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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 テルマがかつて力を使ったのは二回だけだ。

 最初はハンナと戦ったときに、半分意識のないような状態で。

 二回目はハンナが危なくなった時、怒りに任せて。

 そしてそのどちらでも、相手をひどく傷つけている。


 それに加えてハンナに、人に力を使っているところを見られないように、と制限を課されたことにより、テルマは無意識下に力を悪いものだと認識してしまっていた。

 使い方はわかっているはずなのに、いざ解放をしようとすると迷いが生じてそこに至らない。

 力の解放は、まっすぐに何かをするという目的を持って動くからこそできるものなのだ。感覚的なものなので、テルマにも他人に説明をすることは難しい。

 悩まず相談するようにアドバイスをくれた番人のオルガノには、そうしてみますと答えてみたはいいものの、相談できる相手も限られている。


 力を使うのが怖い。

 全力を出して、無意識下に人を傷つけるのが怖い。

 こんな話をハンナにしたら、ハンナが自分のことを責めるかもしれない。

 一人全力を出す訓練を続けながら、どうしたものかとテルマは悩み続けていた。


 丸一日を全力を出す訓練で無駄にした翌日。

 頼りになるかどうかはわからないが、今の気持ちをジークに相談してみようと思い立ったテルマは、ギルドへと足を運ぶことにした。

 どうせいつも通りギルドの端っこに座って、何をするでもなくナッツをかじっているのだ。良い返答がなかったって、黙って聞いてもらうだけでも気が晴れるかもしれない。


 そんなテルマの思惑は外れた。

 ギルドへ到着してみれば、なんといつもジークがぽつねんと腰を下ろしている辺りが、がやがやとにぎわっているのだ。それを遠巻きに白い目で見ている探索者もいれば、そわそわとタイミングをうかがっていそうな魔法使いの少女もいる。

 ちなみに受付にいるニコラは、完全にジークがいる方をロックオンしながらも、見事に受付の仕事を捌き続けていた。いつも雑談を、あわよくばデートの取り付けを狙っている探索者も、瞬きひとつせずに目を光らせているニコラには、流石に声をかけられない。


 入り口で立ち止まってしまっていると、いつもテルマと一緒にいる女性探索者の一人が声をかけてくる。


「すごいよね。実はジークさんが最高層到達者だってうわさが広がってさ、昨日パデントさんがそれを認めたんだよ。ホントなのかな?」


 ついこの間までジークのことをちょっと冷たい目で見ていた彼女が、今はいぶかしみながらも興味深げにしている。


「だ、だからずっと言ってたじゃないですか」

「わかったわかった」

「私は昔助けてもらったことがあって……」

「信じるってば。気になるならあの中に混ざってきたらいいじゃない」

「……それはちょっと恥ずかしいので」

「意気地なし」

「仕方ないじゃないですか!」


 二人がじゃれ合っている横で、テルマはジークに相談をすることを諦める。

 力の話は人に知られるべきものではない。あれだけ探索者が集まっている場で話をしては、すぐに妙なうわさが広がってしまうことだろう。

 仕方ない。

 今日も一人で訓練を積むしかないかと、テルマはギルドを後にする。

 素振りでは全く力が発揮できそうになかった昨日の訓練を踏まえて、テルマは今日は塔に入って魔物と戦ってみようと思い立った。

 高層階ではなく、三十階層程度ならばどんなに不調な時だって後れを取ることはない。

 幸い大蛙は皮が厚く防御力の高い魔物だ。

 全力を出す訓練と考えれば悪くない相手だろうとテルマは考えたのだ。

 

 塔の手前に常設されている商店で必要なものを補充したテルマは、顔を伏せたまま早足で入口へ向かった。

 見張っている番人がオルガノだった場合、一人で塔に入っているのを見られるのが気まずかったからだ。幸か不幸か、話したことのない番人であることを確認したテルマは、顔を上げてそのまま転移の宝玉へ触れる。

 僅かな浮遊感。

 直後には見慣れた迷宮の景色が目の前に広がっていた。

 五十階層より手前は、魔物の種類が違うだけで見た目はさほど変わらない。

 石の壁に、踏み固められた土の地面。

 細い道を通り部屋がいくつも並んでいる、いつもの塔の中の景色である。

 今日の目標は、攻略ではなく大蛙との戦闘。

 その中で力を出す感覚を掴むことだ。

 テルマは持っている道具を再度確認し、「よし……!」と自分に気合いを入れて、狭い通路を進んでいく。

 いつまでもジークにおんぶにだっこでいるわけにはいかない。

 次までにしっかりとそのコツを身に着けて、あの仏頂面の男を驚かせてやるつもりであった。


 しかして、テルマの狙いは思うようにいかなかった。

 一振りで大蛙を殺すことができなくても、体は反撃に適切に対応し、きちんとその命を奪うように動いてくれてしまうのだ。どうも全力を出そう、という気持ちになるには緊張感が足りないのかもしれない、というのがテルマの感想であった。


 気持ちの焦っているテルマは、翌日には四十階層。さらにその翌日には五十階層に一人で挑戦する。五十階層までであれば、情報さえ握っていればテルマ一人でも対応は難しくない範囲である。

 スタート地点で道具を確認。

 

「今日こそ……!」


 テルマ本人は自分が焦っていることになど気付いていない。

 一応は相棒となっているジークに、実力が遠く及ばないのは最初から分かっていたことだ。それでもジークが一緒にパーティを組んでくれているのは、ひとえにジークが母であるハンナに恩があるからである。

 テルマとパーティを組んでいることは、ジークにとっては何一つメリットがない、とテルマは思いこんでいる。

 実際のところはジークの心の安寧などに繋がっているのだが、仮にそれを知ったとしても、テルマは嬉しくないだろう。

 テルマは自分ではまだ気づいていなかったけれど、初めて組んだ相棒のジークと、肩を並べられるくらい強くなりたかったのである。


 焦りが加速してしまったのは、ジークがたくさんの人に囲まれているのを見たからだ。


 ついこの間までは近づいてくるものが限られていたジークは、もしテルマが実力的に劣っていたとしても、他にパーティを組むような相手はいなかった。いるとすればヴァンツァーがそれであったが、そちらについてはジークがはっきりと断っているのを見ている。

 しかし、今の状態だったらどうだろうかと考えた時、果たして自分が横にいても許されるのかという疑問が湧いてきてしまう。

 ジークの本当の最高到達階層は百十階。

 全世界の探索者と比べても圧倒的な成果である。

 七十階層でつまずいているような小娘が横にいていい存在ではない。


 せめて出された課題くらい難なくこなして、ジークに自分のことを認めさせたい。


 初めての経験ばかりのテルマにとって、この感情を自覚し、コントロールすることは難しかった。


 巨大蛙は潜んでばかりいるから、対処はそれほど難しくない。

 気を付けるべきはオーガとの戦闘である。

 人型の魔物との戦闘にはなれているけれど、この階のオーガは徒党を組んで襲ってくるので、立ち回りがなかなか難しいのだ。一振りで殺せないのならば、できるだけ隙を作らないように動き回らなければならない。

 しかし今日のテルマは力を発動させようとするあまり、時折ぎこちない動きを繰り返し、オーガの攻撃を剣で受け止めるようなことが多かった。

 どうにも調子が悪いなと思いつつも、まだ何も成果を得られていないテルマは、一度落ち着いて、帰るという選択をすることができない。経験のない状況、焦り、若さ、全てがテルマの判断を鈍らせていた。


 足が少しばかり重かった。

 腕にも疲労がたまってきている。

 そろそろ帰るべきか。

 新たなオーガの集団に出くわしてしまったのは、そんな思いが胸に去来し始めた頃のことだった。

 できるだけはスムーズに片づけて、駄目だったら今日はもう諦めよう。

 テルマは足を動かしながら、隙を見つけてオーガの首の一刀両断を試みる。

 普段だったら太い血管を傷つけて、戦闘力を削ぐにとどめるような場面だった。

 力が上手く出せればその場で絶命させることができる。


 戦闘において絶対にやってはいけないことの一つ。

 それは、たられば、に期待することだ。

 当然のように首を断ち切れなかったテルマは、その筋肉に挟まれた剣を無理やり引き抜き、背後から襲い掛かるオーガの鉄棒を剣ではじき返したところで――嫌な音がして剣が折れた。

 無理やり身を縮め、ぬかるみの地面を転がりオーガの足元を抜ける。

 退散するべき通路が遠ざかった。


 予備に携えている短い剣を取り出す。

 テルマの目には、それがこの状況にはあまりに頼りなく見えた。

 きっとこんな短剣でもジークならば。

 意味のないことを考えて、首を振る。


 一時力を使うことは頭から捨てなければならない。

 最小の動きで、致命傷を与えるべく動かなければならない。


 テルマはオーガたちを観察しながら、緊張のせいで自分の呼吸が少しばかり荒くなっていることに気づいていた。

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