モンブランプリン
・一応ファンタジーです。
・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。
・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。
・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。
・お持ち帰りの品はできるだけお早くお召し上がりください
以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。
国境付近の辺境の砦に、恐るべきモスマンの大繁殖の兆しあり。
その知らせは、公国に大きな動揺を産んだ。
モスマンの大繁殖と襲撃が以前発生した時には、公国軍を動かして事なきを得たものの、莫大な軍費を使い、決して無視できない被害を産んだ。
たくさんの兵士や騎士が毒に倒れ、生き残ったとしても戦場に立つことは出来なくなったし、すでに『汚染』された土地は立ち入るだけで体を壊す危険な場所へと変じた。
さらに恐ろしいことにその『毒』を好む魔物までいつの間にか住みつき、モスマンの発生地に近い村がいくつか捨てられることになったほどである。
それは、野蛮で残虐なれどまだ人間同士の理屈が通用する魔族を従える帝国とは違う、理性なき魔物の脅威として、公王の記憶にも苦いものとして残っている出来事であった。
捨て置けば今回もまた多くの悲劇を生むだろう。だが軍を動かして討伐すればまた無視できない被害を産む。
どちらも防ぐ良い方策は無いものかと宮中の賢者たちに尋ねた公王に、一人だけ、妙案を出したものがいた。
モスマンは蟲の魔物故に、寒さに弱い。成体ならともかく、まだ孵らぬ卵や幼生ならば全てが凍てつくような冷気を浴びれば死に絶えるだろう。
幸いそれだけの冷気を産むものにも心当たりがある。はるか西の大陸の北端。
エルフの古い魔法の暴走で永遠に雪と氷に覆われた呪われた地と彼の森を繋げてしまえばいい。
二つの場所を繋げる類の転移の魔術ならば、大賢者アルトリウスに学んだ自分が詳しく知っている、と。
……問題は『彼女』が本来は国政に口出しできない立場にいる存在だったことである。
公王の姉にして大賢者アルトリウスの弟子である『公国の魔女姫』ヴィクトリア。
前王と王妃というれっきとした人間の両親を持ちながらハーフエルフとして生まれてきた取替子である。
現在は公国に戻って城の一角にある塔の研究室に籠り、王族にしてはずいぶん質素な生活費と研究費の対価として、
時折『研究の成果』を持ってくるだけの、隠者のような生活を送っている彼女が、初めて国の大事に動いたのである。
公王としては、ヴィクトリアの実力は信頼している。父と母がこの世を去った今では誰よりも近い家族なのだから。
天賦の才と良き師、そして長い長い若さを持ち、自分では考え付きもしないような魔術を使う姉上の言うことならば間違いないだろうと。
だが、公王一人の独断ですべてを動かせるほど、公国の歴史と伝統、そしてなにより古王国を滅ぼしたハーフエルフへの恨みは軽くない。
それがどんな案であったとしても、簡単に受け入れることはできない。
……かくして、妥協案が出されたのである。
*
(まさか、こんな形で再会することになるなんて)
女性ながら公国の宮廷魔術師の一人に名を連ねるロレッタは、砦に向かう馬車の中でおよそ二十年ぶりに会う幼馴染を見て思った。
彼女は美しい銀髪を三つ編みに結い、エルフの強力な魔術を染み込ませたローブを着込み、面倒な耳が見えないように耳が隠れるような髪型にしたうえで目深に帽子を被っている。
見た目はロレッタの娘より少し若いくらい、ちょうど成人したばかりの内気な少女くらいに見える。
だが、彼女が何者であるかを表すのは、帽子と髪の奥に隠された、人間より少しだけ尖った特徴的な耳。
……ロレッタの幼馴染。乳兄弟であった公王の姉であるヴィクトリアである。
(公王様直々のお願いだから何かと思えば……)
ロレッタは公国においては代々の宮廷魔術師を輩出してきた家系の生まれであり、貴族であると同時に魔術師であった。
成人し、一人前の宮廷魔術師と認められてからは、魔術の研鑽をしつつも、娘である自分しか残らなかった家を継ぐために結婚し、夫と子を成した。
その後は、研究と仕事に子供たちに魔術を教えてと忙しかったこともあってずっと疎遠になっていた。
そんなロレッタに、幼馴染でもある公王直々にお呼びがかかったのは、一つの依頼のため。
―――国境付近に発生した公国を狙うモスマンの群れを、全てが凍てつく吹雪で殲滅せよ。
そのために魔術師たちをまとめ、大掛かりな魔術を準備する責任者としては、栄えある公国の女宮廷魔術師ロゼッタ・フェイストン。
……そして、その魔術の行使を助けるために雇われたのが公国で活動する流浪の冒険者『プリン』
身元は定かならぬが極めて高い実力を持つ魔術師、ということになっている。
あくまで今回の責任者はロレッタであり、その手伝いであるプリンからは相応の金銭を対価に手柄を全て買い上げることで話がついている。
つい先ほど『プリン』を紹介されたロレッタにとっては二重の意味で茶番である。
成し遂げた成果と報酬はすべてロレッタのものとなり、公的な記録にもそう残る、らしい。
一連の事件に『ヴィクトリア』がかかわった記録を残さないために。
家のことを思えば名誉だし、ロレッタでも知らない強力な転移魔術について知ることができるのは大歓迎だが、そのために幼馴染が利用されるだけ、というのはいただけない。
(あなたは、それでいいの?ヴィクトリア)
馬車に揺られながら自分がまだ何も知らぬ少女だったころを思い出させるヴィクトリアを見ていると思わずそんなことを言ってしまいそうになる。
元がヴィクトリア自身の発案らしいので、本人は納得しているはずなのだが。
ヴィクトリアは成人したころから公式の場に姿を見せなくなった。
ロレッタとて前に顔を合わせたのは二十年以上前、自らの子供が生まれてすらいなかったころだ。
それからは、当時の宮廷魔術師長から魔術を習って一年で宮廷魔術師長を上回る魔術の腕前を見せたとか、王国の大賢者アルトリウスの弟子になったとか、そういう噂は知っている。
恐らくは今のヴィクトリアは魔術師全体で見れば優秀でも宮廷魔術師としては並の才覚であるロレッタよりもはるかに優れた魔術師なのだろう。
だが、その見た目は、成人の直前に会った、記憶にある少女の姿のまま。
最近何かと反抗的な己の娘を思い出す姿で、それが、悪い大人にいいように使われる子供のように見えてしまう。
……かつての幼馴染を見てそう感じるのもまた、己が歳を取った証拠のように思えて少し嫌なのだが。
「ねえ……ヴィ、プリンさん」
「ヴィクトリアでいい。ロレッタは、ずっとそう呼んでいたでしょ」
ロレッタの言葉に、ヴィクトリアは少しだけ不機嫌そうに、言葉を返してきた。
それは、もっと幼いころ、まるで男の子のように元気だったことを思い出させる、いたずらっ子のような顔。
「……そうね。じゃあ、ヴィクトリア、元気だった?怪我とか、病気とかしてない?」
ああ、この子は確かにあの、自分が知っているヴィクトリアなのだ。
そう悟ったロレッタは自然と表情が緩んだ。
「うん。子供作れないのは少し寂しいけど、甥っ子と姪っ子は可愛いし、魔術の研究は面白いし、充実してるんだと思う。ロレッタ、貴女は?」
「私も、多分充実してるのだとは思うわ。夫は優しいし、子供たちも少しは魔術が使えるようになってきたもの。まあ、面倒なことも多いけどね」
「そうなの?」
「そうよ。貴族で、宮廷魔術師で、母親だもの。面倒なことだらけ」
「……そっか。そういうもの?」
「そうよ。どこも一緒、そうそう楽しいだけってないのよ。今回みたいなこともあるしね」
お互いため息をついて、それから噴き出す。
そして、砦にたどり着くまでの間ずっと、話をし続けた。お互いの間にできた二十年分の溝を埋めるように。
*
砦にたどり着き、砦の責任者であるまだ若い騎士(何故かヴィクトリアの仮の名前を聞いて「んなっ!?」と驚いた声を上げていた)との顔合わせを済ませた後、二人は作戦会議室で詳細を詰めることになった。
「まずモスマンの巣がここ。それで砦がここ……南にエルフの村があるみたいね」
「となるとそこを巻き込むと面倒。となると魔法陣を仕掛ける場所は……この辺?」
魔法陣を媒介にした魔術は効果時間も威力もけた違いに跳ね上がる。今回のように魔物の巣一つ叩き潰すようなときには非常に有効である。
「分かってはいたけど、ずいぶん複雑な陣ね。この砦付きの魔術師にも力を借りるとして、書き上げるまでに襲われないように護衛も頼む必要があるわね」
「その辺は私にはよくわからないから、任せる。師匠なら魔力で勝手に書き上げてあっという間に発動まで持ってけるんだけど」
ヴィクトリアが済まなそうに言うが、そんな芸当ができるのはエルフか、伝説の賢者くらいである。
高位の魔術ほどそれに比例して複雑かつ巨大なものとなる。ヴィクトリアの事前に用意してきた設計図を見るに、魔法陣の大きさは小さな泉ほどもあるらしい。
ある程度以上の魔力あるものでないと書けない上に細かい部分も多く、これらを書き上げるのには数日かかるだろう。
「無いものは欲しがってもしょうがないわ。砦にも数人、軍の魔術師がいるみたいだから彼らにも手伝わせましょ」
「うん。そういうのはよくわからないから……任せる」
魔術のことは大抵の魔術師より詳しいが、そういう政治や軍事に関しての知識はヴィクトリアには殆どない。
多分、弟もその辺を見越して、知己の仲であると同時に宮廷魔術師として公国の政治や軍事にも関わってきたロレッタをお供につけてくれたんだろう。
そう思い、ヴィクトリアは
そうして細かいところを詰めつつ、内心でロレッタは驚いていた。
(やっぱり、天賦の才があったのね……)
ヴィクトリアの仕上げてきた魔術に関する説明は、宮廷魔術師として公国でも最高の教育を受けたロレッタでも完全に理解するのは難しいものだった。
説明が正しいことはなんとなくわかるのだが、そこに至るまでの理論が、己の常識を超えているのだ。
斬新かつ複雑な大賢者の理論。それを理解した弟子であり、大陸全土で見ても屈指の魔術師、公国の魔女姫。
ロレッタはヴィクトリアがそう呼ばれるに足るだけの実力を有していることを改めてかみしめる。
(それであと百年以上も若いままで研究を推し進めるわけか……)
なるほど、ハーフエルフが魔術師の間でも羨望と嫉妬混じりの感情で見られるわけだと、ロレッタは実感する。
二重の意味で、追いつけないのだと。
「……この魔法陣がつながるっていう西の大陸の北端なんて、どこで知ったの?やはりアルトリウス様の知識?」
「それもあるけど……実際行ってきた。ものすごく寒かったし、死ぬかと思ったけど」
内心に湧き上がってきた嫉妬の感情を打ち払うように尋ねると、何故かヴィクトリアは顔をしかめて言う。
どうやら、思い出したくない類の記憶のようだ。
「え?」
「西の大陸は、エルフの古い遺産が手つかずでたくさん残ってて、それを見に行ったの。師匠の転移魔法で砂の国に行って、そのまま北の果てまで旅したわ」
そんな馬鹿な。そう思ったが、思い直す。
大賢者アルトリウスは若いころ、四英雄の一人として当時はまだ何人もいた魔王を討ち果たすために仲間たちと世界のあらゆる場所を旅したと言われている。
それを可能にしたのが、アルトリウスが復活させた転移魔術だと聞いたこともある。
「そ、そうなのね……じゃあ他にも色々見て回ったの?」
「うん。東大陸だと、帝国の南の湿地帯に、死者の都に、赤竜山脈にも行った。
とても危険な場所だから、師匠がいないときには行くなって言われてるけど」
……おまけにどうやら友人はこの十年で自分が思いもよらぬ大冒険をしていたらしい。
「……あとで、詳しく話を聞かせてもらえるかしら?」
「もちろん」
ロレッタの言葉に快く頷いたその時だった。
コンコン、と扉をたたく音がした。
「あー、済まない。プリン殿……一つ店主に頼まれてな。渡すものがある。少し、よいか?」
扉の向こうから少しだけ聞き覚えがある男の声がする。
(確か……ああ、そうだわ。この砦を任されてる……ハインリヒ、だったかしら?)
この砦に来た時に挨拶を交わした、まだ若い騎士だったはず。
何か、事態が変わった……にしては落ち着いてる気がする。
「開けていい?」
「ええ」
ヴィクトリアの確認にうなずくと、ヴィクトリアがいそいそと扉を開いた。
そこには予想通り、金髪の若い騎士であるハインリヒが、何やら白い箱を抱えて立っていた。
「えー。あー、プリン殿。まさかお前が助けに来てくれるとは思わなかった。感謝する。これは、礼の品だ。季節限定?らしい。店主に聞いたらこれがいいだろうと」
それはどうやらヴィクトリアへの贈り物、らしい。あまりこの手のことに慣れていないのか、少しぎこちない。
(あらあら……ヴィクトリアも隅に置けないわね)
つまりこのハインリヒなる騎士は、どういう経緯か、魔術師プリンの知り合いのようだ。
「生菓子なので早めに食べてくれと言うことだ」
「分かってる。ありがとう」
だが、ぶっきらぼうに差し出された箱を受け取るヴィクトリアは、笑顔。
「……うむ。まあ、確かに届けたぞ。ではな」
それを見てハインリヒは照れたのか、少し顔を赤くして扉をしめ、足音を鳴らして去っていく。
「……で、それはなんなの?」
それが聞こえなくなるのを待ってから、ロレッタはヴィクトリアに尋ねると。
「店主のおすすめならばプリン。卵のお菓子。とても、とても美味しい」
箱の中身を早速とばかりにのぞいていたヴィクトリアが答え、そしてちょっと考えて、言葉を続ける。
「……今日は、冬の箱を持ってきていないから、一緒に食べない?ロレッタ」
*
何で出来ているのか、羽の生えた犬の魔物が描かれた妙に白い箱。
うっすらと冷気を漂わせているそれの中に『プリン』なるお菓子が入っている、らしい。
(というかプリンって……)
そう思いながら今は流浪の冒険者魔術師『プリン』という偽名を名乗っている友人を見る。
公国の言葉にプリンなる言葉はないので適当につけただけだと思っていたが、どうやら出どころは、ここだったようだ。
「まさかエビ……ハインリヒがこういうところに気が回せるとは思わなかった」
そして、先ほどのやり取りを見るにヴィクトリアとハインリヒは顔見知り、くらいの関係ではあるようだ。
まだ二十代であり城に上がることも滅多にないであろう若い騎士と、表には出てこないもうすぐ四十歳の姫君にどこでそんな接点ができたのかは分からないが。
そんなことを考えているロレッタの前で、丁寧に箱が開かれる。
「美味しいんだよ。プリン」
箱の中には、透明なガラス瓶が二つに、よくわからない白いもの。そして、何やら見たこともない素材に入ったなにか、が見える。
言葉からして、硝子瓶に入っているのが、プリンという食べ物だろう。
そんな風に思うロレッタに、ヴィクトリアが何かを手渡してくる。
「これは……匙?何で出来てるのこれ」
自然に受け取り、魔術師の癖でどんなものかを観察しだしたロレッタが、首を傾げた。
あのプリンという菓子を食べるための匙であるのは分かる。ずいぶんと小ぶりに作られたそれは、あの小さな瓶から中身を掬い上げるにはちょうどいい大きさだ。
だが、何で出来ているのかは全く分からない。
(この透明さは硝子、水晶……でもそれならもっと冷たいはずだわ)
匙の向こうが透けるを通り越して完全に見えるほどの透明さを持ちながら、その匙は硝子や水晶のような重さや冷たさを感じさせることはない。
むしろ木でできた匙よりもはるかに軽い。少なくともロレッタの知識に似たようなものはなかった。
「……これ、何で出来ているの?」
「分からない。前に師匠が店主に聞いたら、プラスチックで出来ているって言ってたらしいけど」
……聞いたことのない物質だった。
困惑を深めるロレッタに対して、ちょっとおかし気に笑いながら、ヴィクトリアは本日のメインを取り出す。
硝子瓶に入った、。
「それこれが、プリン……秋の季節限定なら、多分モンブランプリン」
ヴィクトリアが愛してやまぬ菓子を友人に渡す。
「プリン?」
それは確か、ヴィクトリアの偽名ではなかったか?
そう思わず受け取る。
(初めて見る食べ物だわ……)
透明なガラス瓶に詰められたそれは、横から見れば奇麗に層が分かれているのが分かった。
瓶の底には真っ黒、その上の黄色い部分が瓶の大半を占め、さらにその上には茶色の何かが乗せられている。
(普通に美味しそうに食べてるわね……)
ヴィクトリアの様子を見るに、食べても大丈夫なのは間違いないだろう。
ヴィクトリアはとても、とても美味しそうに食べている。
それを見ていると、自然と食欲がわいた。
(せっかくだもの。いただきましょうか)
元より世の理を解き明かさんとする魔術師は、好奇心が豊富なものだ。
ロレッタとて人並み以上の好奇心は持ち合わせている。
早速、ヴィクトリアに習って瓶を覆っていた紙を取り、蓋を開ける。
(匂いは……特にないわね)
軽く匂いを確認して、上の茶色い部分をひと匙、掬う。
どうやらその下の黄色い部分に乗せられているそれは、何かの木の実が混ぜられているようだ。
さらにその上にはつもりたての新雪のように白いものがまぶされている。
その整えられた形には、確かに本職の料理人がかかわっていることを感じさせた。
(……ん)
ひとしきり観察した後、口へと運ぶと、濃厚なクリームの味が舌の上に広がる。
木の実特有の、少しだけ粉っぽい渋みが混じった甘いクリーム。
普段口にする菓子よりは甘さは弱いが、その分木の実の味がよくわかる。
(ああ。これはマローネね)
その味にどこか既視感を覚えたロレッタは少し考えてマローネだと気づく。
丹念に潰して砂糖を混ぜ込んだのであろうか。なめらかな口当たりで、このクリームだけでも十分に美味だった。
それを十分に味わった後、その下の部分、黄色い部分へと手を付ける。
(不思議な感触ね)
黄色い部分は、卵と、乳だろうか。液状でこそないもののとても柔らかく、簡単に崩れる。
金属や木の匙と比べても脆そうなプラスチックの匙がずぶずぶと潜り込んでいく。
それで今度は黄色い部分を掬い上げて、口へと運ぶ。
(ん。柔らかくて、冷たくて……甘さは控えめかしら)
食べてみて、舌の上で吟味する。
甘味が強めで、しっかりとしている。噛むまでもなく勝手に口の中で崩れていくほどの柔らかさは、癖になりそうだ。
(材料は、卵、乳、砂糖。これに香りづけの香料に……すり潰したマローネを加えている感じね)
なるほど、材料は分かった。そういえば最近宮廷料理には『公子様のお気に入り』などと呼ばれる卵菓子があるというが、それだろうか?
出どころにも、心当たりは、ある。
「……プリン部分はそれだけでも美味だけどモンブランプリンなら上のクリームと一緒に食べると美味しい。
あと、下のカラメルはその後」
……ことプリンなるお菓子については先達であるヴィクトリアの言葉に従い、今度はひと匙の上にプリンと、プリンの上を飾るクリームを乗せ、口に運ぶ。
「……まあ。ずいぶんと印象が変わるのね」
それだけで先ほど食べた双方の良さが引き出されたことに感動すら覚える。
ほんの少しだけ渋みがある甘さを抑えたクリームを、柔らかな卵の風味と甘さをもつ菓子が受け止める。
そうすると不思議とマローネの風味も、プリンに使われている香草の甘い香りも広がるのだ。
同時に二つのものを食べさせる菓子。それも瓶詰め。
(本当に、不思議なお菓子)
そう思いながら、手を止めず、匙がプリンの中身を掘り進み、底にあたった。
「あら……奥から黒いものが……」
匙がプリンを突き破った瞬間、その切れ目から黒みが強い茶色い汁が湧き上がってくる。
突き破ってできた穴から染み出すようにあふれた黒い汁が底の部分を染めていく。
(この底の部分の汁、一体どんなものかしら……?)
ロレッタは匙の先端を汁につけ、その汁を舐めてみる。
その汁は砂糖をベースにしたらしく、今までのものの中では特に甘味が強い。だが、隠しようもなくわずかな苦みを含んでいる。
(甘いのに、苦い……?もしかして、砂糖の汁を焦がしたもの?)
少し考えて、ロレッタは正解を引き当てた。
普通のお菓子だと失敗作といわれてもおかしくないもの。だが。
(意外と美味しいわね……プリンともあう)
優しい甘味しか持たないプリンと合わせると、その砂糖の汁はまた別の魅力を見せた。
プリンの柔らかな風味が茶色い汁の強い甘味を抑えて、茶色い汁の強い甘さのおかげでプリンの持つ風味も強調される。
この茶色い汁とプリンはとても相性がいいのだ。
「どうだった……?」
食べ終えたところで、食べ終えてずっと自分を見ていたらしいヴィクトリアと目が合い、ロレッタは苦笑する。
その目に宿るのは、美味しいと思ってくれているであろうという信頼と、受け入れられなかったら、という不安。
「美味しかったわよ。とてもね」
だから、ロレッタは正直に答え。
「よかった。ロレッタならきっとわかると思ってたけど、その通りだった」
ヴィクトリアが安堵の笑みを見せる。
そんなヴィクトリアの、これからを不安に思わぬ笑顔に。
(モスマンの退治はきっとうまく行くわね)
そんな確信を、ロレッタは抱いた。
今日はここまで




