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また、今度

 混乱している間に少し大きな道に出ると、明らかに騎士とわかる男性達が駆け寄ってくる。

「向こうの路地の奥に男が三人いる。全員、逃がすな」


「コレット!」

 数名の騎士が礼と共に路地に入るのを見送る間もなく、絶叫と共に背後から何かに抱きしめられた。


「心配したのですよ! 迷子はその場から動いてはいけません!」

 アナベルはぎゅうぎゅうと締め上げるように抱きしめたかと思うと、コレットの顔に視線を向けて目を見開いた。


「か、顔に! コレットの天使の顔に傷が、血がっ⁉」

 額に手を当てて倒れそうになったかと思うと、アナベルはコレットに縋りついて立ちながら路地を睨みつける。


「あの路地の奥に、犯人がいるのですね……?」

 呪い殺しそうな低い声と見たことのない無表情に、コレットは慌ててアナベルの手を握る。


「大丈夫、これは自分でペーパーナイフを刺しただけだから」

「なるほど。それだけコレットを追い詰めたのですね……?」

 落ち着けようと思ったのに、火に油を注いでしまった。


 どう考えても生粋のお嬢様であるアナベルに何かできるとは思えないが、先程のエリクのこともある。

 もしかすると貴族や王族というものは、護身術の類を極めているのかもしれない。

 アナベルが男性を殴り倒す様など想像できないし見たくないコレットは、とにかく気を逸らそうと抱き着いた。


「は、早く邸に帰りたいなあ!」

 棒読みもいいところではあったが、アナベルには効果抜群。

 和らいだ表情と共にコレットを抱きしめると、何度も頭を撫でる。



「殿下、ご協力ありがとうございました。妹もこう言っておりますし、今日は休ませてあげたいので失礼致しますね」

「ああ、構わない」


 返事をするエリクは顔を背けているが、また頭がプルプルと揺れているということは、こちらを向こうとしているのかもしれない。

 どうやらアナベルが王宮で知らせを受けてエリクを巻き込んだらしいし、きっと迷惑行為に怒っているのだろう。


 一国の王子が迷子捜索に駆り出されたとなれば、それは不機嫌にもなるというものだ。

 首を寝違えているみたいなので、より一層面倒くさかったはずだ。

 どうせ読まないだろうが、邸に戻ったら謝罪と感謝の手紙を出そう。


 それにしても興味を失って捨てられるのはわかっていたが、最後に迷惑をかけて嫌われるとは。

 ……まあ、どうせ会わないのだから同じことか。


 だが、頭を下げて立ち去ろうとするコレットの手を、エリクが掴む。

 歯を食いしばって力を入れながらこちらを向き、戻ろうとする頭を必死な様子で抑えているように見える。

 その額にはうっすらと汗がにじんでいて、どれだけ力を入れているのか察することができた。


「……何か用?」


 コレットをわざわざ探し出して、攫おうとしていた男性達から助けてくれた相手に言う言葉ではない。

 そうは思うのだが、あまりにもエリクの表情と行動がおかしくて、何がしたいのかわからない。

 エリクは何度も何かを言いかけてはやめるのを繰り返し、やがて深いため息をついた。


「いや……また、今度」

「え? あ、うん……?」


 よくわからないままうなずくと、エリクの表情が少し和らぎ、同時に頭がぐいんと風を切って横を向く。

 寝違えているにしても、あのままでは首がもげそうで少し心配である。




「コレット、痛みますか?」


 シャルダン邸に戻って何度目かわからない言葉と共に、アナベルが泣きそうになりながらコレットの頬のガーゼを撫でる。

 確かに出血したとはいえすぐに止まったし、傷自体も小さいし浅い。

 そんなに心配しなくてもいいと何度も伝えるのだが、アナベルにはまったく効果がなかった。


「殿下にお声をかけて手伝っていただかなければ、この傷では済まなかったのかと思うと…やっぱり、元凶を叩き潰しておかなければ」

 またしてもアナベルの表情が暗黒に染まり始めたので、どうにか話題を変えたい。


「エリク様も駆り出されて災難よね。王子なんだから断れば良かったのに。首を寝違えていたみたいだし」


 一応は最近まで王宮に招待していた手前、さすがに放置するわけにはいかなかったのだろう。

 だったら騎士か使用人でも数人手伝わせれば十分だと思うのだが、そのあたりはエリク本来の優しさなり正義感が働いたのかもしれない。


「首? 殿下はコレットが迷子だと聞いて、騎士が止めるのも聞かずに一目散に王宮を飛び出したのですよ? 最近ちょっと様子が変だと思っていましたが、きっと疲れていたのでしょうね」


「疲れていたから、気晴らしに散歩したってこと?」

 そのついでに迷子のコレットを捕獲したのだろうか。


「嫌ですね。愛ですよ、愛」

「愛」



 それはまた、今一番コレットに縁遠い言葉ではないか。

 女神の魔法が消えた以上、エリクの中に好意は存在しないはず。

 アナベルの要請で探しに来たのは事実らしいが、コレットを見つけても喜んでいるというよりは何だかつらそうだった……主に、首が。


 これはもしかしてなけなしの好意が残っていて、葛藤しながら捜索に参加したということだろうか。

 何だかかわいそうだし、女神の魔法も消えるならスパッと消えてあげればいいものを。


 にこにこと楽しそうなアナベルを見ながら考えていると、扉をノックする音が聞こえる。

 姿を現したトゥーサンはコレットの頬を見て少し眉を顰めると、小さくため息をついた。


「コレット、話があるからこちらに来なさい」


 ……これは、どう考えてもお説教か。

 街に出た上に迷子になり、王子の手まで煩わせた。

 小さいとはいえ顔に傷もつけたし、政略結婚の駒としても使いづらくなったことだろう。


 とりあえず迷惑をかけたことは謝罪して……最悪、今日追い出されることも覚悟しよう。

 コレットは小さくため息をつくと、ソファーから立ち上がった。


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― 新着の感想 ―
[一言] >アナベルが男性を殴り倒す様など想像できないし 意外にも平手打ちすると相手が10mくらい吹っ飛んだりするかもしれない
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