第九十六話 勉強に身が入りません
「おはよう諸君」
撫子さんの元気な声に教室がざわめく。
そりゃあそうだろう。ぴったり寄り添い腕を組んで教室に入ったら注目されるに決まってる。
恥ずかしいのと嬉しいのがごちゃ混ぜな気分だけど、撫子さんいきなりどうしたんだろうな?
今まで学校ではイチャイチャどころか、むしろ余所余所しかったぐらいなのに。何か心境の変化でもあったのかな……もしかして、俺、知らずになんかやらかしてたりして。
「じゃあまたな、みこちん」
別れ際、目を閉じる撫子さん。
ま、まさかキスしろと!? いくらなんでもそれは……
しかし、そんなめちゃくちゃ可愛い撫子さんをそのまま放置できるはずもなく。
「じゃあまたあとで」
軽くおでこにキスをして席に着く。絶叫と黄色い悲鳴が上がるがそこは神メンタルで耐え忍ぶ。ふふふ、以前の俺とは違うのだよ。
「おいおい、見せつけてくれるじゃないか命」
直樹がにやにやしながら冷やかしてくる。
直樹のやつ……菫さんのおかげで明らかに精神的余裕があるな。以前なら泣き叫んでいる場面なんだが……まあ幸せなら俺も嬉しいよ。
「おはようございます、命さま」
葵……席に着くなり、こっそりと足を絡ませてくるの止めて!! 好きになっちゃうから。
『……ご主人さま、サンクチュアリでキスしてください』
そっと耳元で囁く葵。なるほど!! サンクチュアリにそんな使い方が!? って駄目だ。これはそんなことのためにある能力じゃないんだ葵。この国を救い、愛する人々を守るために使わなければ……
……キスしましたけどね。
だってこんなに可愛い葵のおねだりを断れる人間がいるだろうか? いやいない。
ちなみにこのサンクチュアリ、接触している相手が許嫁であれば、止まった時間を共有することも出来るようになっている。まさに二人だけの時間。気を付けないとあっという間に時間が過ぎてしまう危険な罠。
「おはようございます~」
みんなの小さなアイドル雅先生。でも、知らないんだろうな……あの白衣の下に隠された凶悪な破壊兵器を。っていうか本当にどうやって隠しているんだろう? 世界の七不思議だよマジで。
「あ、天津くん~。悪いんだけど手伝ってくれます~?」
授業が終わり雅先生と一緒に資料室に向かう。
「ごめんなさいね~。私、背が低いから届かなくて……あそこなんだけど」
なるほど、たしかにあれじゃあ届かないよな。
「わかりました。どれを取れば良いですか?」
「えっと……ちょっと複雑だから、肩車してもらえると嬉しいなあ~」
先生を肩車? ま、まあ仕方ないか。
「わーい、高ーい。すごいわ天津くん。まるで巨人になったような気分よ!!」
大はしゃぎの雅先生なんだけど、先生タイトスカートだし、さらすべな太ももに挟まれているこの状況は思っていた以上にヤバいわけで……。
そして……追い打ちをかけるように頭の上にのしかかる重量物。
なんでやっ? さっきまで全然目立たなかったのに。肩車した途端なぜ急に主張してくるんだ……。
「おかしいなあ……たしかにここにあったはずなんだけど……あ、天津くん、もう少し右お願い」
先生……早く……あまり足を動かさないでください……これ以上はヤバいです……
「あ、あった!! ありがとう天津くん、もう良いわよ~」
ふう……危なかった。
「見つかって良かったですね」
「助かるわ~。こんなこと他の人には頼めないし」
……たしかにそうだよな。
「俺で良ければいつでも手伝いますから」
なんとなく他の先生たちに手伝ってほしくない。これって独占欲……なのかな?
「あら~? だったら毎回お願いしちゃおうかしら~?」
上目づかいで見つめられるとドキッとするな。
「じゃ、じゃあ次の授業があるのでそろそろ行きますね」
「待って、天津くん、ちょっとかがんでくれない?」
まさか、また肩車?
「ちゅっ、お礼のキスですよ~勉強頑張ってね~」
不意打ち気味にキスされてしまった。
こんなことされたら、勉強に身が入らないんですが……?
◇◇◇
「さあたんと召し上がれ」
お昼休みは食堂で葵の作ってきた弁当をみんなで食べる。
クラスは違うけど、撫子さんの親友でいつも一緒にいる菖蒲と茉莉がいるのは不自然ではないし、ゆり姉も幼馴染枠で違和感はないはず。
まあそれ以前に学園の美女勢揃いといったテーブルは注目の的なので、今更何をしても手遅れかもしれないが、美少女を隠すなら美少女の集団の中に。これなら一人二人増えてもバレないんじゃないかとひそかに思ってみたり。
「……じ~」
……どうしよう。隣のテーブルで霧野先輩が、じ~って言いながらこちらを見ている。どうやら仲間に入れて欲しそうだ。でも俺が声をかけるのは変だしな。どうしたものやら。
「霧野先輩、良かったら一緒にどうですか?」
「まあ嬉しいです。お邪魔しますね撫子さん」
ナイスだ撫子さん。撫子さんは生徒会の仕事もしているから、別に誘っても違和感は無い。
こちらのテーブルに来るなり、葵お手製のひだにゃんリュックからお弁当セットをいそいそと取り出す霧野先輩。っていうか、全部ひだにゃんで揃えているんですか!? さすがコアなファンは違うな。
多少強引な展開もありつつも、これで一応予定通り。一度このメンバーでグループを固定してしまえば、これからは一緒に食べていても不思議に思わなくなるだろう。




