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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 酒に浮かされてふんわりとした気分になっていたニコラだったが、外へ出て夜風に当たりながら歩くうちに思考は少しずつ冷静になっていく。

 そうなった時、ジークが真面目にテルマに訓練をさせる理由が思いつかなかった。

 ここ数カ月の間、二人はともに塔へ潜っていたし、その時は特別な訓練をしている風でもなかった。とすれば、訓練が必要になったのは最近のことである。変わった状況があるとすれば、テルマの母であるハンナが街へやってきたことくらいだ。

 これまでジークは、本人にはそんなつもりはなくとも、ギルドに様々な隠し事をしてきた。今回も何かとんでもない秘密が眠っている可能性がある。


 やがてヘリテージ母娘がたまる宿にたどり着いたころには、ニコラの酔いはすっかり冷めてしまっていた。

 宿の受付を素通りしてハンナの部屋までやってきたジークは、その身に似合わず控えめに扉をノックする。変わった一面を見てしまったとか考えているうちに扉が開き、ハンナが顔を覗かせる。


「ああ、来たのね。中に入って」


 まるで来ることがわかっていたかのように二人を招き入れたハンナは、廊下からテルマのいる部屋をのぞいてから、音を立てないように静かに扉を閉めた。

 勝手知ったる我が家のようにジークがソファに腰を下ろすと、ハンナはテルマの部屋を気にしながらも、ため息をついてその対面に座った。


「ニコラさんもどうぞ」

「すみません、失礼します」


 ハンナに促されてニコラもジークの隣に腰を下ろす。

 

「何したの」

「訓練」

「帰ってきてから出てこないのだけど?」


 様子がおかしいことに気づいて犬のジークを向かわせたが、ミイラ取りがミイラになってしまってそれきりだ。心配になって壁に耳を当ててみれば、時折動いているような音はする。

 元気になったら話を聞こうと待っていたら、ジークがやってきたと言ったところだ。


「実は……」

「あの、すみません」


 特に何の断りもなく話の核心に入っていこうとするジークと、それを止めようともしないハンナ。自分がいることが忘れられているのではないかと心配になったニコラが話を遮る。


「なにか、秘密があると聞いてきたのですが同席していて大丈夫でしょうか?」

「何、もう話したんじゃないの?」

「話してない。いいか?」


 ハンナとしてはジークと長いこと付き合いがある時点で、その相手はある程度信用できると考えている。たまに二人きりで食事に出ていたりするし、ニコラはどう見たってジークのことが好きだ。

 元冒険者で頭も回りそうだし、性格に理解もある。できることならジークとくっついてやってくれないかなぁというのが、ハンナとしての親心のような姉心のようなものである。

 

「……なんて言われてついてきたのかしら?」

「その……ジークがテルマさんに訓練をつけていて泣かせてしまったと。必要な訓練だそうですが、無茶をしていそうなので何か力になれればとついてきたのですが」

「テルマが泣いたの……?」


 なんでもうまくやる子だった。

 昔ならばいざ知らず、探索者となってからはテルマが涙を流したことなんて、見たことも聞いたこともない。


「そう聞きました。秘密の件については、今回の事情を聴いてからの方がいいでしょう。私は一度宿のフロントで待っていますから、何か決まったら呼んでいただけますか?」


 ジークには構わないと言われたけれど、落ち着いてみれば、本人不在のまま秘密を聞くのはどうも良くないような気がする。相談を持ち掛けられて浮かれてしまったことを恥じながら、ニコラは「では」と立ち上がり、頭を下げて部屋から出ていった。


「……いい子ね」

「そうだな」


 ハンナの誉め言葉にジークは間を置かず同意する。


「そうだな、じゃないでしょ。あの子ジークのこと好きみたいよ」

「そうか」

「そうかじゃなくて。あなたはどうなの」

「いい奴だ。世話になっているし信用できる」


 照れているわけではない。

 男女の営みについて知らないわけでもない。なぜなら魔法使いのエロ爺が『これも勉強じゃ』とか言って、まったく興味なさそうにしているジークに色々と教えているからだ。

 だが男女の駆け引きについてはそういえば誰も教えていなかった。

 まだ早いだろ、というのが全員の共通見解であったからだ。

 この朴念仁具合が自分たちの教育不足だと思うと、ニコラには少しばかり申し訳なくなるハンナである。


「そうじゃなくて。ええと、もう! ジークはニコラさんのことが好きなの?」


 だからと言ってこちらも特別恋愛経験値が高くないハンナである。

 幼馴染のノックスとしか恋愛も結婚もしていないので仕方がない。


「好きがよくわからん」

「例えば……、そう! ニコラさんから結婚しようって言われたらどうするの?」

「別にいいが」

「いいんだ」

「いい」

「結婚の意味わかってる?」

「分かってる。ハンナとノックスみたいなものだろう」


 あまりにあっさりとした返答だったのでしつこく確認するが、理解していないわけではなさそうだ。

 それでも不安だったハンナはさらに質問をする。


「じゃあ、ニコラさん以外の仲のいい女性を思い浮かべて。あ、私でもテルマでもない人よ」


 言ったはいいものの、そんな人いるのだろうかとハンナは不安になったが、しばししてジークは「した」と頷いて見せる。一応ジークが思い浮かべたのはあのお喋りがうるさい店主である。


「じゃ、その人に結婚しようって言われたら?」

「嫌だ」


 特に理由はないが、しいてそれをあげるとしたらうるさいからだ。

 というか、ニコラならばそれを想像できるが、クエットがそんなことを言い出す姿は想像がつかない。


「あ、そうなんだ」


 思いのほかジークにもタイプというものがあることに気づいたハンナは、面白半分で「じゃ、テルマは?」と尋ねる。


「ない」

「ないって何よ」


 自慢だが、美人でひたむきで強くて若くて素直ないい子だ。

 いいと言われても許さないが、否定されるのも腹が立つという、単純に理不尽な質問だった。久々に色恋話をしたせいで、今は母親というよりも、探索者の時代に戻ったような気分になっている理不尽なハンナである。


「妹だか姪だかとは結婚しないものなんだろ」


 ハンナは数度瞬きしてから、機嫌をよくしてソファに寄りかかった。


「じゃ、今日あったこと一から十まで話して」


 多分この場を穏便に切り抜ける唯一の正解を手にしたジークは、ようやくテルマの訓練に関する相談を始めることになった。

 そうしてその話が終わった頃には、ハンナは額を押さえて固まっていた。

 よくもまあ人の娘相手にそんな無茶苦茶をしてくれたものである。

 確かに守ってくれとお願いしたし、そのための訓練も任せた。

 長いこと離れていたせいでジークの異常さをすっかり忘れていたのだ。

 このジークという男、自分が訓練する時も異常なまでに厳しくやるのだ。

 平気でダンジョンにいかない間ずっと訓練を続け、ぼろ雑巾のようになって外に倒れ、目が覚めると栄養だけ取ってまた訓練を始める。

 かなり早い段階で見張りをつけるようになったが、なんでそんな無茶をするのか聞かれた時、当時のジークが語った言葉を思い出してハンナは納得してしまった。


『ここで倒れても死なない』

『限界がわからないと意味がない』

『なぜやらないのかがわからない』


 色々と説得の言葉は投げかけたが、ジークは今一つ納得していない節があった。

 だから大事に守ってやらなければならないテルマが、どうしても塔に潜るというのならば、死なないようにめちゃくちゃな訓練をやるのは当然のことだったのだ。

 善意百パーセントの鬼教官である。

 むしろハンナからすれば、テルマの涙で訓練が止まったことを成長に感じてしまうくらいだ。


 さて、これはどうしたらいいのだろうか。

 ハンナはかつての届かなかった言葉を思い出しながら、何を言えばジークが納得して、うまい具合に手加減ができるのだろうかと考え込んでしまうのだった。

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