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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 他の街からやってきてすぐに特別扱いされているテルマのことが気に食わない。

 テルマに絡んでいる男の主張は概ねそんなものだと顔に書いてある。

 副ギルド長が直接会うほどに重要な人物であるということを考えられれば、絡みに行こうという気にはならないはずなのだが、そんな道理は脳みそまで筋肉が侵食しているタイプの探索者には通用しない。


「偉そうに来た割に、のろのろと低層階の探索してるらしいじゃねぇか。口ばっかりの余所者がよう」


 相手にする必要はない。

 するりと通り抜けて用事を済ませてしまえばそれでいいのに、テルマはぴたりと足を止めて真正面から相手を見つめ返した。

 いわゆるチンピラ寄りに属する男は、自分よりも弱い(ように見える)女子供が反抗的な態度をとることが許せないタイプだった。怖がって逃げたり、誰かに助けを求めて狼狽えたりするならば、そこそこのところで見逃して笑い話にするつもりだったが、動揺のそぶりも見せないとなるとそういうわけにもいかない。

 むしろ自分の方が一瞬どきりとしてしまったのが腹立たしくて、罪のない床を蹴飛ばし、大きな音を立てて威嚇した。

 ジークはまるで動物や魔物のようだなと思いながら、歩いて距離を詰める。

 現状間に割って入ったりする気はなく、いざという時のために準備をしているだけだ。


「急いで高層階へ挑戦する理由がありません。順序良く、自らの実力と相談しながら塔へ登るのは、探索者として当然のことです。偉ぶっているつもりも、あなたに迷惑をかけるつもりもありません。それで、ご用事は?」


 ジークは思わずずっこけそうになった。

 正義感が強いのだと思っていたけれど、ジークが想像していた数倍はお堅くまじめな性格をしているらしい。本人はいたって普通の表情を崩していないことから、あれに挑発する意図はなく、ただただくそ真面目に返答をしただけであるとわかる。

 ジークも相当なコミュニケーション不全者であるが、テルマも別方向でそのタイプだとここで判明する。

 青筋を立てた男は、長身をかがめて血走った目でテルマにガンを飛ばす。


「喧嘩売ってんのかてめぇ」

「いいえ。用事がないのならば私はこれで失礼します」


横を通り抜けようとしたテルマの肩に男の手が伸びる。

そこにあるのは怒りだけ。

 それをあっさりとすかして通り抜けたテルマは、振り返ってため息を吐く。

 すかされた男は、宙に浮いた手で拳を作り、周囲をギロリと睨みつけた。

キッチリ威嚇しておかないと後でどんな噂を立てられるか分かったものじゃない。

悪者はプライドありきで生きている部分があるから、こういうところが中々面倒だ。

目玉をこれでもかとひん剥いて、ギロリギロリとみるうちに、男は近くで見ているジークを見つけてしまった。ジークの視線は男ではなく、当然テルマの方を向いている。

勝手にジークにライバル意識を持っている男は、もう一度かわいそうな床を蹴りつけて大声を出した。

 

「おい、表に出ろ! 舐めた真似したことを後悔させてやる」


 くっと顎をあげながら振り返り歩き出した男。

 テルマはそれに続くことなく眉間にしわを寄せて、ジークを見た。

 彼女もまた、男がジークのことを意識していると察したのだ。

 そうしてテルマはまた勘違いをする。

 自分の周りにしょっちゅう現れる不気味な男が、この件に何か関わっているのではないかと疑ったのだ。

実力に見合わない低層階の塔の入り口で、二度もジークの姿を見ていたことが良くなかった。

黒幕はジーク。

頭の中で、そのような図式がきれいに完成してしまったのだ。

 テルマはつかつかとジークに歩み寄ってきて、一定の距離を置いてぴたりと足を止める。


「……嫌がらせはやめてください」

「何の話だ」

「とぼけるんですか?」

「とぼけるも何も、心当たりがない」


 二人の会話に周囲は耳を大きくする。

 どうやらあいつはジークの手下らしいとか、この新人はジークと対立しているんじゃないかとか、そんな噂が一瞬にして作り上げられていく。


「私にはこの街でやらなければならないことがあるんです。お願いですから邪魔をしないでください」

「だから、何の話か分からないと言っている」

「……頭を下げて頼んでいるというのに。そんなにあの時邪魔したことが気にくわなかったですか? 副ギルド長まで巻き込んで」

「おい、女ぁ! 来いっつってんだろぉ!」


 堂々とギルドを出ていった男が戻ってきて吼える。

 テルマが全くついてきていないことに、外へ出てようやく気が付いたのだ。

 そうしてテルマがジークと話をしているのを見ると、何やら察したような顔をして肩を怒らせて近付いてくる。


「なるほどな、こいつはお前の仕込みだったってわけだ」

「何言ってんだお前」

「とぼけるんじゃねぇよ! お前が俺に恥をかかせるために裏から糸引いてやがったんだろうが!?」

「わけがわからん。喋ったこともないだろうが」


 ジークからすれば今回の一件は、街の荒くれ者が見守ってくれと言われた対象に絡んでいたから、一応、念のために様子を見ていただけだ。

 男の素行は悪く、自分と同じく探索者たちなどから嫌われている人物である、という情報があるだけで、名前すら知らない。交友関係も立場も、正直全く興味がないのでこれまで知ろうという気がなかった。

 勝手にライバル視しているのは男の方だけである。


「知らん顔で余裕ぶりたいってわけか。いいぜ、お前らまとめて相手にしてやる。ついてこいや……」


 男はまた顎をくっとあげて外へ歩き出す。

 ジークもテルマもその後には続かない。


「ついて行ってあげないんですか」

「なんで俺が。仲がいいように見えたか?」

「見えませんでした」

「俺が嫌がらせしたわけでないとわかったな」

「分かりました。すみませんでした」

「ついて行かないのか?」

「何で私が。不必要な暴力は嫌いです」


 煽っている自覚はなくても、ついて行けば喧嘩になるという認識くらいはあるらしい。


「俺が言うのもなんだが、相手を怒らせるような発言は控えたほうがいいぞ」

「した記憶がありませんが」


 仮にも探索者として生きてきたはずなのに、どうして人付き合いについて学んでこなかったのだろうとジークは考えたが、それは自分にも当てはまることだと気づいた。

 そしてもう一つ気付いたことは、このテルマという少女が、ソロで高層階に挑める探索者だということだ。

 普通探索者というのは、パーティを組んで塔に挑むものである。

 ソロで高層階に潜っているという実績がある時点で、人格に何か問題があるのは明らかであった。


 ジークが納得していると、当然のように怒り狂って戻ってきた男が、走りながらジークへ襲い掛かってくる。


「舐めやがってこの野郎ぉぉお!」


 たまたま近くに立っていたのがジークだったからなのか、それともジークが裏で糸を引いていると思い込んでいるからなのか、男が最初の攻撃対象に選んだのはジークの方だった。

 流石にそれなりの実績がある探索者だけあって、振るわれる拳は鋭い。


 ジークはそれをあっさりとかがんで躱すと、テルマに早口で告げる。


「ギルドに迷惑だから外に出るぞ」

「……私もですか?」


 不満そうな顔は、自分は悪くないと物語っている。

 なんだこいつ、本当にあほなのかとジークは思ったが「そうだ」とだけ答えて走り出すと、テルマは渋々ながらその後に続いた。

 適当に裏路地へ入ると、そこは偶然ジークとテルマが初めて会った場所であった。

 追いかけてきた男が、先ほどと同じように唸る拳をジークへ振るう。

 そして拳が交差した。

 肉がかたいものにぶつかる嫌な音がして、男の顔が家の塀にめり込む。

探索者は丈夫だ。

そう、石壁に顔がめり込むくらいの一撃を食らっても、高層階探索者ならば致命傷にはならない。当然意識くらいは刈り取られるけれども。

 首をひねって一撃をよけていたジークは、壁にめり込んだ男を一瞥してから、テルマの方を見て口を開く。


「俺は用事があるからこれで帰る」

「この人はどうするんですか?」

「……あちらから襲ってきたんだから、介抱してやる義理はない。この間とは話が違う」

「……それ、どういう意味ですか?」


 尋ねられてジークは空を仰ぐ。

 少しだけ考えて、それからテルマに嘘を吹き込んでそうな若者の立場とかもちょっとだけ考えて、結果わずらわしさも相まって、返事をせずに歩きだすことにした。

 その場に残されたテルマは、それ以上追いすがって訪ねたりせず難しい顔で状況を整理する。そして、流石に男をこのまま放っておくのは良くないかと判断し、引きずってギルドの医務室まで連れていくことにしたのだった。


 ジークは面倒ごとから離れると、もう一つだけ出来た新たな用事を済ませるため、すぐ横にある、まだオープンしていない酒屋のドアを勝手にくぐる。

 店主はいきなりぬっとあらわれた強面の男に息を呑むような悲鳴を上げたが、ジークはそんなことはお構いなしにカウンターまで歩いていき、今日の収入を丸ごとどんとそこへ置く。


「な、な、なんでしょうか、ま、まだ空いておりませんでして、でもお酒をご所望でしたら……」

「外の壁がへこんだからこれ使って直してくれ。悪かったな」

「へ? か、かか、壁ですか?」


 店主は先ほど聞こえた妙な音だけは覚えていて、嫌だなぁ、怖いなぁと思っていたが、どうやらこの男がその正体らしいと気づいてさらに怯える。


「そ、そんな、お金なんて」


 拒否されるとそれ以上無理やり押し付けられるほどジークは口がうまくない。どうしたものか盛大に眉間を寄せて考えた末、店主がビビり散らしている間にさっさと店から退散することにしたのだった。


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