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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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「今各塔の侵蝕についての話をしていた。ジーク、貴様は確かあのアイオスの塔に入ったことがあるのだったな?」


 メリッサの氷のような水色の瞳が、ジークを真正面から見つめる。

 ジークの目を見て話をできる人間なんて、この世に幾人もいない。

 メリッサは塔ではなく複雑な政治の世界で生きてきた。交渉事に関して言えば、ある意味百戦錬磨の豪傑である。


「なんでこいつがそれを知っている」

「メリッサ様か、せめてギルド長と呼べ。ギルド長なのだから俺がまとめた書類の全てを閲覧する権限がある」

「普段いないくせによく見ているな」


 知られて困るような事ではないが、勝手に背景を探られるのは気分がいいことではない。しかしその理由さえわかってしまえば、素直に感心したジークである。


「普段いないくせに、か。そうだな、私は忙しいからな」

「忙しいならさっさと仕事に戻ったらどうだ」

「これも仕事だ」


 初めてメリッサとジークが同じ場にいるところに居合わせたヴァンツァーは、早くもジークをここに呼んだことを後悔していた。なるほどウームがあれだけ必死に止めるのも、こうなってしまえばよくわかる。

 幾度か話したことがあるなら今更ではないかと思っていたヴァンツァーであったが、世の中には興味本位で手を出すべきでないこともあると学んだ。


「ジークさん、メリッサ様はとてもえらい方なので、丁寧な話し方とかできたりしませんか?」

「良い、黙られるよりましだ」


 ジークが嫌そうな顔をしたのは、丁寧な言葉遣いというものを教わったことがないからだ。試してみてもいいが、必ずぼろが出る自信があった。何とメリッサから許可が出てしまった。ヴァンツァーはほっと胸をなでおろし、ウームは口元をひきつらせている。

 以前ウームがしつこく注意をした結果、しどろもどろの丁寧語を二度ほど使おうとして上手くいかなかった。挙句ウームに「真面目にやれ」と頭を叩かれて、ジークはぶすっとした表情になり何も話さなくなってしまったのだ。


「ただし公の場でやった場合は殺さねばならんから、絶対に連れてくるな。それから、口の軽い奴に見られたら、そいつを殺すことになるから外で話しかけるんじゃないぞ」

「わざわざ話しかけねぇよ」


 だって嫌いだから、がジークの主張だが、実はメリッサの方ではそんなことはない。なにせジーク一人が街にいるだけで、メリットが圧倒的に多いのだ。

 ジークは普段から塔のアイテムを山ほど持ち帰り、シーダイの街の中級までの探索者層を全くのボランティアで分厚くしている。その上ギルドで色々問題があっても、勝手に大体のことの黒幕になってくれる。

 閉じた場で無礼なことぐらいは平気で許せる程度の功績だ。

 そもそもメリッサは、意味のないへりくだりは嫌いだ。

 そんなものよりも現実に利益をもたらすことの方が余程大切だと考えている。

 公の場で同じような態度をとるなというのは、それをされるとジークが生み出すメリットよりデメリットが上回る可能性があるからである。


「話を戻すぞ。貴様はアイオスの塔にいたな?」

「いた」


 なぜ知っているかわかってしまえば、ジークも素直である。

 テルマとテルマの母であるハンナに伝わらないのであれば、隠すような事ではない。


「アイオスの塔には当時から侵蝕はなかったか?」

「メリッサ様、侵蝕が確認され始めたのはここ十年くらいですよ」

「知っている。ジークに聞いている」


 一応ウームが情報を補足するが、メリッサにあっさりと切り捨てられる。


「……あった」

「なんだと!?」


 ウームは思わず席を立ちそうになったが、隣にメリッサがいることを思い出してすぐに大人しくなる。


「一度だけあった。次に侵蝕を確認したのは、この街で報告した少し前からだ」

「近頃侵蝕の頻度が高まっているそうだな」

「……俺はその話をしに来た。おい、ウーム、グリュウのパーティが七十八階層で全滅した。侵蝕の頻度がさらに上がっている。いい加減もっときちんと警告を出せ。人死にが増えるぞ」

「グリュウのとこがか……にわかには信じがたいが、お前が言うなら事実なんだろうな」


 ウームはこぶしを握りながらも声を荒らげたりはしなかった。

 元々探索者であったウームからすれば、グリュウは少し下の後輩だ。若い頃は酒を酌み交わしたものだったし、かわいがっていたパーティの一つでもあった。ウームの知る限り、すっかりベテランになってからは、比較的安全な探索を心掛けていたはずだ。


「侵蝕か。グリュウのところもそれにやられたんだな」

「そうだ、八十階層後半に出てくる妖精の痕跡があった」

「……そうか」

「潮時か」


 肩を落とすウームを後目に、メリッサは小さなため息とともに言葉を吐き捨てた。

 これまで侵蝕については公に説明がなされていない。時折そんな事態もあるからみんな気をつけましょうね、というようなふんわりとした忠告が張り出されている程度の問題だった。

 これは、塔のある街の代表者が集まって協議した結果、そのように布告すると約定があったからである。

 探索者が多少死のうとも、できるだけ上の階での探索を続けてもらった方が、街としては利益がでかい。デメリットになるような通達はできるだけ後回しにするべきだ、という為政者としての判断である。

 加えて、研究機関に関しても侵蝕と呼ばれる現象がどのようなものが理解しないままに、適当な結論を出したくないと考えている部分があった。

 すべては命をかけて活動している探索者が関わらないところで決められた結論である。

 現場の総監督のような立場にあたる副ギルド長のウームとしては、忸怩たる思いでありながらも従わざるを得ない状況であった。


「近く、代表者たちと会談する機会を作り、全体に通達できるよう意見を通してくる。ジーク、ひと月だけ待て」

「……確実なんだな」

「絶対に意見を通す。通らねば下らん会合から脱退し、向こうから頭を下げてくるまで再加入はせん」


 堂々とした答えに、ジークも納得し、メリッサへの評価を少し上方修正する。

 意外と話が分かる奴ではないかと、ひゃっぺん死刑宣告されてもおかしくないような偉そうなことを内心思っていた。

 メリッサはこれまで幾度かジークから訴えられる同じ案件を却下し続けてきた。

 しかしそれは意味もなく無視していたわけではなく、準備を続けてきただけなのである。

 他の塔から出る特産アイテムをできるだけ買って備蓄し、逆にシーダイ・アイオス・ベッケルの街の塔から出る特産アイテムを出し渋り、他の国の在庫を減らす。

 何か企んでいることに気づいた他国は、氷の宰相と呼ばれるメリッサを裏で散々罵倒したが、慌てて何とかしようにもすでに後の祭りであった。最高級ポーションのうち、二つの材料が手に入る王国と真正面からやり合うことはすでに難しい状況となっていた。

 もう少し他国がどこの味方をするのか見極めてから動き出すつもりであったメリッサであったが、貴重な七十階層級の探索者パーティがなくなったと聞いて、潮時と判断したのである。


「時にジークよ、貴様何階層まで登ったことがある。九十二階層ではないな?」


 ジークは答えない。

 

「メリッサ様、シーダイの街の最高層は僕の九十二階層ですよ?」

「今この場での噓は許そう。公の場で繰り返すようならばその舌を引き抜く」

「九十七階層だ」


 ウームが内心首をかしげる。

 これに関しても資料にウームがまとめてしまっているので、メリッサは当然知っている情報のはずなのだ。しかしだからこそ、なぜメリッサが質問をしたのかがわからない。


「もう一度聞く。貴様、何階層まで登ったことがある。シーダイの塔の話ではない、アイオスの塔のことも含めてだ」

「覚えていない。多分百十くらいだな」


 ウームが「なんだと!?」と声を上げて立ち上がり、ヴァンツァーがぽかんと首を傾げ、メリッサすら目を見開いて固まった。

 九つの塔の過去最高到達階層は九十八階層。

 この不愛想な男は、軽々とそれを上回る、訳の分からない数字をしれっと口にしたのであった。

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― 新着の感想 ―
塔って100階が最上階じゃないんですね
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