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一度宿へ向かい、当事者を引き連れて再びウームの部屋へと戻ってくる。
ハンナもテルマも、ジークの随分と早い誘いに驚いていたが、外でニコラが待っているのを見て、なるほどと納得した。
ハンナとしては、ジークがこの街でちゃんと人付き合いをして生きているんだなと分かり、ほっこりとした気持ちだ。
「副ギルド長のウームだ」
「テルマの母のハンナです。テルマとジークがお世話になっています」
探索者にしては互いに丁寧に挨拶を交わした二人。
ウームはでかい体をかがめて、そちらへとハンナをソファへ案内する。
ニコラは一応ギルド側の人間ということで、ウームの隣へ座る形で五人は対面することになった。
犬のジークは大人しくハンナの横に伏せている。
「家を探しているとか?」
「はい。アイオスの街にも家はあるのですが、どうもテルマはジークと一緒に探索者をしたいようですし、家を構えてもいいかなと思いまして」
「なるほど。ギルドに入る前にニコラから物件を見せてもらいましたか?」
「ええ、大きな建物でしたね。とても二人で住むような家には思えませんでしたが」
二階建ての専有面積は広い建物は、十人暮らしても窮屈にはならなそうなほどに広い。古い建物だが作りはしっかりしており、外から見る限りはまだまだ現役で使えそうに見えた。
探索者をしているものからすれば、パーティの拠点としてぜひ手に入れたい建物だろう。ちょうど空いているからとはいえ、ぽいと手放すにはもったいない。
ウームが新人探索者の支援に使おうと考えるのも納得の建物である。
「実はあそこは新人探索者のための、一時的な宿のように使おうと考えてましてね。管理者を探そうと思っていたところなんですよ」
「はぁ……?」
降ってわいたような話に、ハンナはぴんと来ずに間の抜けた返事を返す。
気を張ってお母さんをしてきたが、根っこの部分はやっぱり探索者である。
あまり商売っ気のあるタイプではない。
「聞くところによるとハンナさん、あなたも元は探索者だったのでしょう? テルマとジークはこの街でも指折りの探索者ですし、信用もできます。うってつけの人材が来てくれたと思いましてね。内装工事はこっちでやりますし、お二人が住む場所と新人探索者の住む場所はキッチリ仕切ります」
「でもあれだけ広いと高いんじゃないですか? それに、私はアイオスにも家がありますし……」
「ご不在の間はニコラにでも任せますよ」
「え?」
勝手に名前をあげられたニコラは小さく声をあげる。
するとウームはぼそぼそっとニコラに耳打ちをする。
「あれだけ広いんだからついでにジークも住まわせて、お前も一緒に住んだらいいだろう」
「任せてください」
思考時間ほぼなしの返事だった。
できる女性みたいな顔をして、頭の中はジークのことでいっぱいである。
「というわけで家賃はこれくらいでどうです?」
ずいっとあらかじめ用意していた紙を差し出したウーム。
工事費などを考えれば相当に安い。
ただ、毎月支払っていくとなるとそれなりの支出になるくらいの額だった。
値段で言うとジークが泊まっている宿の十倍くらいだ。
家なんか安くて屋根があればいいじゃん派のジークは、数字を見て一度瞬きをすると腕を組んだ。
そうしてふと一つ思い出した。
「ハンナ」
「なにかしら?」
「アイオスに帰るか」
「え!?」
「は!?」
ジークがこのシーダイの街にいるのは、ハンナに見つからないようにするためであった。
家を探してと言われて素直に探し回ってみたが、よく考えればすでにハンナに見つかっているのだから、別にシーダイの街にこだわる必要はない。
それなりに仲が良くなったものがいるが、一生会えなくなるわけでもなし。
ハンナとテルマの事情を考えるのならば、元住んでいたアイオスの街に戻るのが自然な選択であった。
「え、いや、でも、十五年も住んでいたんでしょう? そんな急に」
「そ、そうですよ、ジークさん! ひ、引っ越したら会えなくなっちゃいますよ!?」
「ばっ、お前……」
ハンナより動揺していたのは、ニコラで、さらに動揺して言葉も碌に出なくなっているのはウームだった。ウームはメリッサから、テルマとジークを絶対に街から逃がすなと厳命されている。
もしそんなことになろうものなら、本気で首が飛びかねない。
「別にたまに顔を出してもいい。ヴァンツァーもそうしてるからな」
「毎日会えた方がいいです」
「なんでだ」
「なんでもです」
「ならお前もくればいいだろう」
一歩も引かない姿勢を見せていたニコラはポンと手を叩いた。
「なるほど」
「おい!」
「確かに、テルマだってアイオスの街の方が知り合いは多いし……どう?」
母親であるハンナからすれば、テルマには出来るだけのびのびと過ごしてもらいたい。ジークが一緒に帰ってくれるというのであれば、別にこの街に留まる理由はなかった。
生まれ育ち、愛する夫や仲間たちと過ごした場所だ。
帰りたいに決まっている。
むしろどうしてこれまで思いつかなかったんだろうと思うくらいだ。
「……私は……、もう少しこの街で挑戦をしたい、かも。苦手な魔物が出るし、どこに行っても通じるような探索者になりたいから。でも、ママが帰りたいなら……先に帰っててもいいよ?」
ウームにとってテルマの言葉は、僅かに見えた光明だった。
いずれ帰るような口ぶりではあるが、現段階ではしばらく街に滞在しそうな雰囲気がある。
これを逃してはならぬと、ウームは差し出していた家賃の紙に素早く手を伸ばし、ぐちゃぐちゃに丸めて放り捨てた。
「と、家賃を提示しましたが、これは飽くまでただあの家で過ごすのならという話です。運営をしていただけるのなら、当然ギルドとしてはハンナさんを特別ギルド職員として給料を出す用意があります。もちろんそうなれば家賃はいただきません」
かなり苦しい話の転換であった。
先ほどまでとはずいぶんと言っていることが違う。
しかし三人そろってどころか、ついでに優秀な職員であるニコラと、自慢の探索者のヴァンツァーまでついでにアイオスに持っていかれかねない状況だ。なりふり構っていられなかった。
ハンナは少しだけ考えてからにっこりと笑った。
どうしてもジークをこの街に引き留めたいのだと察したのだ。
「ジークの部屋もただで作ってもらえます?」
「いらん」
「黙ってなさいジーク。あなたどうせまた野宿とかして暮らしてるんでしょう。目を離すとすぐそうなんだから。ニコラさんみたいないい人もいるのだから、少しは人らしい生活をしなさい」
「ちゃんと宿をとっている」
「あら、そうなの? ごめんね、疑ったりして……」
ただし雨と風は吹きこんでくるけれど。
「ほぼ野ざらしみたいな二束三文の宿だがな」
「黙れ」
ウームの指摘にすぐさま文句を言ったが、その時にはもうハンナのジト目がジークを捉えていた。
「ジーク?」
「だが宿だ」
開き直りである。
このジークという男、どうにも昔から自分のことをいたわったりしないのだ。
贅沢もしないし、遊ぶこともない。それはもう、ストイックをこしてシックネスという感じであった。
それでも『ちゃんと宿くらいとれ』という、昔の仲間からの言いつけは辛うじて守っていたところは褒めるべき点か。
「部屋は余分に作ります。悪い条件じゃないと思いますが」
うーんと悩むポーズを見せるハンナ。
しかし家にいるだけで収入があると考えると、まったくもって悪い話ではなかった。お金はたくさんあるが、それは亡き夫と稼いだものや、ジークがせっせと送ってきたものであって、あまり自由には使いたくない。
給料としていただいたものであれば、多少お酒を買って飲んでも許されるのではないかという欲がハンナの背中を押していた。
「……工事が終わるまでの宿の費用をギルドで持ちましょう」
「……引き受けます」
いかにも悩んだようなそぶりを見せたハンナだったが、駄目押しの一言を受けてついにウームからの提案を受けることにしたのであった。




