第八十九話 女神風呂
……はい? あの……女神さま? それはどういう……
『私も一緒にお風呂に入ってみたかったのよ~!! 命くんたら毎日とっても楽しそうだし、見ているだけじゃつまらないでしょ?』
「は、はあ……」
俺としては結構命がけなんだけど、はたから見たら楽しそうに見えるのだろうか? まあ、楽しくないかと言われれば、間違いなく楽しいことは楽しいけれども。
それにしても……女神さまと入浴? 無事に済むとはとても思えない。
最近少しだけ耐性ができたものの、同じ空間にいるだけで心臓を鷲掴みにされたような感覚になってドキドキが止まらないほど魅力的な女神さまと一緒にお風呂……考えただけで昇天してしまいそうだ。
ん? ここが天界だとしたら、昇天した場合どこに行くのだろうか? どうでもいい心配かもしれないが気になってしまう。
『あははは、心配無用よ命くん。女神の完璧ボディは全然エロくないから。命くんは綺麗な置物や彫像を見て興奮する変態なのかしら?』
な、なるほど……たしかに美しすぎるもの、完璧なものほど他の感情の入り込む余地は無いよな。裸婦像を見ても興奮しないのと同じ理屈か。
女神さまに連れられリビングを出ると、隣の部屋に我が家にそっくりな浴室がある。っていうか傷まで同じところにあるから寸分たがわず同じってこと?
『命くん、早く早く、背中の流しっこしましょう!!』
なんだか可愛いな女神さま。はしゃいでいると少女のように見えてくる。
スルスルと着ているローブを脱ぐと、そこには紛うことなき完璧ボディが……
うん……たしかにエロく……
ちょ、ちょっと待てええええ!!! エッロ!! めっちゃエッロ!! 全然エロくないとか無いわあ……むしろあらゆるエロさをすべて集めて凝縮したような……アカン……これは無理。
『ちょっと命くん? なにジロジロ見てるのよ。ほら早く脱ぎなさい、手伝ってあげるから』
あ、あの、じ、自分で脱げますから!! 今はマズいですって!! うわっ!? 当たってます、当たってますから!!
『ふふふ、馬鹿ね、当ててるのよ』
……死んだ。もう思い残すことは何も……あるけど死んだ。
『あはははは、まさか鼻血ブシューと気絶の合わせ技を見せてくれるなんて素晴らしいわ!! でもここだと気絶できないからね』
そうだった……ここには逃げ道がない。俺は……生き残れるのだろうか?
『死ぬことも無いから安心してね』
死ぬことすらできない……ある意味生き地獄なのかもしれない。
『ほら、早く身体を洗ってちょうだい』
ちょこんと風呂桶に腰かける女神さま。実にシュールな絵面だ。いつか絵に描いてみたい。罰が当たりそうだけど。
「し、失礼します」
覚悟は決めた。
スポンジにたっぷりと泡をつけて女神さまの背後に立つ。
この緊張感、初めて撫子さんとお風呂に入った時を思い出す。そう考えると、俺も少しずつだけど、成長してきているのかもしれないな。
『命くん? 何でスポンジなんか使っているの? そういうところ全然成長していないじゃない』
マジか……まさか素手で洗えと? そういえば女神さまに触られたことはあっても、触ったことはなかった。スポンジ越しでギリギリなのに、素手とか死んでしまうんじゃないだろうか。
「わ、わかりました、ちょっと待ってくださいね」
断るという選択肢はないからな。しっかり泡立たせてなるべく直接肌に触れないように……
『はああ……想像していた以上に気持ちが良いわあ……あ、次は前もお願いね』
ま、前!? やはり来たか……みんなごめん……俺はここで死ぬかもしれない。
『あはは、だから死なないって』
くっ、いっそ殺せ。
『ありがとう命くん、今度は私が洗う番ね!!』
……ギリギリで生き残ったが、すでに虫の息の俺に新たな危機が……
残りHPは1。さすがにないとは思うが、万が一身体スポンジとかやられたら確実に死んでしまう。
「あ、あの……女神さま、お手柔らかに……ぎゃああああ!? 痛ってええええ!!?」
『あら……ごめんなさい、間違ってお風呂掃除用のタワシ使っちゃったわ。うふふ』
……駄目だ、この女神さま、満喫する気満々だ。
『今治してあげますからね、ペロペロ……』
はうあっ!? な、何してるんですか!! それヤバいですって!!
『ふふふ~、それじゃあ命くんにサイズ測ってもらおうかな~』
……俺は屍、俺は屍。頭に乗せられても測れませんよ?
『ふう……いい湯だわあ……』
「……そうですね」
ほのかに上気した白い肌が艶めかしい。そして俺は真っ白に燃え尽きて灰のようだ。
たぶんリアルなら何度も昇天したはずだが、どうやら本当にここは天国らしい。色んな意味で。
『ふふふ、神々もね、温泉大好きなのよ。私も久しぶりに全国の温泉巡りしたくなってきたわ』
我が家のお風呂は『秘湯温泉巡りの素』を使っているので、家に居ながらちょっとした温泉気分を味わえる。このお風呂も同じように温泉の香りまで感じられるのが素晴らしい。
「女神さまも温泉巡りとかするんですね」
『もちろんよ。いつか一緒にまわりましょうね、命くん』
ぐはっ!? め、女神さま、不意打ちで抱き着くのヤバいですって……。




