たらない。

 実力者から見れば、この執事がただの秘書ではないことは明白だった。


 ウームは諦めたように短く告げて、執事を背中につけたまま執務室へと戻っていった。風呂屋からここまでは何十分もかかる様な距離ではない。終わりが見えているのならば、しんどい空間も何とか我慢できる。

 場合によっては今日帰らなかったかもしれないことを思えば一安心のウームである。



 ヴァンツァーは急ぎ足で風呂屋へ向かい、風呂上がりのジークを見つけることができた。髪の毛がしっとりと濡れていて色っぽい、などと思うのはおそらくこの世の中でもごくわずかな人間だけだ。

 そのうちの半分以上を占めるのはフロウとかいう家名を持つ兄妹である。

 一般人からすると、水場をうろつく肉食獣のように見えているかもしれない。


「ジークさん。ギルドでメリッサ様が至急の用事があってお待ちだと」


 ジークは片方の眉を上げて、用事についての心当たりを探り、すぐに諦めた。

 思い当たる節などまるでないし、直接聞いたほうが早い。


「わかった、行くか」


 ずんずんと歩き出したジークに追従しながらヴァンツァーは口を開く。


「朝からずっと待っているとか。何か心当たりは?」

「あるわけないだろ」

「……何か変なことが起こっているかもしれないし、ジークさんが見つからなかったことにして僕が探りを入れてきてもいいけど」


 ジークが大切だと言うのもあるが、認めるのは癪だが唯一の肉親である妹の結婚相手である。ヴァンツァーには兄として、義兄として、あともしかしたらワンチャンのある相手として、ジークとついでにニコラを守る義務があった。


「いらん」

「ジークさん。メリッサ様がこんな風に誰かを待つところなんて僕は見たことがない。明らかに異常事態だ」


 ウームが聞いたら、先ほどまで自分が追い返していた若い探索者のように、顔を真っ青にして飛んできそうな話をするヴァンツァー。


「気にすんな。いざとなりゃ全員ぶっ殺して別の国へ行く」


 自分のことを心配してくれているらしいと察したジークは、あっさりととんでもない爆弾発言をする。メリッサをぶっ殺すなんて、役人の耳にはいればその場で指名手配犯である。

 流石のジークも領主を殺してその街に住み続けられるとは思っていないようだ。

 もちろん、そんな事態になる可能性は非常に低いとジークは考えている。

 精々小指の先よりも小さい可能性だ。

 だが万が一そうなれば、ジークは何のためらいもなく今宣言したことを実行するつもりだった。


「ジークさんそれは……」

「国を出る準備だけしておけ」


 ジークの放った言葉は、諌めようとしたヴァンツァーの口を完全に閉じた。


 いざってときは家族を全員連れていけばいい。

 ハンナ、テルマ、それにニコラとついでにその兄であるヴァンツァー。

 おまけにそのパーティの仲間もジークは連れていくつもりでいる。


 ヴァンツァーはジークの勘定の中に自分が入っていることを察して、感動のあまり黙り込んでしまった。この兄妹、稀有なほどに優秀なくせに、ジーク関連の話になると本当に駄目になる。


 こうして、場合によっては大犯罪者になり得るジークは、それほど大きな覚悟もなく、自然体でギルドへ戻り、メリッサが待つ執務室へと向かうのであった。

 ウームもメリッサも、もちろんメリッサの護衛である執事も、ジークが、『場合によっては全員ぶっ殺す』なんて考えを持ってやってきているなんて知る由もなかった。

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― 新着の感想 ―
ヴァンツァー君嬉しそうで何より
帰ってきたw
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