第九十二話 楽しい登校
「それじゃあ、みこちん学校でな!!」
撫子さん、葵、茉莉、菖蒲、霧野先輩、ゆり姉は自転車通学だから、ここでお別れ。朝練組に付き合って早めに登校するらしい。
「……ちょっと待ってください、霧野先輩」
「うにゃん? どうしたの天津命くん」
危ないところだった。このまま先輩を行かせたら大変なことになっていた。
「ひだにゃんリュックは駄目です」
しれっと、ひだにゃんリュックを背負っている霧野先輩。そしてその背中ですやすや眠っているひだにゃん。
「ええええええええええっ!? な、なんで駄目なんですか!? こんなに可愛いのに」
いや……可愛いのは同意しますけど、そういう問題じゃないです。
「今は寝ているから良いですけど、学校で起きて動き回ったら大騒ぎになりますよ?」
「にゃああ……駄目かにゃあ?」
瞳をウルウルさせながらお願いにゃんこポーズをする霧野先輩。
くっ……可愛い。可愛いが駄目なものは駄目だと言わなければ。
「かすみ、命の言う通りだよ。学校にペットの持ち込みは禁止だから」
ありがとうゆり姉。ひだにゃんはペットじゃあないけどな。
「む~わかりました……残念です」
泣きながらひだにゃんリュックを手渡してくる霧野先輩。う……なんだか可哀そうになって来たな。罪悪感がすごいけどわかってくれて良かった。
「霧野先輩、よろしければ代わりに私が作ったひだにゃんリュック使いますか?」
部屋から手作りのひだにゃんリュックを持ってくる葵。いつの間にそんなものを……
「にゃあああ!! か、可愛い!! 良いの? ありがとう葵ちゃん」
ピョンピョン跳ねて喜ぶ霧野先輩。
葵が裁縫得意なのは知っていたけど、なんというクオリティ……本物のひだにゃんより本物感がある。本物がいるのかどうかは知らんが。
「遅刻しないようにね、天津」
「命さんもどうぞお気をつけて」
さてと、皆も出発したし、俺もそろそろ学校行く準備しないとな。
「あれ? そういえば、すあまとまあすは学校どうしているんだ?」
「学校? 行ってないよ。必要ないし」
まあめちゃくちゃ稼いでいるし、すあまには目的もあるからな。たしかに学校に行っている暇はないだろう。まあすは……寝る子は育つって言うし……良いんじゃないかな。動画の配信もあるし。
「杏と理子ちゃんは……」
「我らはこのお屋敷を守る使命がございますので」
「勝手に巻き込むな……まあ草むしりとひだにゃんの散歩ぐらいはしておくから安心しろ」
おお……なんだこの圧倒的な安心感。ネズミ一匹侵入できない気がする。
草むしりは助かるけど、ひだにゃんって散歩必要?
「じゃあ行ってくるよ」
これだけ人数いるのに結局一人で登校するのは変わらないんだな。ちょっと寂しい。
「お兄さま、ちょっと待った」
「ん? どうした、すあま」
「その……私たちと深い関係になったんだから、お兄さまの力も覚醒しているんだよね?」
ああ、そうかすっかり忘れていたけど、たしかにそうだ。
「もしかしたら、私たちみたいに転移出来るんじゃないの?」
「マジか!?」
言われてみれば確かに可能性は十分ある。はは、なんというチート感。もしそうなら、直樹にマウントを取られる日々も終わりを告げることになるな。
しかもだ……直樹と違って、家が遠いから忘れ物を取って来いと言われる心配も無いから死角なし。
とはいえ……正直今から実証実験している時間はないのが残念過ぎる。
「ねえお兄さま、とりあえずあそこの電柱までやってれば? お手本見せてあげるから」
直線距離で百メートルほど離れたところにある電柱か。
たしかにどうせ失敗したところで、どうせ歩かなきゃならないんだし、リスクは無い。
「悪いなすあま、頼むよ」
「うん。イメージは視点を切り替える感じかな。慣れればいちいち考えなくても出来るようになるけど、最初はね。あそこに自分がいることをしっかりイメージしながら、自分の周りの空間を空気の塊だと思ってみて。なんとなく出来たら、向こうにも空気の塊をイメージして、その間にある空間を一気に繋げる感じ。もう少し距離があって、視認できない場合は、ゴーグルマップみたいな感じで地図上でイメージするの」
説明を終えると同時にすあまの姿が消えて、電柱の下からこちらへ手を振っている。
「なるほど……すあまの転移は経験済みだし、なんとなくイメージは出来る」
俺のサンクチュアリと発動する感覚が似ているのも助かる。よし、やってみるか。
「……転移!!」
視点が切り替わる。よしっ、発動は成功したはず。
「あれ……? 真っ暗だぞ? ここは……?」
「……私のスカートの中よ……お兄さま」
なんてこった……兄としての威厳が……!?
「もうっ!! お兄さまったらエッチなんだから。でもいきなり成功するなんてさすがね」
災い転じて福となすっていうからな。まさに眼福……朝から良いものを見せてもらった。
「じゃあ今度こそ行ってくる」
「いってらっしゃいお兄さま」
「お勤めご苦労様です主殿」
「死ぬなよ……天津命」
『むにゃあむにゃあ……』
皆の個性的な見送りを受けて学校へ出発する。まるで戦場か死地に赴くような微妙な気分だ。
それにしても、ひだにゃん……よく寝ているな。まあ……猫だしな。
さすがにいきなり学校へ転移するのは危険なので、練習を兼ねてショートカットしながら行くつもりだ。
ふふふ、なんだか登校するのが楽しくなってきたぞ。




