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チーズチキンカツ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、余り活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・出てくる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・当店のチキンカツは胸肉を使っています。

とある小さな地方の領主ジェラール・ヘプケンがその『扉』を見つけたのは、先代の領主でもある義父が残した、別宅と言うにはあまりに小さい小屋に立ち寄った時であった。

ジェラールは、とある騎士の家の五男として生まれ、実家で剣を身につけたあと、家を出て冒険者となった男である。

魔物退治や遺跡の探索、盗賊から村を守り、とある小さな国で巻き起こった陰謀。そんな数々の冒険の果てに、仲間たちと力を合わせて数十匹にも及ぶオークと百を越えるゴブリンを従えた恐るべきトロルの王を討ち取ったとき、その剣の腕と世界を放浪して身につけた知識を見込まれ、既に出会った頃には高司祭でも癒せぬ病を得て病床から起き上がれなくなっていた義祖父から息子が一人残した孫娘を娶らないかと誘われ、彼は当時の仲間たちと話し合ってその話を受けることにして冒険者を引退した。

それから間もなく、孫娘の花嫁姿を見て満足したのか眠るように死した先代の跡を継ぎ、ジェラールはこの地を治める領主となった。

今は領民の声を聞き、よその貴族や豪商を相手に宴を開き、書類仕事に明け暮れる身で、己が剣を取る必要も無くなったが、それでも鍛錬だけは欠かさないようにと己を戒めている。

山野を駆けまわって足腰を鍛え、剣を振って剣先が鈍らぬように心がけているのだ。

(……よし、見えてきたな)

城から普通ならば馬を使う程度には離れた距離走ったところで、目的の場所が見えてくる。

小ぶりだが、しっかりした作りの屋敷。

付近を散策がてら走っている時に見つけた愛するクラウディアの祖父であり、病により死んだ先代の領主が建てさせたのであろうそこは、城から程よく離れているため、ジェラールは朝の走り込みの目的地としていた。

ここを見つけた旅人が使うことが出来るようにか、鍵のついていない表の扉をくぐり、一息つく。

上着を脱いで持参した手拭いで汗の吹き出した身体を拭い、腰に下げた革袋に詰めてきたまだ十分に冷たさを残した汲み立て水を飲む。

ふきだした汗の分渇いた身体に水が染み込み、走ったぶん火照った身体を冷やす。

その水の美味さにほう、と息を吐いたところでそれに気づいた。

(……うん?あんなところに、扉などあったか?)

ジェラールの目に飛び込んできたのは、一つの扉であった。

黒い、猫の絵が描かれた扉。その扉はそれなりに凝った作りではあるものの先代の領主が死んだあとは訪れるものも数えるほどしかいなかったらしく、少し埃っぽい屋敷の中では妙に手入れが行き届いた扉。

(……少し面白そうだが)

元冒険者であるがゆえの好奇心から一度は扉に手をかけたあと思い直し、とりあえずジェラールはその扉のことを頭に留めておくだけとする。

かつて、武者修行と称して冒険者をしていたときに学んだのである。

不思議なものを見つけても、みだりに触れてはならない。

最後には触れるとしても少しでも情報を集めてからにしろ、と。

以前、エルフの遺跡を調べたとき、うかつにも遺跡の扉に触れて毒針で全身がしびれたとき、司祭から毒の治療を受けながら一緒についてきたトレジャーハンターから言われた言葉である。

(……とりあえず、クラウディアにでも聞いてみるとしよう)

そう割り切って、ジェラールは再び上着を着て、外へと走り出す。

この屋敷を作ったのはジェラールの義父である。

きっとその孫娘であるクラウディアも何か知っているに違いない、と。


その扉の正体が判明したのは、朝食の席での事だった。

「まあ!?ネコヤの扉を見つけたのですか!?」

ジェラールの問いかけに、まだ齢二十を越えぬ若い妻クラウディアは、普段のおとなしさからは想像もできないほど大きな声を上げた。

「ああ。確かに扉があったが……ネコヤ? 何か知っているのかい?」

「はい、お父様とお母様がまだ生きていた頃に行ったことがあるんです……」

そんな前置きとともに遠い目をしたクラウディアが父親や母親との想い出を語る。

ネコヤ。それはクラウディアが生まれる前、祖父がまだ元気だった頃に見つけた異世界の料理屋らしい。

不思議な黒い扉の向こう側にあるそこは、世界のあちこちから色々な客が訪れる店で、異世界の料理は本当に美味だったらしい。

「私はまだ小さくて、お父様とお母様が事故でお亡くなりになってからお祖父さまはあそこに行くことも無くなりましたから、場所も分からなくなってしまったんです」

「そうか。では行ってみるか」

「はい!」

ジェラールの言葉に涙を浮かべた笑顔でそう答える時の妻は、まだ年相応の少女で、ジェラールは思わずどきりとする。

「で、では支度をなさい。私も着替えてこよう」

それをごまかすように咳払いを一つして慌てて部屋を出て、騎士の正装に着替えはじめるのであった。


二人が再びその場所を訪れたのは、太陽が中天に差し掛かった頃であった。

「ああ……そうでした。この別宅の中に扉がありました」

ジェラールの腰に手を回して愛馬の後ろに乗ったクラウディアが懐かしそうに言葉を紡ぐ。

ほんの幼い頃、年老いた御者の操る馬車に乗り、普段は厳しい祖父と、優しかった父母と共に美味しい料理を食べるためにここに来ていたことを思い出したのだ。

「ああ、こっちだ。手を」

そんな妻の手を取り、馬から下ろす。

そして近くの木につなぎ、クラウディアの腕を取って、扉を開く。

(……良かった。幻であったらどうしようかと思ったぞ)

扉を開ける瞬間は、自分の見た黒い扉が幻か何かだったのではないかと不安になったが、黒いネコヤの扉が先ほどと同じく鎮座していたことに、ほっと安堵する。

「では、行こうか」

「はい」

そんな内心の安堵を顔に出さないようにしながら、ジェラールは傍らのクラウディアに言葉をかけて、黒い扉のよく磨かれた真鍮の取っ手を掴み、扉を開く。


チリンチリンと涼やかな音が鳴るのを聞きながら、二人はねこやの客となる。

ジェラールは初めて、そしてクラウディアは久方ぶりに。


昼時を迎えた店内は混み合っていた。

様々な客が集い、昼時の食事を楽しんでいる。

(……なるほど、これが異世界か)

あちこちを旅して並の人間よりずっと見識が広いジェラールが、それでもなお物珍しさに店内を見渡す。

ある意味では見慣れた、東大陸の民に王都や帝都で見かけたことがある、西の大陸の民。

そして、エルフやドワーフ、ハーフリングと言った亜人たちに人ならざる魔物たち。

昼時らしい活況を見せるこの店の客は風変わりな客に溢れ、思い思いに様々な見慣れぬ料理を食している。

その光景に臆したのか、キュッとクラウディアが強くジェラールの手を握ってくる。

どうやら入口付近に陣取った巨大なリザードマンの姿に少し怯えたらしい。

「大丈夫だ。敵意は感じない」

「……はい」

その手を握り返してやりながらジェラールが安心させるようにほほ笑み掛けると、顔を赤くしてうつむいてしまう。

そのことにジェラールも思わず顔を赤らめながら、適当に空いてる席を見繕い、二人で席に座る。

「あっと、いらっしゃいませ。ようこそ、ヨーショクのネコヤへ」

席に座るとすぐに、パタパタと料理を運んで回っていた、この店の給仕らしき魔族の少女が新しくやってきた二人の客に気がついて氷入りの水が入った硝子の杯を運んできて、朗らかに挨拶をする。

「お客様は初めての方ですよね。えっと、ここのお料理を記したメニューがあるんですけど、読めますか?東大陸の言葉で書かれているらしいんですけど」

「ああ、読める。持ってきてくれ」

恐らくは字が読めないのであろう給仕の娘の確認に頷きを返して献立を記した本を持ってきてもらう。

(ほう、随分と色々あるんだな……)

妙につるつるした手触りの本には、相当な教養を持つ者が書いたと思われる整った几帳面文字でたくさんの料理と酒の名が記されていた。

どれも簡単な解説がついているが、精々が帝国で食べたことがある料理と同じものが散見されるくらいで、どんな料理なのかはいまいち想像が追いつかない。

「……どうだクラウディア。何か食べたいものはあるか?」

「そうですね……あ、これ」

どれを頼めば良いか分からず、かつて来たことがあるというクラウディアに尋ねると、クラウディアはおずおずと一つの名前を指差す。

「確かこれだったと思います。お父様とお母様がよく食べてた料理。だから……」

「そうか。ではそれにしよう」

そしてジェラールはクラウディアの指差した料理を注文することにする。

「そこの給仕の娘、注文しても良いだろうか?」

「はい。何にしましょうか?」

ジェラールが呼びつけてすぐやってきた給仕の娘にジェラールは注文をする。

「この、チーズチキンカツとやらを二人分お願いする。それと……」

クラウディアが選んだ、彼女の両親が好物だったという料理を頼み、ついでに葡萄酒でも頼もうかとしているとクラウディアが言葉を紡ぐ。

「このビールというのを二人分、お願いします」

普段余り自己主張しないクラウディアには珍しいことに、はっきりと注文する。

「はい。お二人共、ビールとチーズチキンカツですね。少々お待ちくださいませ」

給仕の少女は二人の注文を確認すると、さっと席を離れ、注文を伝えるために奥にある厨房へと行ってしまう。

「……その、お父様とお母様はチーズチキンカツと一緒にいつもビールを頼んでいたんです。賢者様もこの食べ方が一番だと言っていたからと」

珍しいものを見たという顔のジェラールに赤面しつつもクラウディアは言葉を返す。

「そうか。ならまあ期待しておくとしよう」

そのクラウディアの様子を少し嬉しく思いながら、ジェラールは料理を待つことにした。


それから、二人は料理が来るのを待つ。

メインのチキンカツが出てくる前に出てきた、上等な白パンやスープに舌づつみを打ち、窓一つないにも関わらず天井から明るい光が降り注いでいる様子を二人して不思議がる。

クラウディアがここに来て思い出した、家族の思い出を語れば、ジェラールは冒険者時代の話を面白おかしく話し返す。

二人はいつしかくつろいでいた。

店内に魔物がいることも、もう気にならず、ただただクラウディアの記憶によれば『とても美味しかった』というチーズチキンカツが待ち遠しくなる。

楽しい時間を過ごしながらもチラチラと、給仕の娘が注文したあと入っていった厨房の方を見る。

そしてついにそのときが訪れる。

「お待たせしました。チーズチキンカツにビールです」

厨房から二人分の皿を乗せて運んできた給仕の手により二人の前にことりと、その料理と黄金色のエールが満たされた大きな硝子杯が置かれる。

串切りにされた黄色い果実に、細く切られた緑色の葉野菜、赤い果実で彩られた白い皿の中心にドンと置かれた大きく茶色い肉料理。

ジェラールの手のひらよりも大きい一枚肉をそれは十分な熱気をはらみ、プツプツとかすかな音を立てていた。

「味付けにはそちらの青い瓶に入ったソースをお使いください。それと、そちらの黄色いレモンは絞って汁をかけて食べると美味しいですよ。それでは、ごゆっくりどうぞ」

料理を運んできた給仕の娘の言葉を受けながら、二人は早速とばかりに料理に手を伸ばすのであった。


チーズチキンカツ。

その料理の名前に添えられていた説明によれば、鶏の胸の一枚肉にチーズを挟んでパンくずで作った衣を纏わせ、油で揚げた料理らしい。

(説明を聞くに帝国のコロッケのようなものか)

その説明を読んでジェラールが最初に思い浮かべたのは、帝国でよく食べられているコロッケという料理であった。

それは帝国では貴族から庶民まで口にするダンシャクの実を潰して丸め、衣をつけて油で揚げる料理で、王都と並んで冒険者が多い街である帝都の屋台などでよく売っていた。

帝都の屋台で売られているようなそれはボソボソとしていて、味も薄い塩味くらいだったが、それでも出来たての熱々を屋台売りの安エールと共に流し込むのは中々に美味だった記憶がある。

(もっともあれは水で溶いた小麦粉の衣だったが、さて……)

冒険者だった頃を懐かしく思いながら、切り分けられたチーズチキンカツのひと切れをフォークで刺し、口へと運ぶ。

(んんっ!?)

それが、ただものでは無いことは最初の一口で知れた。

さくりと、軽やかな音を立てて口の中で砕け、良質の油とパンの風味を感じさせる衣。

腐りやすく、日持ちがしない鶏の胸肉は肉そのものの質もさることながら、念入りに柔らかくし、香辛料と塩で味付けされていて、その身に宿した肉汁が噛むはしから溢れ出す。

そして、淡白な鶏肉に素晴らしい風味を加えているのが肉の間に挟まれたチーズ。

肉とよく合う質のチーズを特に選んでいれたと思しきそのチーズは肉の熱に溶かされて熱くとろけ、肉の間からこぼれ落ちてくる。

そのチーズの、どちらかといえば強い風味が脂に乏しく淡白な胸肉と組み合わさることでお互いに補いあい、高めあっている。

(これは……たまらないな)

思わず一緒に注文していたビールを取り、口へと運ぶ。

鮮烈な苦味と冬の水のような冷たさが口の中を洗い流しつつ喉を通り、チーズチキンカツで熱された舌と喉を冷やす。

(このよく冷えたエールというのも見事だな。舌だけでなく、喉まで楽しませる。なるほど、賢者様ご推薦というだけはあるな)

チーズチキンカツとビールという組み合わせは実に見事で、美味い。

大きめの硝子杯に注がれたビールを一気に半分ほどまで飲んでしまう。


……ぷはっ


思わずため息のような声を漏らすと同時に、同じような音がジェラールの耳に入ってくる。

見ればクラウディアもまた、自分と同じようにビールを口にしていた。

彼女のビール杯は、ジェラールより少し多めに減っている。

普段はおしとやかな印象が強い妻だが、思い出の料理と美味い酒に思わず一気に飲んでしまったのだろう。

「……えっと、その……」

「今のうちにもう一杯と頼んでおくとしようか。それと、ソースとやらも使って見よう」

赤面して俯いてしまうクラウディアを可愛く思いながら、ジェラールはてきぱきと事を運ぶ。

卓の上に置かれていた青い瓶を持ち上げ、傾ける。

瓶の中から溢れ出すのは、濃い茶色の液体、それがとろりとチーズチキンカツにかかり、淡い茶色の衣を彩る。

それから、レモン。串切りにされた果実を絞り、その汁をチーズチキンカツに垂らす。

「どれ、今度はどんな……」

一口口にして見て、絶句する。

(なんと……これは美味いな!)

チーズと鶏肉に加わった、塩気の強いソースと、酸味の強いレモン。

この二つが加わることでチーズチキンカツは完成へと至った。

単品では強すぎて美味には感じられぬであろうこの二つが、チーズチキンカツのチーズと肉汁で程よく柔らかい味となり、そして素材そのものの味も高めているのだ。

ジェラールが実に美味そうにチーズチキンカツを食べ、ビールを飲んでいると、クラウディアもおずおずと真似をして……同じようにパクパクと食べ始める。

「すまない! ビールをもう一杯頼む! それと……」

「あの! チーズチキンカツもお願いします!」

ジェラールの注文に、クラウディアの注文が重なる。

そして、幸福な昼前の食事は、二人がもう食べられないと思うまで続くのであった。


太陽が中天から少し西に傾いた頃、二人は屋敷へと戻ってきていた。

「少し食いすぎたな……」

「ええ。そうですね……」

食べすぎで少し苦しくなった腹を抑えつつ、二人は言葉を交わす。

すぐに馬に乗って城へ戻るのは厳しいくらいだ。

二人は壁に寄りかかり、腹の中が収まるまでをゆったりと過ごす。

「また、そのうち行くとしよう。俺もここの料理は気に入った」

「……はい」

そして、その待つ間にジェラールの口から飛び出した提案に、クラウディアは笑顔で頷きを返すのであった。

今日はここまで。

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