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とん汁ふたたび

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・パン、ライス、スープの持ち帰りは別料金です。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

二日ぶりのメシを限界まで腹に詰め込み終え、ティーダは深く満足して大きく息を吐いた。

「ふぅ……」

雨でずぶぬれになり、風に飛ばされそうになりながら食料が無いかと必死に探し回った結果、ティーダはこの不思議な場所を見つけた。

嵐の中、その雨と風をものともせず地面に突き立てられた、東大陸風の扉。

そこをくぐった先にあったのは、異界のメシ屋であった。


―――おうなんだいお客さん。そんなにずぶ濡れで……ほう、台風か。そりゃ災難だったな。

   幸いここはメシ屋だ。金はある時払いでいいから、メシ食って行ってくれよ。


異界のメシ屋……その店主の老人は親切な男であった。

酷く雨に濡れた状態でわけも分からず扉をくぐったティーダを見て事情を聞き、タダでメシを出してくれた。

出てきたのは細かく刻んだ肉とおらにえ入りの卵焼きに、海国では貴族でもないと食べられないような、純白の飯。

腐らぬように強く塩に漬け込んだ野菜の塩漬け、そして……とんじる。


とんじる。それは今日のような『肉の日』にだけ供されると言う、祝いの料理らしい。

この美味い森賢人(えるふ)豆の塩漬けで味付けされた、肉と野菜がたっぷりと入った豪華な汁であった。

ティーダは幾たびもお代わりを繰り返し、腹を満たした。

(なんだか悪いな……俺だけこんな美味いものを食っちまうなんて)

大きな満足感と共に罪悪感を覚える。

今、船長をはじめとした船に残ってる皆は、ついさっきまでの自分と同じくすきっ腹を抱えている。

それ故に、満腹感が罪悪感になる。

(厚かましいのは分かっているが……少しだけ、持ち帰らせてもらえないかな)

そんなことを考えていた、そんなときであった。

「ほい。お土産、お待ち」

ティーダの前にどさりと、見たことも無い透明な袋に入った、美しい紫の大布の包みが置かれる。

「あ、あの、これは一体……」

「いやなに。お前さん、船乗りで台風に巻き込まれた、っつってたろ? 」

目の前のものに不思議そうな顔をしているティーダに、店主が笑いながら、言う。

「だったらお仲間がいるだろうと思ってな。うちはとん汁の持ち帰りは普段やお断りなんだが、今回は特別だ」

「……い、いいんですか?」

店主の余りの親切に、思わずティーダは問い返す。

入ってくるときに、ティーダは金を持っていなかった。

つまりこの『お土産』に払う代金をティーダは持っていなかった。

「流石に人様の命が掛かってるとあっちゃあ金だなんだなんぞ言わねえよ。

 こいつは金はいらねえから持ってきな。重いから気をつけてな」

「そ、そんなら……」

店主の言葉におずおずとティーダが包みに両手を掛ける。

帰ってくるのは、ずっしりとした、温かい感触。

漂ってくるのは、ついさっきまで我を忘れていた逸品のかすかな香り。

腹が一杯になっているにも関わらず、思わずごくりと唾を飲む。

「本当に、ありがとうございました。そいじゃあ、失礼します」

「はい。またのご来店をお待ちしております」

ペコリと頭を下げたティーダに、店主が深くお辞儀を返し、ティーダは暖かな包みを手に再び嵐の中に飛び出した。




大嵐に巻き込まれてこの何も無い島に縛り付けられ、三日が過ぎようとしていた。

(……まずいな)

乗組員たちが殺気だっているのを感じながら海国の船乗りであり、交易船の船長であるフェンは、決断のときが迫っているのを感じていた。

魔族がその力を減じ、邪神戦争が終結した後、平和になった世の民たちは贅に目を向けるようになり、二つの大陸を結ぶ交易が盛んとなった。

特に東大陸で最も発展した王国と、無数の小さな島々を領土とするが故に古くから海運が盛んな海国は頻繁に船が行き来し、交易により大きく潤った。

フェンたちが操る、海国の交易船もその一つである。

(ったく、あの忌々しい海の主がいなくなったと思ったってのに……)

思えばその油断もあったのかも知れない。

今まで幾多の船を沈めてきた『海の主』とよばれていたくらぁけん。

数年前、その海の主が無数の矢と銛、魔法を受け、腐りかけの激臭を放つ無残な死骸の姿で海国の港に流れ着いた。

風の噂では、魔物の討伐で名を馳せた将軍を乗せ、海国に向かっていた公国の軍船が己自身沈みながら仕留めたらしい。

それから、くらぁけんに沈められる船が無くなったばかりか厄介な海の主が死んだことで、今まで海の主が食っていた分の餌を手にできるようになったためか海の魔物たちも随分と大人しくなったこの海は今までからは考えられぬほど船が沈まぬ、安全な航路になった。


……そのことが、わずかに嵐の予感を感じていながら、五日前まで停泊していた街を離れ、積荷を運ぶというフェンの判断の原因の一つである。

「はらぁ減ったなあ……」

「ティーダの奴がなんか探してくるっつって出てったぞ」

「んなもん無駄に決まってんだろ。何年ここが無人島だったと思ってんだ」

「幸い水だけは外で幾らでも降ってるが、食い物はなあ……魚も鳥もまるで取れねえし」

「ああ、クソ!?やっぱもう出るしなかないんじゃねえか!?あと半日もありゃあ街までいけるんだろ!?」

「無理じゃな。この嵐じゃあ出航したら四半日もせんうちに沈むわい。じっと待つしかあるまいて」

外からの強い雨音に混じりながら、手下の船乗りたちの声が聞こえてくる。

彼らの声には一様に不安が混じっている。焦っているのだ。

今、船が停泊しているのは、海国に無数にある島々の一つ……ろくに草木も生えていない人どころかおよそ生き物が住みつけぬ、島。

幸い水だけは空から幾らでも手に入るが、食い物はそうもいかない。

船の蓄えは、昨日の夜に食った分でほぼ空で、ロクなもんが残っていない。

この嵐では魚も鳥も捕まえることなどできない。

どうやら最近入った若い見習いのティーダが何か無いかと探しに行ったようだが、徒労に終わるのは目に見えている。

……すなわち、このまま嵐が止むまですきっ腹を抱えて待つか、沈む危険を冒して船を出すしかない。

(参ったな……)

決断を迫られ、悩んでいた、そのときだった。

「か、頭ぁ!大変だ!すぐ来てくだせえ! 」

腹心である古株の船乗りが駆け込んで来る。

「なんだ?何かあったか?」

「そ、それが……」

一息つき、フェンに見せた顔は、笑顔。

先ほどまですきっ腹を抱え、それでもなお歓喜の表情を浮かべながらフェンに伝える。

「ティーダの奴が食いもんを探してきたんだよ!それも極上の代物だ! 」

とびきりの吉報を。


「うめえ!」

「こりゃあいい!こいつぁ極上のメシだ! 」

「こいつも神様のお導きって奴だな」

「でかしたぞ!ティーダ!」

「……ワシも随分長生きしたが、こんだけ美味いメシははじめてじゃわい」

男たちが凄まじい勢いで、メシをむさぼっていた。

若い見習い船乗りが持ち帰った、異世界のメシ。

それは一人が持てる量としては大量で、だがここにいる男たちに行き渡らせるには、些か少ないメシ。

相当に高価なものであろう、淡い金色の鍋いっぱいの肉と野菜が入った汁と、上等な米を使った握り飯。

船中の椀を持ち出して、男たちはすきっ腹にメシを詰め込んでいく。

(おいおいこいつぁ……腹が減ってるってことを抜きにしてもすげえ美味いんじゃないか?)

船長ということで他のものより多少多めに汁を貰ったフェンはそれを食い、考える。


ティーダという見習いが見つけてきたそれは、非常に美味であった。

ほんのりとまだ温かい握り飯と、随分と上等な鍋に入れて持ち帰ってきた、出来たてでまだ熱さを残している汁。

まともな食い物というだけで随分とありがたいが、実際に食べてみて、それが普段食べているものより味そのものが良いことをフェンは感じ取っていた。

(メシも美味いが……問題はこの汁だ)

フェンは銀製の椀に注いだ汁を一口吸う。

見たことも無い、茶色いその汁は、塩辛い醤とわずかに森賢人(えるふ)豆の味がする。

(この味付けも見事だし、具も美味い)

その汁に具として入っているのは、豚の肉と、数々の野菜。

豚の肉は汁の主な具材らしく薄く切り、脂身が残った状態で入っている。

肉そのものの美味さもさることながら豚の脂の旨みが汁に溶け出していて、やや塩気が強い汁を柔らかくしている。

また、具も良い。

よく煮込まれたおらにえは甘く、薄く小さく切ったかりゅうとやおおねが汁をたっぷりと吸っていて、噛み締めるたびに中に溜め込んだ汁気を吐き出す。

また、一緒に入っている、ホクホクとした淡い黄色の野菜もまた、口の中で崩れて、口の中に仄かな温かみを残し、四角く切られた白い何かは柔らかくて食べやすい。


汁を一口吸って、次に握り飯を食う。

塩気の強い汁と、少し冷めてるとはいえ甘く炊き上げられて握られた上質のメシの組み合わせ。

それは深く満足を覚えさせる味で、手が止まらない。

無論、空腹であることも大きな理由だが、それだけではない。

実に美味い。これなら多少満腹であっても美味しく食べられるほどに。

(こりゃあ、ティーダの奴には詳しく聞きださねえとな、色々と)

こんな、何も無い島で、これほど上等な『料理』が手に入るなんて、普通はありえない。

フェンはティーダに詳しく話を聞こうと思う。

……とりあえず、今はこのメシを味わいつくすのが先決だが。


翌日。嵐が通り過ぎて晴れ渡った空の下を、船が軽快に走っていた。

「よぉし!もう少しで島が見えてくるはずだ!」

「ようやくか!おれぁ早く酒がのみてえよ!」

「おう、俺もだ!昨日のあれは美味かったが、酒が無かったのだきゃあ残念だったな」

「やれやれ。この年になってあんな美味いもんが食えるとは、長生きはするもんじゃのう」

あの、ティーダが持ち帰った上質なメシを食って丸一日。

船乗りたちは一様にすきっ腹を抱えていたが、顔は明るい。

あと少しで人のいる街に着く。

上陸して酒と女を楽しみ、また出航して、でかい街に行き、満載した交易品を売りさばく。

彼らの旅行きには、希望が満ちていた。

(今の積荷を売り払ったら、胡椒と珊瑚を仕入れて、と……)

船乗りが浮かれる中、フェンだけは次の旅路の計画を練る。

売りに行く街と仕入れるものを考え、航路を決める。

(……七日に一度、か。まあ時期があうようなら、だな)

海路を示す地図の一点を指差し、フェンは考える。

その指先にはつい昨日前まで、何の意味も無かった小さな無人島がきっちりと記されている。


ネコヤ島。


昨日つけたばかりの、新たな名前と共に。

今日はここまで

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[気になる点] 鍋、こぼれにくいように留め金かパッキンかなんかかましたんですかね?
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