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さつま揚げ

・一応ファンタジーです。

・剣も魔法も存在しますが、あまり活躍はしません。

・店主は普通のおっさんです。料理以外できません。

・訪れる客は毎回変わります。ただしたまに常連となる客もいます。

・メニューに無い料理については、黒髪の店員に確認ください。


以上のことに注意して、お楽しみいただけると幸いです。

王国と帝国の国境に近い砦と、砦を守る兵士を当て込んで集まった商人が作った、小さな街。

いつ襲ってくるか分からぬ野蛮で強大な帝国との国境を見張ると言う大事な仕事がある兵士がいる関係上、夜中まで起きているものがいるこの街には夜遅くまでやっている飲み屋が集まった飲み屋街がある。

ランプや松明を燃やして得られる薄暗い明かりに照らされた、石畳の無い荒い道とそこを行き交う人々は他の街であれば誰もが寝静まる時間まで騒がしく飲み食いをするために歩き回る。そんな場所である。

そんな街であるから、この街の子供には砦の兵士を父親に持つものが多い。

彼らの多くは普段は砦の中に部屋を与えられて任務に勤しむ父親とは別々の住まいで母親と暮らす。

大抵は父親が誰かなんて気にもせずに大人になっていく。

酷いときには家に出入りする何人かの男のどれかが父親だろうとしか分からないなんてことも珍しくは無いくらいなのだ。

だが、そんな子供たちも時に、父親と暮らさなくてはならないときが来ることもある。

……母親を失ったときである。


そんな砦を守る兵士を父親に持つ少年、ライナーは今日は非番だと言う父親、パウロに手を引かれ昼の街を歩いていた。

「父ちゃん、どこに行くんだい?」

ごつごつとした手をしっかりと繋ぎながら尋ねるライナーには、少し緊張がある。

ずっと二人で暮らしてきた母親が病気で死に、行くところを失ったライナーが父親だと言うパウロに引き取られて、まだ一月程度だ。

それに日中は砦で食わせてやるだけありがたく思えと子供でもしっかりと雑用をさせられるし、

住まいらしい住まいは下っ端兵士に割り当てられる狭い部屋の中だけで、

だからこそこうして見慣れた街でも外に出られたのは嬉しいが、

それでも余り付き合いの無い父親と二人きりと言うのは、正直どうすればよいか分からなかった。

「父ちゃん、オレは腹減ったよ……あそこのダンシャクでイイから食わせてくれよ」

「まだだ。もうちょい待て」

貧乏人向けに茹でたダンシャクの実を商う屋台を指差して言うライナーにパウロは首を振る。

「何だよ、約束ちげーじゃんか……」

そんなパウロの様子に思わず不満気につぶやく。

昼前、朝飯として配給されたカチカチのパン一つと薄いスープで足りるわけも無く腹を減らしていたライナーに、出かける準備をしたパウロはこう言ったのだ。


―――おう、いいところに連れてってやる。美味いメシ食わせてやるから付いて来い。

どうせロクなもん食ってねーのは、分かる。


まだまだ日は高いのにすきっ腹を抱えてじっとしてるのも、砦の下働きにこき使われるのも嫌だったライナーはパウロの誘いに乗り、手を繋いで出かけることにしたのだ。

「まあ待て。今から行く場所はな、メシ屋なんだ。だからあんな帝国のダンシャクなんぞで腹を膨らましちゃあ後悔するぞ……ほれ、こっちだ」

そう言いながらパウロはライナーを抱え上げ、肩に乗せる。

そのまま裏路地に入り、ごちゃごちゃと入り組んだ道を抜け……

「父ちゃん、なんだよありゃあ?」

街の中にぽっかりと空いた空き地。

そこの中央にどんと、猫の絵が書かれた看板が下がった、黒い扉が置かれていた。

「おう、あの扉こそがお前を連れてこようと思った場所だ。見回りの最中に偶然見つけてな」

鼻歌交じりにパウロは扉の前に立つ。

まだまだ子供のライナーにとってはとてつもなく大きく見える立派な扉だ。

よく磨かれた黒い木の扉に、猫の絵が書かれた看板。

そこにはなにやら文字が書かれているが、文字が読めないライナーにはなんて書いてあるかは分からない。

「父ちゃん、これなんて書いてあるんだ?」

肩車をしたままの息子の疑問に、兵士の教育の中で一応文字が読めるところまでは教えてもらったパウロは得意げに答える。

「ああこれはな、こう書いてあんだよ……異世界料理のねこや、ってな」

そう言いながらひんやりと冷たい金色の取っ手に手を掛け、扉を開く。


チリンチリンと鈴の音が鳴り、扉が開く。


扉を開けた瞬間、妙に明るい部屋に出た。

そこには繁盛している酒場くらいの数の人間に、魔族やドワーフ、それから明らかに魔物の類にしか見えない異形のものたちが好き勝手に見たことも無い料理を食べている。

「な、なんだよここ……」

肩車されて遠くまで見えるライナーは首をすくめてきょろきょろと部屋の中を見る。

「いらっしゃいませ」

「あ、いらっしゃい」

そんなことをしていると恐らくこの店の女給なのであろう二人の大人の女がパウロとライナーに挨拶をしてくる。

金色の髪に黒い巻き角が生えた魔族の娘と、黒髪でちょっと変わった顔立ちをした人間の娘だ。

「お席にご案内しますね」

そのうちの一人、金髪の魔族の少女の方がパウロににこやかに話しかける。

「っしゃ、そろそろ降りろ」

そう言いながらパウロはライナーを下に下ろし、二人して席に案内される。


窓一つ無い室内なのに妙に明るい部屋に、すわり心地の良い椅子。

片隅にいろんなビンが並んだ、よく磨かれたテーブル。

そんな珍しいものに気を取られている間にパウロはさっさと案内してきた娘に注文を済ませてしまう。

「俺にはビールを。それからアイツには何か、アザルの汁でも出してやってくれ。それと、この前と同じサツマーゲを山盛りで頼む」

「はい。少々お待ちください」

メニューには載ってない料理だったが、頼んでみたら出てきた料理を注文する。

油で揚げた魚や焼いた魚も美味いが、今回は息子にあれを食わせるために連れてきたのだ。

「父ちゃん、サツマーゲってなんだ?」

「おう、ちょいと変わった、魚料理だ。うめえぞ」

物珍しげに店の中を見ていたライナーがパウロの頼んだ聞いたことが無い料理に興味を示して尋ねてきたライナーに、パウロはちょっと胸をはって答えてやる。

「さかなぁ? ……げぇ」

そんなパウロの言葉を聞いたとたん、ライナーはあからさまに嫌そうな顔をしてみせた。

子供の頃は海のある町で育ったパウロと違い海の遠い国境の街で生まれ育ったライナーにとって、魚なんてほとんど見たことがない代物だったし食べたいとも思わなかった。

一度パウロが行商人が持ってきたと言う干した魚を買ってライナーに食わせたことがある。

だが、パウロは懐かしいと言いながら美味そうに食っていたが、そのとき食べた魚とかいうものは、

ライナーにとっては変な匂いはするわ妙に塩辛くて硬いわで、全然おいしいとは思わなかったのだ。

「おれ、いらねえ。何か別のもん食わせてくれよ、父ちゃん」

そんな子供らしい正直な言葉を返してくる息子にパウロは笑みを深めて応えてみせる。

「まあ待て。まずは食ってみてからだ」

そして、待つことしばし。

「お待たせ。注文頂いたビールにりんごジュース、それとさつま揚げをお持ちしました」

先ほどとは違う給仕が料理を運んでくる。

黄緑色の刻んだ野菜と、赤いものが混じった、薄い黄色を帯びた白い何かが入った白い器。

それらに囲まれてフォークで取りやすいようにか茶色くて丸いものがじゅうじゅうと音を立てて山盛りにされていた。

その料理を卓の真ん中に置き、それから何も乗っていない小さな皿と卓の上に置かれたビンの一つを手に取りことりと置く。

「しょうゆはお好みでどうぞ。あ、それと七味マヨはちょっと辛いんで、そちらのお子さんは気をつけてくださいね……それじゃ、ごゆっくり」

それだけ告げるとゆっくりと、さつま揚げに目を付けたらしいドワーフたちが陣取っている別の席に注文を取りに行く。

「さてと、熱いうちに食うとするか」

まだよく分からないもののようにサツマーゲを見ているライナーのためにもまずは食って見せる必要がある。

そう思いつつ銀色のフォークを手に取り、てじかな一つにぐさりと刺して見せる。

(まったく『魚っぽくない魚料理をくれ』といったらこれが出て来るんだもんな)

前に故郷の干物を食わせてから、魚を不味いと思ってるのが悔しいと言ったら、ここの店主が考えて出してきたのがこの料理だった。

何でも先代の店主が時々作っていたらしい。

(最初はまあ……何もなし、だな)

大口を開けて、かぶりつく。

じゅわりと熱い油の混じった柔らかなサツマーゲがぷつりと歯で切れて、汁気が出てくる。

魚の風味はあるが、魚の独特の匂いはほとんどしない、ほんのり硬くてこんがりと焦げた風味のある茶色い皮の部分と、

中の白くてほんのりと塩気と甘みを帯びた味が口の中に広がる。

(ああ、うめえ)

その味に思わず顔を綻ばせながら、ビールを煽る。

ピリッと苦いビールがサツマーゲの風味をのどに押し込んでいく。

その喉越しを充分堪能したあと、パウロは満足げに息を吐いた。


ごくりと唾を飲むライナーをあえて気にせず、二つ目。

今度はどぷりと赤いものが混じった白いマヨネーズにつける。

粘り気のあるマヨネーズがサツマーゲを白く染め上げて、半分食う。

(くぅ~、やっぱうめえなこれ!)

まだまだ熱々のサツマーゲにほんのりと柔らかなマヨネーズの酸味に、その中に混ぜられた赤いものの辛さ。

それがまた美味い。

そうして一口かじった後に、今度は残ったものを皿に置いて、付け合せの葉野菜を皿に取り、黒いショーユと言う調味料を垂らす。

塩気が強いこのショーユは掛けすぎると味のバランスが崩れるが、少量だとグッと味を引き締める。

それから、口に運ぶ。熱々のサツマーゲに、しゃきしゃきと歯ごたえが心地よい葉野菜。

この組み合わせにビールは、最強だった。

「あっつ!? ……けど、ふめえ」

美味そうに食うパウロに我慢できなくなったライナーもいつしかフォークを手に取り手を伸ばしていた。

躊躇したのは最初の一口だけ。

それさえ過ぎれば後はパウロと争うように食べていた。

「どうだ! うめえだろ!? ……おーいこっち、サツマーゲ追加で」

その様子に大笑いしながらパウロは追加のサツマーゲを注文するのだった。


昼下がり。

またもとの空き地に戻ってきた二人は、同時に満足そうに息を吐いた。

「美味かったろ?」

扉が消えた後、パウロはライナーに聞くと、ライナーは一つ頷いて見せた。

「あれならまた食いに行ってやってもいいよ……」

「おうともよ。任せとけ……」

そう言いながら、パウロは未来に思いをはせる。

長年やってきた国境守りの兵士暮らしは、もうすぐ終えるつもりだ。

いくらなんでも、この街の兵士のままでは子供を育てるのは、無理だ。

(まああっちに帰って親父の手伝いでもすりゃあ暮らしてけんだろ……それでいいよな、ライナ?)

そうしたら毎日魚を、あんな腐りかけの干物じゃない、あの店で出てくるようなとれたての本物の魚を食う暮らしだ。

そう思いながら、パウロは肩に乗ったまだまだ軽い息子との暮らしについて考えるのであった。

今日はここまで。

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