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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 テルマが一人頭を悩ませながら訓練をしている頃、ジークはいつも通りにギルドで時間を潰していた。

 いつもと違って顔を上げて周囲を見ると、人と目が合い逸らされることが多い。

 何かいつもと違う点でもあるだろうかと、ジークは顔を一撫でしてみたが、特段何も思い当たる節はなかった。

 耳を澄ませて危なそうな奴がいないか探っているが、どうも思った以上にこの間の話が広がっているようだ。新たな挑戦を控えるような話がちらほらと聞こえてくる。

 ジークとしてもそれは悪くない話だ。

 いつも通りにナッツをつまんでゴリゴリとかみ砕きながらくつろぎ、特に心配がないのならばまたしばらく塔にでも籠るかと思案していると、勝手に前の席の椅子が引かれて、男が腰を下ろした。


「おいジークさんよ、こいつらに見覚えがあるか?」


 勝手に座り込んだ男は、この間の集まりでウームと遣り合っていた皮肉屋だった。

 後ろにいるのは、つい先日大蛙に飲み込まれていたところを助けられた少年たちだ。


「ある」

「何やら随分と世話になったらしいな。この間の話を縁のある奴に話したら、こいつらが妙な顔しててな。問い詰めたらなんだ、あんたに助けられたって? 聞けばこいつら以外にもちらほらそんな奴がいるって言うじゃねぇか」

「だから何だ」


 後ろの少年たちは随分と緊張しているようだった。

 彼らにとってこの皮肉屋な男は雲の上の存在なのだ。

 できることならば、他の探索者、それも評判の悪いジークに助けられたことなんて知られたくはなかった。

 普通探索者というのはパーティという横のつながりだけではなく、こうして縦のつながりもある。

 例えばかつてジークが仲間と活動していた時のギレントのような存在が、少年たちにとっての皮肉屋な男であるわけだ。


「あんた、何がしてぇんだよ」

「死にそうな奴がいたから死なないようにしてただけだ」

「だから目的はなんだ。まとめて金でも請求しようってのか?」

「何を言ってるんだお前は」


 意味が分からない。

 自己満足でやっていることなのだから、ジークにはそれ以上の理由なんて何一つなかった。感謝してほしいとも思っていないし、まして金をよこせなど一度たりともいったことがない。

 叩いても全く響かないジークに、皮肉屋な男はうーんと唸ってから手を叩いた。


「分かったぞ、弱みを握っていずれこの街を牛耳るつもりだな!?」

「訳が分からん」

「……まじで、変な奴だなお前。怒りもしねぇのかよ」

「鬱陶しいから、しつこいならぶん殴ろうかと考えている」

「そうかよそうかよ、お前ら帰っていいぞ」


 男は諦めたのか、勝手にジークのナッツに手を伸ばして口へ放り込むと、しっしと後ろにいる少年たちを追い払った。

 そうしてまた伸ばしてきた手を、ジークが平手で払い落す。

 なかなかいい音がして、男の手の甲が赤くなった。

 警戒していなかったのもあったが、避ける間もない早業の平手であった。


「自分で頼め」

「けちくせぇな! 九十九階層まで登ってんなら稼いでんだろ!」

「稼いでてもお前に食わせるものはない」


 ジークは皿を手前に寄せながら当然の主張をした。

 皮肉屋な男はぶつぶつと文句を言いながら、自分でもナッツと酒を頼み、椅子の背もたれに寄りかかる。


「あんたは俺なんか眼中にねぇかもしれないがな……」


 思い出してみればこのジークという男は、いつだって一匹狼で行動し、皮肉屋な男が新しい階層へ挑戦した時も、その祝いをしたときも、白けた顔でいつも通りにここでナッツをかじっていた。

 今までは苛立ちはあっても格下の存在として無視することにしていたが、九十九階層まで登ってると聞けば流石に探りも入れたくなる。

 無視していたのは自分ではなくジークからだったと思うと、無性に悔しくて、こうして何でもいいから理由を見つけて絡みに来たのである。


「パデント」

「……あ?」


 突然ジークの口から自分の名前が飛び出してきて、パデントはぽかんと口を開けた。続く言葉を待ったが何も出てこないので、パデントは改めて問い詰める。


「なんで俺の名前を知ってんだ」

「慎重な奴だから覚えていた。お前は危なげがない」


 多くの探索者が少々無茶をして新しい階層に臨む中、ジークの知る限りこのパデントという男はいつも綿密に準備をしてから挑戦をしていた。

 ジークが街に来た頃に探索者を始めたので、この街の探索者歴としてはほぼ同期だ。それで九十階層まで到達しているのだから、圧倒的な才能も兼ね備えている。


 パデントはニヤつく口元を手で覆い隠しながら、ジークのナッツに手を伸ばし、又平手で払いのけられた。油断も隙もない男である。


「まぁ、いい。で、結局あんた何がしたいんだよ。どうして死にたがりを助けたりする。何の得があるってんだ」

「死ぬと気分が悪い」

「いくら俺が気分がいいからって流石にそれじゃあ誤魔化されねぇよ」


 こいつしつこいからそろそろぶん殴ろうかなと考えながら、ジークはナッツをつまみ口へ放り込む。いくら話したってこれ以上のことは出てこないのだから、ジークにとってはただただ無駄な問答だ。


「じゃあ何か? ただ人が死ぬのが嫌だから助けてるってか? お高いポーションまで使って?」


 立ち上がったパデントは両手を広げて体を乗り出す。


「ぶん殴るぞ」


 最終警告に気づいたのか、パデントはつまらなさそうに唇を尖らせて、どっかりと椅子に腰を下ろした。


「理解できねぇな。……まぁ、その辺は勝手に調べるとして、俺がわざわざ来たのはあんたの知ってる情報を聞くためだ。お優しいジークさんは、俺にも死なないためのアドバイスをくれるだろうと思ってな」

「何が知りたい」


 当然断られるだろうと思って言いだしたことだったが、ジークはあっさりとパデントの質問に応じる。ジークにとって、塔に関する情報で隠すような事は何一つとしてない。

 知って無茶をしないものが増えるのならば、塔で命を落とす者が減るならば、それでいいと思っている節がある。


「……じゃあ、九十一階層以降の魔物の情報でも教えてくれや。知ってること全部」

「教えてもいいが、お前は九十階層以降にはまだ行くな。死ぬぞ」

「約束したら教えてくれんのか?」

「忠告しただけだ」


 どうせ渋って何も言わないに違いない。

 そんなパデントの予測はあっさりと裏切られた。


 「九十一階層は……」から始まったジークの説明は、途中途切れながらも延々と続く。九十二階層の話に差し掛かったあたりで、呆けていたパデントは仲間を呼び出すと紙と筆記用具を持ってこさせて、いぶかしげな表情をしながらもメモを取り始めた。

 簡素な説明しかしないジークに、時折質問を投げかけると、的確な答えが返ってくる。

 嘘を交えて教えているにしてはあまりによどみがなく、いかにもそこにいてもおかしくないような生態をした魔物たちの解説。

 パデントは真偽はともかくとして、一つの情報もこぼさぬように、いつの間にか真剣な表情でやり取りを続ける。

 頼んでいたナッツが来ても、邪魔になるからとそれを端に押しやってメモを取る。

 

 高層階探索者同士、特にジークがヴァンツァーとテルマ以外の探索者と話しているのが珍しく、周囲にいる者たちも気にしていた。

 やがて有用な話をしていると気づくと、その包囲はじわじわと狭くなり、多くの高層階探索者がこっそりとジークの話に耳を澄ませる。

 彼らは十五分もする頃にはこっそりという仕草すらかなぐり捨てて、ジークがぽつりぽつりと思い出しながら話す魔物の話に質問を投げかけ始めていた。


 受付に座っていたニコラとしては、いったいどんな話をしているのかと気が気ではない。何せ輪の中には数人、女探索者も混ざっていたのだから。

 結局大体の話が終わったところで、図々しくも質問に交じっていた探索者たちは「ありがとな」とか「また頼むわ」とか言って立ち去っていく。


 ジークはそんな探索者たちを見送りながら、こいつら今日は何でこんなに集まってきたんだと首をかしげるのであった。

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― 新着の感想 ―
ジークの評判が上がり 助けられた女性冒険者に言い寄られないかと 心配なんですね、ニコラさん
「そうそうこういうのでいいんだよ、こういうので」って感じですねw
ジークが実は不器用なだけのいい人なのがバレてしまいますね誰か悪い奴に利用されないよう守ってあげないとですね
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