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「そうか」
「ちょちょ、ちょっと待ってくださいよお客さぁん。そういう質問をするときは、状況ってのを説明しないとちゃんとした答えなんて帰ってきませんよぉ」
あっさりと引き下がろうとしたジークを、クエットは慌てて引き留める。珍しくジークから相談をしてくれたのに、こんなところでまた昼寝されてはたまったものではない。
クエットにとっておしゃべり相手は貴重なのだ。
しかし相手は朴念仁ジークだ。その上クエットから碌な返事が返ってくるとも思っていない。
あっさりと扉を閉めようとしたところで、クエットは「待ってくださいってば」と言って扉を押さえてジークに向き合った。
「なんだ」
そこまでされると、流石に止まるジークである。
正直クエットがうるさいからドアを閉めようとしたのもあるのだが、今日に関しては自分の話も特に面白くないだろうと思って引き下がった部分がある。
「たまにはお話ししましょうってば。ええと、お客さんが泣いた、ってことはないですよねぇ? ってことは身近な誰かが泣いてしまったんです?」
「そうだ」
クエットはおっと思いながらその人物を想定する。
どうやら最近仲良くしている女性がいるのでその辺りかなと、想像しながら次の質問だ。
「ははぁん、さてはお客さん、気の利かないことを言いましたね? 駄目ですよ、女性には優しくしないとぉ。あたしみたいなのはいいですけどねぇ、女心は何とやらですよ」
「なんだ」
「何がです」
「何とやらとはなんだ」
「いや、なんかそんなことを聞きかじったことがあるだけです」
根本的には人の心のことなど割とどうでもいいと思っているクエットは、肝心な言葉の意味をよく理解せずにしゃべっている。それでもジークは『そういうものか』と素直に少しばかり納得していた。
「優しいというのはどうしたらいい」
「そりゃあお客さん…………」
クエットはぴたりと黙り込む。
研究に明け暮れ、好意を時間の無駄と斬り捨て、人の忠告も聞かずに生きてきた挙句、居場所どころか命まで失いかけたのがクエットという研究者だ。
少しばかり手を止め、天井をじっと見つめて真面目に考えてみる。
「いや、わかんないですねぇ……。あたしは、お客さんは案外優しいと思っている派なので。いやね、あたしはずっと一人で生きてきたつもりなんですよ。一人で生きられると思ってたんですねぇ、我ながら愚かだと思いますが」
「お前は賢いだろ」
くだらないことばかり言うけれど、ポーションやダンジョンで手に入る諸々に関する知識は尋常ではない。クエットがべらべらと無駄話をするのをしばし聞いたことのあるジークは、その内容の1割も理解できなかった。
おしゃべりで好き勝手生きているクエットだが、この小屋にある程度の設備で学会の研究者に勝るポーションを作成することができる。まごうことなき天才であるし、ジークもそれは認めていた。
「いやぁ、照れちゃいますねぇ。……でもそうじゃないんですよねぇ。結局あたしの理論は現場じゃうまくいかなかったし、お客さんがいなきゃあ死んでたんですよ。もしかしたらですよ。まぁ、本当にもしかしたらですけど、あたしにつかみかかってまで学会を抜けることを止めようとしたあれは……優しい奴だったんじゃないかとか思うんですよねぇ」
「……よくわからん」
いつも通り愛想のない返事であったけれど、そのわずかな沈黙にはジークなりに理解しようという努力が垣間見えた。予想通りの返答があって、クエットは笑いながら言葉を続ける。
「つまりですねぇ、嫌がられても相手のために何かできるってのが優しいってことなのかもしれませんねぇ」
「そうか」
「ええ、そうです」
しんみりとした空気。
割といいことを言ったなというクエットは、珍しくおしゃべりに満足して、昔のことを思い返しながらポーションを次々と作り上げていく。
クエットの言うことが優しさなのだとしたら、自分のやっていることは間違っていないのではないだろうかとジークは一人首を傾げた。
「じゃあなぜ泣いた」
ジークはそれなりに長い時間あった沈黙を破り質問をする。
クエットはその言葉によって現実に引き戻され、容器にポーションを流し込みながら答える。
「何をしている時泣いちゃったんです? デートですか?」
「訓練だ」
それを聞いたとき、クエットの中で線が一つ繋がった。
嫌な予感がして一つ質問を投げかける。
「もしかしてこのポーションってその相手に使ってます?」
「そうだ」
「もしかして厳しい訓練しすぎなんじゃないですかねぇ」
クエットの想像では淡々と相手をぼこぼこにして、ぎりぎりのところでポーションをかけるジークの姿が浮かんでいる。それから、その相手が女性である可能性に気づいてはっとした。
「あの、相手って女性です?」
「そうだ」
「駄目ですって優しくしないと」
「してる」
「いや、だってぼっこぼこにしてるんでしょう?」
ジークは空を見上げて少し考えてから首を横に振った。
「いや、あまりしてない」
「あてにならないですねぇ……」
「だが優しくしている。訓練はあいつのために必要だ」
「泣くまでやる必要ないじゃないですか」
「嫌がられても相手のために何かできるのが優しさなんだろう」
「……いったんそれ全部忘れてもらってもいいですかねぇ?」
「なぜだ」
折角いい話をしたつもりだったのに、完全に逆手に取られてしまった。
本人には話をまぜっかえす気もないし、クエットの言葉について真面目に考えている。
「いや、いったんでいいんで忘れましょ。ほら、私ってそういう人と人との関係の話とか苦手ですし、聞くならもっと適任がいるでしょう?」
「そうだな」
「あっさり肯定されるのもなんだかですねぇ」
ポーションを詰め終えたクエットは、それをトンと揃えてカウンターに並べてジークへ渡す。ジークもいつも通り無造作にそれを受け取って、代金に対して多めの支払いをした。
本来材料も全部用意してきているのならば、これ程の支払いにならないのだが、ジークは金に困っているわけでもないのであまり気にしていない。
クエットもそれを拒否することなく受け取っている。
彼女には材料のロスもなく、この短時間でこの本数のポーションを作り出せるのは自分だけであるという自負があるからだ。
クエットはジークがダンジョンで拾ってきた人間だ。
だから、生きるのに困らないように世話をするのだという使命感のようなものを持っている。
自分を拾って世話をしてくれたかつての仲間たちのようにだ。
とはいえどうしたらいいかわからないから、こうして家を用意し、余分に金を払うことくらいしかやっていないのだが。
「でもまぁ、最近仲のいい人も増えたんでしょうから、あたしの話は忘れてそっちにでも聞いてみてくださいよ」
「そうだな」
「やっぱりあっさり肯定されるとなんか嫌ですねぇ」
ジークはわざとらしくぷんぷんとしているクエットを無視してばたりと扉を閉めた。
「本当に困ったらちゃんと相談のるんで来てくださいねぇ」
壁の向こうから声が飛んでくる。
ジークは振り返らずに「わかった」と答えたが、クエットのところまでその声は届かなかった。
「大丈夫ですかねぇ」
クエットは金を適当に引き出しへ仕舞い、フードを目深にかぶって傷ごと顔全体を隠す仮面をつけた。
そうしてジークと話していない方のカウンターをぱたんと開ければ、大通りに面した店が開く。
怪しい店主だが無口で腕はいい。
そんな評判のぼちぼち繁盛した薬屋の開店だ。
クエットは適当に客の話を聞いて薬を調合してやりながら、ジークが次はどんな変な話を持ってくるかなと楽しみにしていた。




