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テルマを背負って塔の外までやってきたジークは、そのままハンナとテルマが泊っている宿へ向かった。街を行く多くの人は、まずジークが険しい表情のまま歩いている姿にぎょっとして、それから背中にいるぼろぼろのテルマの姿を見てさらにぎょっとした。
流石に不審者すぎるその姿に、街の治安を守る憲兵は声をかけざるを得なかった。
互いに見ないふりをしようかどうか相談し、押し付け合った挙句、仕方なしの声掛けである。
「す、すみませんが、そちらの女性は?」
「探索者だ。塔の中で怪我をした」
「お知り合いですか?」
「知り合いだ」
「どちらまで?」
「宿へ」
端的なやり取りである。
ジークは一度たりとも足を止めなかったが、だからと言って質問を無視するわけではなかった。あまりに堂々としているため、やっぱりついて行かなくてもいいんじゃないかと思った新米憲兵。
しかし振り返ってみれば先輩憲兵たちがちゃんと最後までついていけとジェスチャーをしている。
「あの、同行しても?」
「好きにしろ」
新米憲兵は仕方なく、やや腰が引けたまま、怪しい人物が本当に言葉通りの行動をとるのかついていくことにした。
怪しい男、ジークが向かう先はあまりに男に似合わない、街の中でも比較的お洒落な地帯だ。当然ジークが歩けば街を行く人たちはさっと目を逸らす。新米憲兵が制服を着てついているものだから、余計にジークが犯罪者のように見えたことだろう。
やがてお高そうな宿へたどり着くと、ジークはそのままのしのしと中へ入っていく。
普通ならば従業員に止められそうなものだが、誰一人としてジークの歩みを阻むものはいなかった。
憲兵は『怖いから仕方ないよな』と思っていたが、本当のところは幾度か訪れているジークが宿泊客の知人であることが知られていただけである。
ジークはゴンゴンと乱暴にドアをノックして「ハンナ」と名前を呼ぶ。
すると中から新米憲兵に言わせればかわいらしい女性が一人現れた。
そうしてジークの顔、ではなく背中にいるテルマを見て目を丸くすると「中へ入って!」と声をあげる。
やはりのしのしと遠慮なく女性の部屋に足を踏み入れたジークは、テルマをベッドの上に下ろして玄関で止まっているハンナの方を見た。
「ジーク、この方は?」
「知らん。ついてきた」
「あ、あの、えーと」
「あー、はいはい、ジークが怪しかったから心配してついてくれたのね。大丈夫、知り合いですから。ごめんなさいね、気が利かない子で」
「何が怪しい」
後ろでジークは一言文句を言ったが、ハンナはそんなおバカな発言には返事もしない。丁寧に新米憲兵に頭を下げると「それじゃあ」と言って扉をそっと閉めた。
締め出された新米憲兵はしばらくポーッとしたまま立ち尽くして「可憐だ……」と呟いたが、おそらくこの青年の恋がかなう日が来ることはないだろう。
そんなことはどうでもいいことで、扉を閉めるなりハンナは踵を返した。
「何があったの?」
「一人で塔へ登った」
「無茶したの?」
「知らん。だが見つけた時には武器が使い物にならなくなっていて、正気を失って俺に殴りかかってきた」
「……そう。ものすごい力だったでしょう? ケガはない?」
パッと見る限りテルマは無事そうだと判断したハンナは、ジークの体の心配をした。少しばかり鼻にすっとしたポーションの匂いも香っていることから、ジークがテルマに対してポーションを使用したことをハンナは確信していた。
ジークは目をそらして「ない」と答える。
ハンナがテルマの怪我がないか尋ねてきたかと思ったのだ。
おそらくオーガたちから受けた怪我よりも、ジークが気絶させるためにやった攻撃の方がテルマに対して重傷を与えている。
今は、怪我はない。
これがジークの答えである。
当然ジークにも怪我がないので話は通じているが、どうもこの二人の間にはすれ違いが起きやすいようだった。
「それにしても……よく怪我無く取り押さえられたわね」
「…………ポーションを使っただけだ」
「何? やっぱり怪我したの?」
「……すまん、してた」
「何で隠すのよ。もう大丈夫なの?」
「大丈夫だ」
やっぱり会話はかみ合っていなかったが、かみ合わないなりに話は進む。
「力を使っているテルマ、どんな感じだった?」
「使いこなせば九十階層前半くらいまでならいけるんじゃないのか?」
これも今の戦闘スタイルのまま使いこなせばの話だ。
力を使えることを前提に戦闘スタイルを構築し直すことができれば、一緒に九十階層後半にも挑戦することもできるだろうとジークは考えている。
これまで隠してきただけのことはある大した力だと感心していた。
そして、ハンナが尋ねたのはもちろんそういう話ではない。
「そうじゃなくて、攻撃してきたんでしょ? 意識はなかったのよね?」
「そうだな」
「……探索者、やめさせたほうがいいかしら?」
「なぜだ」
「だって危ないじゃない」
「何がだ、あれだけの力があるんだぞ」
話の通じないジークをハンナはじろりと睨む。
ハンナは心配だった。
メンタルのコンディションによっては、こうして武器を失って力を使わざるを得ない状況に追い込まれることがあるのだ。
それどころか、もしジーク以外の探索者と遭遇していた場合、塔の中でその人たちに襲い掛かっていた可能性すらある。どこでその力の暴走が止まるかわからないが、もしそれで相手を殺すようなことがあったら、正気に戻ったテルマは良心の呵責に耐えきれないだろう。
娘の安全を思う親としては、生活に困っていないのだから、無理に探索者を続けなくてもいいのではないかとも思ってしまう。
「この子のためを思うのなら……」
「ハンナ、決めるのはテルマだ」
「……そういうけど」
「……そんなに心配症だったか?」
ジークの知っているハンナは、もう少し負けん気の強い女性であった。
妊娠を機に、今のような不安を見せることはあったが、それでもイメージよりも随分と臆病だ。
これは塔で夫や仲間を無くしたことに加え、長年ジークに関する事柄で後悔してきたこと、更には単純に自分の戦闘力が落ちたことによる自信の喪失など、様々な要因が重なってのことだ。
気の遣えないジークの言葉は、ぐっとハンナに歯噛みをさせたが、ジークの言葉はまだ続いた。
「テルマが心配なら見守れ。力は俺のいるところで使わせる。使いこなせば強くなって今よりずっと安全になる」
「理屈ではそうかもしれないけど……」
「テルマを守るのは俺の仕事だ。ハンナ、お前が頼んだんだぞ。今度は……ちゃんと守る。今日はちょっと遅れたが、それは勝手に塔へ入ったテルマも悪い」
ハンナがテルマを頼むと言ったのは、つい先日のことだ。
ジークの『今度は』という言葉は、ハンナの脳裏に、最後にノックスを見送った日のことを思い出させる。
『ほんとに気を付けてよ!』
『わかってるって、あんまり無茶はしないって」
『ジーク、あの馬鹿が無茶したら引きずって連れて帰ってきてね』
『わかった』
『信用ねーんだから」
笑って見送って、そして帰ってこなかった。
ジークはぼろぼろの格好のままやってきて『約束、守れなかった』とハンナに伝えた。
そのジークが、今度はと言っている。
何やらその後言い訳じみたこともごにょごにょっと言ったが、これを無視できるハンナではなかった。
まして今テルマの横で探索者をしているのは、ハンナではなくジークだ。
いい加減に子離れしなくてはならない。
「……そうね。ジークに……、いえ、テルマに任せるわ」
「そうだな」
ジークもテルマも、もう一人で生きていけるだけの立派な大人なのだから




