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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 翌朝からの探索は順調だった。

 敵にも慣れてきたのか、おおよそ昼前には五十八階にたどり着き、夕方には外に出られそうな雰囲気だ。

 普通の探索者は宝箱を探したりするので、もう少しゆっくりと進む。

 だが、テルマにとってはこの階層は通過点でしかないので、出てくる魔物の雰囲気さえつかめればそれでいいのだ。

 オーガと巨大蛙。それから蛭や毒蛇の魔物なんかも出てきているが、オーガ以外は足元にさえ気を付けていれば問題がない。だんだんと生態系も豊かになってきており、いよいよ上層階らしい雰囲気が出てきた後半戦である。

 ぬかるんだ地面が少しずつ硬くなってきて、周囲には枯れていない木がちらほらと見えてくる。


 五十階層まで来ると変わる点がいくつかある。

 このように環境自体が変化していくことと、道を仕切っていた壁がなくなってしまうこと。他には上に登るための階段がなくなることも変化の一つだ。

 入口に転移の宝玉があるように、五十階から先の階層移動には転移の魔法陣が使われる。一定の距離に近付くと、空に向けて光を発しているので見逃す心配はない。

 ではその魔法陣がどこにあるかというと、大体上がってきた場所から一定の距離へ進んだあたりに固定で存在している。地図がなく、案内人もいない場合は最初に見つけるまでに困難を極めるが、テルマの場合は最初にジークが魔法陣のある方向を示してくれるので、見つけるのは至極簡単である。

 加えて、壁が取っ払われたからといって、一層の広さには限りがある。一定の距離を進むと見えない壁に阻まれて、その先には行けないようになっているのだ。


 そんなルールも、先人が色々と探索をした末に見つけたもので、初めて五十階層に来た者はきっと戦々恐々としたことだろう。事実塔が現れてから、五十階層から先に探索者が進むようになるまでは、二十年の時間を要している。


 ジークの知識によって、テルマがやすやすと先へ進んでいくのはずるしているようにも見えるが、ちゃんと実力があってのことだ。新しい世代が情報を更新して記録を伸ばしていくというのは、至極当たり前のことなのだろう。

 少し時間がかかることがあっても危なげなく魔物を倒していくテルマは、正にその新世代である。


 ちなみに、一応この街公式の最高階到達者は、九十二階まで登っている。

 この中途半端な記録には理由がある。

 実はこの塔は七十階から先は五階ごと、八十階から先は二階ごと、九十階から先は一階ごとに転移の宝玉が用意されているのだ。代わりにフィールドがめちゃくちゃに広くなるのだが。

 少なくとも九十二階層を探索している探索者は、もう一年以上そこに挑戦しているが、いまだに九十三階へ上るための魔法陣を見つけられていない。


 前の街の七十階層を探索していたというテルマは、どのあたりにいたのだろうかとジークはぼんやりと考える。動きを見るにおそらく七十階層の前半のように思えるが、さて、とあちこちに目を走らせているうちに、一つの倒木が目に入った。

 そして、そのうろできらりと何かが光る。

 主に足元を警戒しているテルマはそれに気が付いていないようで、ジークは仕方なく剣を抜いて、テルマに迫った光を両断した。続いて間を置かずに、つま先にあたった石を、うろに向かって思い切り蹴り飛ばす。

 高く小さな悲鳴が聞こえて、すぐに沈黙した。

 ジークの踏み込みによって跳ねた泥によって、かがんでいたテルマの顔が泥まみれになって、ぱちくりと目を瞬かせている。

 ジークが動き出す前に、風を切る音だけが聞こえていたテルマは、何もわからないまでも思わず回避の姿勢をとったのだ。つまり一人だけでも怪我はしなかったのである。ジークの行動は余計なお世話であったが、泥まみれになってなお、テルマは怒り出したりはしなかった。


「ありがとう、ございます……?」


 泥を跳ねられてお礼を言ったわけではない。

 動作から、ジークが間違いなく、何か自分に向かってきたものを斬り落としたのだろうと確信していたからこその礼だ。

 顔の汚れなんかより命の方がよっぽど大事である。


「魔法を扱う下級妖精だ。この階層には出ないはずなんだがな」

「……そうでしたか」

「木の上やうろの中に隠れていて不意打ちをしてくることが多い。一応気を付けて目を配っておけ」

「わかりました、ありがとうございます」


 顔を布で拭いてから、すぐに立ち直って歩き出すテルマはたくましい。

 見た目よりも機能や利便性を重視できるのは、探索者として正しい判断だ。

 

 そこから先はやはり特に苦戦もなく先へ進んだテルマは、ジークの予想通り、夕暮れ時には六十階層へ到達し、塔の外へ出ることになった。

 転移の宝玉に触れる前に、テルマはふと足を止めてずっと後ろから見守っていたジークの方へ振り返る。

 ジークはテルマが妙な行動をしても『なんだ』とも言わずに、黙ってそれを見つめていた。


「……助かりました。背中を不意打ちされないとわかっているだけで、随分と探索しやすかったです」

「……そうか。……しかし、あまり信用しすぎるな。自分でも警戒しろ」


 褒めて礼を言ったというのに、つれない態度である。

 どんなに強くなったって、ジークは仲間を失った経験がある。

 だから自分のことを信用できない。


「分かってますよ。初めて組みましたが、パーティも悪くないです」


 思った以上にスムーズな探索だったからか、あるいはジークのどうしようもない不器用な返事に慣れてきたのか、テルマの機嫌は下降しなかったようだ。

 笑って前を向き、転移の宝玉に触れる。

 ゆっくりと歩いて宝玉に近寄りながら、ジークは自分のことを棚に上げて、『あいつ友達いないのか?』と失礼なことを考えていた。


 外で待っていた番人はオルガノではなく、ほとんど一緒に出てきた二人を不思議そうに見つめて首をかしげる。番人の殆んどは、ジークが悪人ではないとオルガノから聞いているので、他の人たちよりは悪い印象を持っていない。

 しかしそれだからと言って美少女と一緒に塔から出てくる意味は分からなかった。


「今日はギルドで一緒に食事をしましょう。反省会がしたいです」

「顔が汚いから綺麗にしろ」


 通りすがりの会話に番人はぎょっとする。

 美少女に向かってとんでもないことを言ったジークが信じられなかった。

 泥で汚れているのは確かだが、顔が汚いはあまりに酷い。


「ジークさん、かなり最低なこと言ってる自覚ありますか?」

「何がだ」

「女性に顔が汚いとか言わないでください」

「わかった」


 意外や意外、怖い顔をしたジークが怒り出さなかったのも番人にとっては驚きだった。今までオルガノの話を話半分に聞いていたが、もしや本当に悪人ではないのかもしれないと思う。

 すぐに背中は遠くなってしまったけれど、残された番人は『次見かけたときは声をかけてみようか』『いややはり怖いな』などと一人で考えを巡らせるのであった。


 ジークは風呂屋へ寄ってから、ほとんど日が落ち切った道を歩きギルドへと向かう。今日はもう遅いからさっさと寝ようかと思っていたのだが、テルマがどうしても反省会をするというので仕方なくだ。

 何度か断ったのだが、理由を聞かれ「人から嫌われるぞ」と言ったら、「やっぱり反省会をするのでちゃんと来てください」と押し切られてしまった。

 だいぶジークの扱いに慣れてきたテルマである。


 いつもの端の席に陣取って、香辛料たっぷりのソーセージをかじっていると、さっぱりした様子のテルマがまっすぐに歩いてくる。ジークと同じ席に着くと周囲はしばらくざわついていたが、テルマがそれを気にしている様子は全くない。

 居心地が悪いようないいような、微妙な感覚を覚えながら、ジークはテルマが勝手に始めた反省会に付き合って、たまに口を挟んでやるのであった。

今年も終わりですねぇ……

一年間お疲れ様でした。

明日からもまたよろしくお願いします。

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