第九十八話 許嫁採用試験
「ごくり……ここが助っ人部の部室なのか?」
学食は毎日利用しているが、地下に降りるのは初めてかもしれない。地下にある部室はマイナー系の部活動が集まっているから、関係者以外は利用する機会がないんだよな。
でも知らなかったとはいえ、助っ人部は実質撫子さんが一人でやっている活動で、臨時サポートメンバーとして菖蒲、茉莉も所属しているらしい。まるで夢のような部活じゃないか。それに加えて葵まで正式に入部したらしいし。アイドルグループでデビューしたら世界的な人気グループになりそう。
「何してるんだみこちん、早く入るぞ」
「ああ、ごめん楽しそうな部活だなと思ってさ」
「ふふ、それならみこちんも入ればいい。うちは兼部OKだからな。ちょうど男子部員が必要だと思っていたところだし」
なるほど、たしかに女子部員だけでは男子の助っ人要請に対応できないよな。活動も多くて月に数回あるかないからしいし、出来る範囲で良いなら入ってみるのも悪くない。
「むう……どうしよう、試合よりもはるかに緊張するんだが」
放課後、助っ人部の部室へ向かう。朝は逃げ出すように部室を飛び出してしまったからな。はっきりいって気まずい。ただ足の調子は絶好調だ。むしろ以前から怪我を誤魔化しながらプレイしてきたこともあって、これまでにないほどの感覚。すぐにでも練習を再開したいところだが、その前に乗り越えなければならない戦いがある。
天津命との対面というか、実質お見合いみたいなものだ。許嫁になるためにお見合いするなんておかしな話だが、こちらはお願いする立場だ。どうしても緊張してしまう。
それにしても許嫁か……どうしてもあの最悪なお見合いを思い出してしまうな……。
昔から男は苦手だった。できるだけ接触や交流は避けてきたし、サッカーに打ち込んでいる間は、余計なことを考えずに済んだから良かったが。
今になってそのツケを払わされる気分だ。何を話したらいいのか皆目わからない。
「姫奈先輩、お待ちしておりました」
部室の前で待っていたのは、あの銀髪の美少女……星川さん。朝も思ったが、なんという非現実的な可憐さなのだろう。きっと男の人はこういう子が好きなんだろうな。彼女と比べると自分がデコボコなジャガイモに思えてきて軽くへこむ。
「中で命さまがお待ちですよ」
上品に微笑む星川さん。か、可愛い……なんて可愛いんだこの子は。ああ部屋に飾りたい。私のお人形コレクションに加えたい。他人に知られたら笑われるだろうが、私は可愛い人形や着せ替えが大好きなのだ。頭の中でついつい着せ替えを妄想してしまう。絶対にお人形のお洋服が似合うはず。
「私の顔に何かついていますか?」
「あ、いや……何でもない。待たせてすまなかったな」
い、いかん……現実逃避している場合じゃなかった。そうか、もう来ているんだな。ここまできたらもう逃げられない。天津命、いざ尋常に勝負。
「はじめまして、天津命です」
「はじめまして。白石姫奈だ」
第一印象は、思ったよりも普通……いや、悪い意味では全然なくて、美少女をたくさん侍らせている石油王みたいなのを想像していたから……そういえば後輩で普通の高校生なんだよな。礼儀正しそうで優しそうだな。男にしてはやや線が細い今風の優男だが……見た目で騙されるほど私は甘くない。
世界を舞台に戦ってきた私だからわかる。この全身からにじみ出るただモノではないオーラ。超一流選手だけが持っているこの感覚……さすがは次期当主ということか……これはとんでもない能力を秘めているのかもしれない。
「いつまで見つめ合っているんだ姫奈先輩?」
「ふえっ!? べ、べべ別に見つめ合っていたわけじゃ……」
いかん、変な声が出た。変なやつと思われていないだろうか?
「え? 採用試験? 聞いていないんだが?」
何でも私が天津命を試験するらしい。いや待ておかしいだろう? 私はもうすでにOKだと伝えてあるはずだが。
「姫奈先輩にも、みこちんの凄さを知ってもらいたいんですよ。納得して許嫁になった方がお互いに良いでしょう?」
ま、まあたしかに形式的なものだとしても、そういうことはあってもいいかもしれない。
「わかった。それで何をすれば良いんだ?」
「PK勝負です」
「……なんだと?」
桜宮撫子……私を舐めているのか? PK成功率100%、PKだけなら男子にも負けたことが無いこの私相手にPK戦だと? もしや天津さんはサッカーが得意だったり?
「天津さんはサッカーの経験があるのか?」
「えっと、体育の授業くらいですね……観戦するのは好きですけど」
おいおい、とんだ素人じゃないか。それとももしやPK職人?
「ちなみにPKは?」
「一度もやったことないですね」
話にならんな。他の事なら形式的に流すことも出来るが、サッカーだけはプライドに賭けて手加減できない。何を考えているんだ桜宮撫子。
「制限時間10分の間、姫奈先輩は何度チャレンジしてもOKです。一度でもゴールを決めることが出来たら、姫奈先輩の勝ち。許嫁にならなくても今後の支援は惜しみません。現役を続ける限り天津家の総力を挙げてサポートすることを約束しましょう」
私の困惑など気にもかけずにルールを説明するんだな桜宮撫子。それより、天津さんも聞いてないよ? って顔をしているが勝手に約束して大丈夫なのか?
まあ悪い話ではないし、どちらに転んでも……というか勝ち以外有り得ないが、許嫁を断る気はさらさらないから私としては一向に構わないが。
「言っておくが……手心を加えるつもりはないぞ?」
「もちろんです。本気でおねがいしますね姫奈先輩」




