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ジークが幾人かに警告を発し、そのうちの一つのパーティに塔の中で脅しをかけてから塔を脱したころ、テルマはギルドで緊張しながらヴァンツァーが姿を現すのを待っていた。
ヴァンツァーはこの街の九十階層に挑戦する探索者であり、別の街でもそれなりの結果を残している。彼はパーティを引き連れて各地の塔に登っており、どこの街でもそれなりの結果を残している。
この街を拠点として活動しているのに、あちこちの街へ顔を出す理由は、ヴァンツァーが依頼を受けて目的の品を取りに行く探索者だからである。その腕を信頼して依頼を投げる金持ちは多く、成功報酬は莫大だ。
テルマがヴァンツァーを自分の父親ではないかと疑った理由は、ジークへ語っていないこともいくつかある。
例えば、ヴァンツァーのパーティメンバーは皆女性だ。
それも実力のある美人な女性ばかりで、単純に女性好きとしても知られている。
他にも、ヴァンツァーが様々な街を訪れるというのに、テルマがいた街に姿を現したことがないということもある。これは、その街に置いていった母と顔を合わせるのが気まずいからなのではないか、というテルマの勝手な推測があった。
実際には他に理由があるのだが、これだけ揃ってしまうと推測を否定する材料の方が少ない。
ギルドの扉が開き、華やかな男を先頭に探索者が数名、話をしながら入ってくる。
ギルド内にいた探索者が気軽に声をかけ、男が軽く手を上げてそれに答え、時に立ち止まって話をしながら進んでいく。
明るい茶色のくせっ毛に、碧い目をした、二十代中ごろに見える青年であった。
喋る言葉は探索者にしては柔らかく、笑顔は母性をくすぐるような優しいもので、男女問わずに人気があるようだ。
共に歩む女性の見た目は様々で、ただし誰もが整った容姿をしている。
他の探索者のかける声から、その男がヴァンツァーであることに間違いはなかった。
ヴァンツァーはアイドルのように声援に応えながら、ゆっくりと受付へ向かい、顔を覗かせたウームと共にギルドの奥へ姿を消した。テルマの周りにいる年頃の女性たちの多くは、ヴァンツァーの整った容姿のことを褒め、今回の遠征の成果に期待をする。
つまらなさそうな顔をしているのは、あのジークのことを気に入っている魔法使いの少女くらいなものだった。
「やっぱりかっこいいわよね、ヴァンツァーさん。テルマさんもそう思うでしょ?」
他よりもやや冷静ではあるものの、興奮は冷めやらぬ様子で声をかけられ、テルマは曖昧に頷く。
確かにかっこいいとは思うが、恋愛的な魅力を感じるかと言えばまた別の話であった。そもそも恋愛には未だあまり興味が持てないテルマであるが、それにしてもあれだけ容姿が整っている相手に少女らしいトキめきの一つもないのが不思議である。
「ジークさんだってかっこいいですけどね」
魔法使いの言葉にも曖昧に頷くテルマは、そもそもあまりちゃんと話を聞いていなかった。もしかしたらあれが自分の父親なのではないかと、観察するのにすべての集中力を割いていたので仕方ない。
ピクリともときめきのなかったテルマは、かえってそれが親子の証なのではないかと、ヴァンツァー自分の父親説を、自らの中で更に濃厚なものとする。
テルマはその場でじっと座って、ヴァンツァーが奥から出てくるのを待つ。
帰り道には必ず捕まえて話を聞くつもりであった。
しばらくそうしていると、汚れた格好をしたジークがギルドへ帰ってくる。
まだ昼の早い時間だからと、先に収穫物の換金を済ませてから風呂に入ってのんびりしようとやってきたのだ。
ヴァンツァーが入って来た時とは裏腹に、ギルドは少しばかり静まり、ひそひそという陰口が叩かれる空間へと変わる。ジークはじろりとギルド内を見回し、テルマ、ニコラ、それから鑑定士の老人の位置だけを確認し、背筋を伸ばしたまま堂々とギルド内を歩いて行った。
今更自分の陰口なんて気にしたりするジークではない。
先ほどの魔法使いの少女ではないが、テルマからすればジークはこんな扱いをされるような悪人ではない。
付き合いが増えていくほど、なぜ誤解を解かないのかというジークに対する苛立ちと、何もわからず陰口を叩く周りへの苛立ちを覚え始める。今のところはまだ我慢できているが、今度ジークに直接言ってやろうと思うテルマである。
ジークが換金をしている間に、ヴァンツァーが奥から顔を出す。
にわかに盛り上がるギルド内に、ジークは状況を確認するために一瞬振り返ったが、そこに色男の姿を見つけてすぐに興味を無くした。この街のギルドではよく見る光景だ。何ら気にするようなことではない。
しかししばらくすると、いつもと違うどよめきが聞こえてきて、ジークはまた振り返らなければならなくなった。
ジークが振り返った視線の先には、ヴァンツァーに声をかけるテルマの姿。
見当はずれの推論で本当に声をかけたのかと、少し呆れるジークである。
しかし声をかけている当の本人は本気だし真面目だ。
「すみませんヴァンツァーさん、お話があるのですが少しお時間よろしいでしょうか」
ヴァンツァーのパーティの女性たちに負けず劣らずの美少女であるテルマである。
まさか新メンバーの加入かと、周りが息を呑んで見守る中、ヴァンツァーは不思議そうに首を傾げた。
「え、なんだい? ええと、どこかで会ったことがあるかな?」
「いえ、初めてお会いしました。私、テルマ=ヘリテージと申します」
「ああ、さっきウームさんから聞いたよ、有望な探索者だってね。もしかしてパーティ加入の話かな?」
ヴァンツァーは自分の魅力と能力をよく理解している男だ。
こうした申し出はよくあることだし、この年で七十階層まで挑戦できているという少女ならば、パーティ加入を検討してもいいと考えていた。
折角だから場所を移して本格的に、と勝手に脳内で話を進めていたが、目の前の少女が首を横に振ったことで、軽く傾げた首の角度が深くなる。
「大事なお話です。できれば他の方がいないところでお願いしたいのですが」
「……うーん、どうしようかな。ええと、悪いんだけど告白とかなら……」
もてるからこそ出た発言であった。
実際、ヴァンツァーのパーティメンバーは、探索者仲間であると同時にハーレムメンバーでもあった。
誰かこの中の一人のものにならない。
そういう約束の下に形成されているから、もし告白をするというのなら事情を説明して、仲間たちにも話を聞いてもらう必要があるのだ。
ここだけ聞くと、確かにテルマの母親にも手を出していてもおかしくなさそうな男であるが、この件に限っては絶対に違う。大変紛らわしい男である。
「告白ではありません」
「……そこの、端でもいい?」
「構いません、お願いします」
テルマのあまりに真剣な表情に、よっぽど大事な話なのだろうと感じたヴァンツァーは、仕方なく仲間たちの目の届くところで話を提案した。この男、ハーレムなんかを作っているが、性別問わず人には優しいのだ。
全てを持っている強者だからこそなのであるが、ちゃんとした人格者でなければこれほど他の探索者から慕われたりはしていない。少々インモラルな部分にさえ目をつぶれば完璧な男である。
場所を移動したテルマは、すぐさま本題に入る。
声を潜め、他に聞かれないように気をつけながら、真面目に、どこまでも真剣にヴァンツァーに尋ねる。
「あなたは、ハンナ=ヘリテージを知っていますか?」
「ハンナ……? いや……、知らないと思うけど……」
「本当に、知りませんか?」
「うん、知らない。この街の人?」
「いいえ。隣のアイオスの街で昔探索者をしていました」
「じゃあ余計に知らないね。僕はアイオスの街では活動してないもの」
誤魔化す様子は全くなかった。
かなり強く期待をしていたテルマとしては完全に拍子抜けの展開だ。
「そ……、そうですか……。その街に送金をしているとか、そういったこともありませんよね?」
「送金? 僕が? あ……、うん、ないよ。ない」
変な間があってから、ヴァンツァーは続けて否定する。
それが気になったテルマだったが「話はこれで終わり?」と言われて頷くしかなくなってしまった。
周りの目が痛い。
そんな視線を奪うように、背の高い強面の男がギルドの真ん中を堂々と歩いてやってきた。たくさんの嫌悪と恐れの視線を受けながらも、下を向く様子はまったくない。
テルマはそこで気付いたことが一つあった。
それは、ヴァンツァーのパーティメンバーが、ものすごい形相でジークのことを睨んでいるということだ。ヴァンツァーとテルマが内緒話を始める時ですら平然としていたというのに、いったい何をしたらあんなことになるのか想像もつかない。
しかし、その理由はすぐに分かった。
「ジークさん!」
目の前の男が目を輝かせて立ち上がると、ジークの下へと走っていく。
その姿は確かにまるで子犬のようにも見える。
「いたなら声をかけてくれてもいいじゃないか!」
懐いた子犬ことヴァンツァーに、ジークは鬱陶しそうな視線を向け、無視して歩き出す。
「待ってよ、久しぶりに会ったのだから少し話そうよ。そうだ、今回の成果の話をしよう!」
「うるせぇ」
「そういわずにさ! あ、お土産もあるんだよ。ちょっと待っててね、皆も呼んでくるから」
パーティメンバーに声をかけに離れたヴァンツァーを待つつもりなど、ジークにはさらさらなく、ずんずんと先ほどよりもずいぶんと早足になってギルドから立ち去った。
ヴァンツァーはそんなことにはまったくめげず、仲間たちに声をかけると、苦り切った表情の彼女たちを引き連れて小走りでジークの後を追っていなくなる。
ヴァンツァーを慕っているギルドの探索者たちは、憎しみと妬みを込めて、もはや見えなくなったジークに向けて舌打ちを送り、陰口を叩き始めるのであった。




