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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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「それで、相談って?」


 ジークは前もって相談したことを参考に、できるだけ前後関係がわかるように状況を伝えていく。


「テルマと訓練をしていた。怪我があればポーションで治していた。ずるをしようとしたから、意味がないからやめるように言ったら泣いた。なぜ泣いたかわからん」

「……待って、ジーク。まず聞きたいのだけれど、ポーションで治すほどの怪我をさせたの?」

「事情があってな」

「事情って?」

「話せん」


 ニコラは少しばかり苦い表情を浮かべる。

 ジークはテルマが来てから変わった。

 相談は多くなったし、交流も増えた代わりに、秘密も少しばかり増えてきた。

 何でもかんでも開示できるわけではないから仕方ないが、これでは有効なアドバイスをすることも難しい。

 秘密と言うからには喋ることはないだろうと判断したニコラは、続けて別の方向からの質問をする。


「訓練はどれくらい?」

「午前中いっぱいやって、午後は別の訓練をした。こっちは怪我をするようなものではないが、根気のいるものだ。そこでずるをしようとしたから無駄なことはやめろと咎めた」

「……午前中でどれくらいポーション使ったの?」

「二十三本」


 ニコラはジークから目を逸らして天井を見上げた。

 普通の人間が一度の探索でポーションをそんなに使うことはまずない。

 ポーションを使うというのは、すなわちすぐに治さなければ命の危険があるということに他ならないからだ。


「怪我って、どれくらい?」

「気絶させただけだ」

「ちょっと分かって来たわ……」

「そうか、すごいな。俺にはさっぱりわからん」


 言葉はつっけんどんだが、真面目にしかめ面をしているのでジークが真剣に悩んでいることだけはわかる。付き合いの浅い人ならば、どうしようもない奴だと呆れられていることだろう。

 もともと探索者をしていたことのあるニコラには、ポーションを二十三本も使うことの異様さがわかる。というか、どこからそんなに大量のポーションを仕入れたのかという話だ。

 ニコラはジークの噂をよく集めているのに、店から大量のポーションを仕入れたという話は聞いていなかった。そこでぴたりと脳内の情報が一致し、この間名前を聞いた『研究機関一の美女』らしいクエットという女性が関係していると気づいた。


「……ジークがたまに倉庫からものを持ち出すのって、クエットさんって人にポーションを作ってもらうため?」


 ジークは答えないが、無言が何よりの肯定だった。

 研究機関に出入りしているという話は聞かないから、そのクエットという女性は市井に降りてジークに協力しているということになる。

 民間人のポーション作成は禁止されていないけれど、研究結果を無断で持ち出すことは禁じられている。頭に入っているものはどうしようもないとしても、ポーション作成の件が世間に知られれば、研究機関から何らかのアクションはあることだろう。

 ニコラは運ばれてきたワインを口に運びながら思う。

 塔で暮らしてばかりいるだけのはずなのに、どうしてこうも妙な秘密ばかり抱えているのだろう。

 ぐいっとワインを流し込めば、少しばかり喉元が熱くなる。

 ニコラはそれを冷ますために、わだかまりのような気持ちと共に息を吐きだした。


「テルマさんには必要な訓練なのよね?」

「そうだ」

「でも、多分厳しすぎるわ。……というか、厳しいなら厳しいなりにちゃんと励ましたりしてあげないと。あの子、まだ若いのよ?」

「若い……?」


 ジークは自分の過去を思い出す。

 今のテルマくらいの頃には、塔の中で二年間を過ごしていた。

 それも終盤近くだったから、すでに百階を越えて、喋る奴ら相手に毎日殺し合いをしていたはずだ。

 若いと言われてもあまりピンとこない。

 基準が悪いのだ。


「つまり、その、あなたと比べないで。私があなたに助けられたころ、って言ったらいいのかしら」

「なるほど……?」


 圧倒的に厳しい人生を送ってきたうえに、その年代の子供と長く付き合ったことがないから、いくら例を出されようとも加減具合がわからない。

 頼りにしているジークに散々ひどい目にあわされ、ついには無表情でずるを指摘されたテルマに同情をした。そりゃあ泣きだしたくもなる。

 ただ、このままでは何を言ったところでジークにはピンとこないだろうことも分かった。

 ニコラは少しばかり考えてから、ジークに一つ提案を持ち掛ける。


「……テルマさんとあなたの間に何か秘密があるのはわかったわ。その秘密、私……いえ、兄に共有してもらえないかしら。あんなだからうちの兄は女性の扱いも得意だし、訓練に連れていけばテルマさんが辛くならないように声をかけてくれると思うの」


 訓練というのならば、ニコラよりも現役の探索者として頑張っている兄の方が適任だ。それにニコラは受付としての仕事があるから時間が自由にならない。

 できることなら自分が手を貸したかったけれど、困っているジークのことを思うのならば、ニコラができる最善の策はこれだ。


「わかった。この後一緒にハンナのところへこれるか? 相談をする」

「そっちで話し合ってからでいいわ。私がいたら本当は話したくないことでも断りづらいでしょ」

「いや、大丈夫だ」

「大丈夫って……何を根拠に」


 それを決めるのは秘密を共有している相手が決めることだ。


「俺の友人なんだ、問題ないだろ」


 運ばれてきた食事をとりながらジークが何気なくこぼした言葉に、ニコラはそっと口元を押さえて俯く。不器用で口下手なくせに、ポロリと漏れた言葉が恋をするニコラの心には突き刺さるのだ。

 恋人ではなく友人。

 しかし秘密を共有できるほどには信頼がある。

 その先へ一歩踏み入れる日はそう遠くないはずだ。


 ニコラは新たに注いだワインをぐいっと飲み干し、ふわふわとした気分に浸りながらジークとの食事を楽しむのであった。



 テルマがこの世の終わりのような顔をして宿へ戻ってきたのは随分前のことだ。

 のろのろと体をきれいにすると、ぼすりとベッドに体を投げ出し、枕に顔をうずめて全身から力を抜く。

 ジークと別れて暫くしたところで涙は止まったが、それでも気持ちは沈んだまま戻ってこない。

 胸中は複雑だった。


 改めて力の差を思い知り、パーティを組んでもらっていただけだったと痛感する。

 わかっていたことだが、力を解放すれば対等に、いや、それ以上に渡り合えるかもしれないという希望のようなものがあったのだ。

 傲慢なことであるが、それは若さでもある。

 一人で探索者として頑張ってきて、挫折も知らなかったテルマには、本当にただのお荷物でしかなかったという事実は中々辛かった。

 それでも、頑張ればいつかは追いつけるのではないかと踏ん張った。

 頑張る気はあったのだ、今だってある。

 でも、テルマが想定していた頑張りよりも、ジークの求める頑張りが圧倒的に上回っていたようにテルマには思われた。

 つまり、期待に応えられていないのだ。

 あげく、つい心が弱い方に流れてずるをして叱責される。

 ジークからすれば意味がないからやめるように言っただけだが、テルマにはその一言がもっと厳しいものに聞こえてしまったのも仕方ないだろう。延々と気絶と復活を繰り返されたせいで、精神的に参っていたのも考えが嫌な方面に進むことを助長させた。

 そもそもジークはすぐに力を自在に操れるようになることなんて求めていないので、一日二日で何とかしようというのが無茶なのだ。その時点で二人の間には既に擦れ違いが生じている。

 テルマがそう思い込んでしまったのは、ジークがそれなりに高級なポーションをいくつも使って、一般的には無茶苦茶な訓練をテルマに課したせいだ。それだけのことをするのだから急いで力を制御することを求められている、とテルマが思うのも無理はない。

 テルマはジークという人間を過信しすぎだ。ジークはそんなに難しいことを考えて訓練をやらせてなんていない。ただ、自分だったらできるから大丈夫だろう、程度の考えでやっているだけだ。

 ハンナに言えば『あんたやりすぎ』と頭をしばかれる案件だが、ジークもテルマも相談をしないからややこしいことになる。


 明日こそは頑張る。

 絶対に泣かずに、ずるもせず、ジークの期待に応えるのだとテルマは自分に気合いを入れるが、そうするとなんだかまた悲しくなってきてジワリと涙があふれてきた。

 自分に本当にできるのだろうかという不安であったり、また何度も気絶する羽目になるのかという恐れからだ。意識を失うというのは、繰り返せば繰り返すほど怖いものだから仕方がない。

 一瞬彼岸を渡る様なものなのだから、どうしたって死を連想させる。


 テルマがバタバタと、足を動かしていると、宿の扉ががりがりと変な音を立てた。

 聞き覚えのあるそれに、テルマはのっそりと立ち上がり扉を開けてやる。

 すると扉の隙間からするりと犬のジークが入り込んできて、テルマのことをじっと見上げた。

 テルマは犬のジークを抱き上げてベッドの上まで連れていくと、枕の代わりにそのお腹にうずもれるようにして、又ベッドで足をじたばたとさせる。

 先ほどと状況はあまり変わっていないのに、小さなころから馴染みのある犬のジークのぬくもりがあるだけで、少しだけ気持ちは落ち着いていた。

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