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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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16

 魔法使いが発動した水の魔法により、少年の全身がざっと洗い流される。

 するとジークは、自分の荷物の中から取り出した厚めのマントを広げると、少年の体の下に腕を入れて抱き上げ、その上に寝かせ直した。

 それからおもむろに顔に手を伸ばし、ぐわっと目を見開かせて眼球を確認。

 続いて荷物から取り出した瓶の栓を抜き、同じく目を片方ずつ無理やり開けて、瓶に入った液体を振りかけた。顔がその液体でびしゃびしゃになると、段々と首から下へかけて行き、丁度足の先までまんべんなく濡らしたところで瓶は空になった。

 すべてが終わると、ジークはぎろりと無事な仲間たちを睨む。


「おい……」


 一言、地を這うような低い声で声をかけると、今度はぎりぎりと奥歯が音を立てるほどに噛みしめながら近寄り、怪我一つない少女二人の頭に、続けざまに拳骨を落とす。

 かなりいい音がして、二人は順番にその場にしゃがみこんだ。

 それから地面に転がっている盾持ちの怯えた顔見ながら握った拳を近寄せ、大きなため息をついてそれを開く。


「あいつが目を覚ましたら連れて帰れ。これから半年、お前らがこの階層に入るのを見たら、魔物に殺される前に俺がぶっ殺す」


 ジークはそのまま来た道を戻っていくが、その怒りを肌で感じているのか、テルマを含めて誰一人として口を開かない。

 ジークは途中で立ち止まると一度だけ振りむいて、もう一つ忠告した。


「破いた服はきせるな。肌をただれさせたくないならな」


 ジークは苛立ちながら抜き身の剣を片手に携えて、戻った部屋の別の分かれ道に進む。そうしてそこにいる大蛙を一閃で二匹屠り、また戻っては別の部屋へ。数度それを繰り返して、少年たちが安全に帰れるルートを確保する。

 一日も経てば人が常駐していない部屋の魔物は再配置されるのだが、逆に言えば今日のうちに帰れば、少なくとも大蛙は、その巨体がたたって、細い通路を通って部屋の移動をすることが出来ない。

 ジークは最初の部屋まで戻ると、彼らの選ばなかった道を選び、又ずんずんと先へ進んでいく。

 そして開けた部屋へ到着すると、目一杯眉をひそめた。

 三十階には現れないはずのオーガがそこにいて、ばらばらにした人間の体を、大蛙たちに餌として与えていたのだ。体の部品の数からしてここへ来たのは三人パーティ。すでに逃げ帰った者がいないのならば全滅だ。

 ジークがこちらの戦闘に気づけなかったのは、分かれ道に来た頃には既にここの戦闘が終了していたからだろう。つまり、来た時点で手遅れだったということになる。

 もし少年たちがこちらの道を選んでいたならば、間違いなく全滅していたはずだ。


 ジークはほんのわずかなためらいも見せずに、苛立ちのままに歩を進め、襲い掛かってきたオーガと大蛙を、どれも一振りで切り伏せる。


「……最近、多いな」


 ジークは思わず声を漏らす。

 ここ数年、少しずつ塔の生態系のようなものが狂ってきている。

 強い魔物がイレギュラーを起こして下の階へ顔を出すことが増えているのだ。

 それと同じように、十階層までの魔物が塔の外へ漏れ出す例も見られている。原因がわからないため、調査をするとして口止めされているが、こうして命を落とす者が増えていくのならば、ギルドは注意喚起するべきなのではないかとジークは苛立ちを隠せずにいた。

 各塔でも同じような現象が起きており、唯一それが報告されていないのが、ジークが元居た街の塔、すなわち、テルマが七十階層まで登った塔である。

 例外があると余計に調査は難航するので、これもまた面倒くさい話だ。


 ジークは探索者たちが首から下げていたであろうドッグタグを、丁寧に探して回収する。顔を見てみれば、三十階層でずっとくすぶっている、見覚えのある連中だった。ジークのことはよく思っておらず、陰で文句ばっかり言っていたと記憶している。

 そんな奴らでも、大切な家族や、帰りを待つ誰かはいるかもしれない。

 いるかもわからない誰かのために、ジークは遺品となりそうなものも拾い集めていく。

 不意に気配を感じて振り返ると、テルマが部屋に繋がる廊下で立ち尽くして惨状を見つめていた。


「これは……?」

「オーガがこの階に現れていた。俺が来た時にはもう細切れにされていた」


 敵ではないのならと、ジークは作業を再開する。

 武器や身に着けていた装飾品を、拾い集めていると、又背後から質問が飛んでくる。


「何をしているんですか?」

「ドッグタグと遺品を回収している」

「……遺品をどうするんです?」


 次々と投げかけられる質問に、ジークはぶっきらぼうに答える。

 はたからはわからない程度の変化であるが、ジークの気持ちはかなりささくれ立っていた。


「暇なら手伝え」


 ジークだって人だから、嫌な光景に出会って、嫌な作業をしていれば気が滅入るのだ。テルマはなぜだかジークの言葉が今までよりもずいぶん冷たく聞こえて、一瞬心がギュッと締め付けられた感覚を覚える。 


「……やっぱりいい、どっかいけ」


 すぐに自分が八つ当たりをしたことに気づいたジークは、多少テルマに対して申し訳ないという気持ちを込めて、手伝わなくていいという言葉を送った。普通こんなことを言われれば、腹を立てていなくなりそうなものだが、テルマは違った。

 ジークの近くまで歩み寄ってきて、しゃがみこんでばらばらになった死体に手を伸ばす。血にまみれた遺品の一つを手に取って、テルマは尋ねる。


「いつもこんなことを?」


 遺品の回収の話なのか、それとも少女に拳骨をくれてやったことか。

 どれのことかわからないが、ジークが今日やったことは、全ていつもと変わらないことだけだった。

 だから質問の意図がわからないまでもジークは「そうだ」とだけ答えて、黙々と作業を続けた。


 すべてを終えて、転移の宝玉へ戻る途中、別のパーティと遭遇してぎょっとした顔をされる。血まみれの装飾品と武器を持ったジークが、怖い顔をしてやってくるのだ。殺されるのかと身構えるのも無理はない。

 パーティは部屋の端に避難して、武器を構えながら待機していたが、ジークもテルマもそちらを見向きもしないで宝玉へ向かい、手をかざしてその場から姿を消した。


「……あれ、殺して奪ったのか?」

「……いや、まさか、流石にな?」

「でも、ジークだぜ?」


 馬鹿なことを話しながら先に進んだパーティは、大蛙相手にドジを踏んでちょっとした怪我をすることになるのだが、それは自業自得というものであった。


「意外と遅いおかえりで……。……またですか」

「……おい」

「少年たちより遅かったので何事かと思いましたが……おっと」


 すぐ後ろからテルマがやってきたことに気づいて、番人は口を閉ざした。

 この男もまた、ジークと秘密を共有しており、緘口令を敷かれている一人である。


「……こちらのお嬢さんとは仲直りしたんですか?」

「いや、パーティを申し入れたら断られた」

「はい!?」

「うるさい」


 驚きで大きな声を上げた番人に、ジークがしかめ面をする。

 簡単に個人間の事情を話すジークに対して、テルマもまたしかめ面をしていたけれど。


「じ、ジークさんがパーティを申し入れたんですか? なぜ? ずっと誰とも組まなかったじゃないですか」

「うるさい。遺品、これで全部だからギルドで預かってくれ」

「わかりました」


 本来ドッグタグ以外の遺品は、持ち帰った探索者が好きに換金していいようになっている。遺族がどうしても欲しいというのならば、売りに出されたものか、使っている本人から買い戻せばいい話なのだ。

 慈善事業でないのだから、これは普通のことである。


「……ああ、これ」


 ジークは思い出したかのように、金の入った袋を腰から外してテルマへ差し出す。


「何ですか?」

「悪いが遺品は全部ギルドに預ける。回収作業分の金だ」


 テルマは憤懣やるかたないという表情で、ジークをぎろっと睨みつける。


「いりません!」


 テルマはぴしゃりと言ってのけると、そのまま荒い足取りでその場を立ち去った。

 ジークが悪い人間でないのはわかった。だからこそ、そんな誤解をされていたことが、その程度の評価をされていたことが、めちゃくちゃに腹立たしかったのだ。


「ほらな、嫌われてるだろ」

「いや、今のはそういうのじゃないと思いますけど」

「じゃあなんだ」

「ジークさんに言っても多分わかんないす」

「……わけがわからん」


 ジークにとっては塔に登るよりも、人間関係を円滑に進める方が余程難易度が高いのであった。


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― 新着の感想 ―
単に助けるだけじゃなくて帰りのルート確保までしてくれるなんてこのおじさん親切すぎですね
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