第八十八話 地獄絵図
『命くん……また来ちゃったの? そんなに私に会いたいのかしら~?』
……え? あ、女神さま? あ~あ、またやってしまったのか。
「すいません。今日、三度目ですよね……」
さすがにへこむ。せっかくの神メンタルもこういう系には効果ないんだよな。いや、力に頼っている時点で駄目なんだ。もっと俺自身が強くならないと……。
『ふふ、謝る必要なんてないのよ。私は命くんと会えて嬉しいんだから』
ふわっと抱きしめられると色んな花の香りがする。
「でも何だか情けなくて……」
『あのね、これはある意味安全装置みたいなものなのよ。命くんは危険なほどの力を持っているでしょう? だから暴走しないように、あるラインを越えたら意識が落ちるようになっているの。もちろん、それも含めて命くん自身の力よ』
そうか……安全装置か。そう考えれば悪くないような気もしてきたぞ。
『うんうん、命くんのそういう素直なところ好きよ。せっかく来たんだから今夜はここで朝までゆっくりしていくといいわ』
「え? 良いんですか? ご迷惑じゃ……」
『迷惑なわけないじゃない。別にずっと居てもらっても良いんだけどね。命くんにはやってもらわないといけないことがあるから』
そうだよな。ついつい日常に流されそうになるけど、あくまで俺の使命はこの国を救うこと。
あ……そうだ、ずっと聞こうと思っていたんだ。
「女神さま、俺はあとどれくらい許嫁を集めれば良いんですか?」
めちゃくちゃ大事なことだ。許嫁はコレクターアイテムなんかじゃない、血の通った心を持った人間だ。まあ……ひだにゃんは例外として。
許嫁となる以上、いい加減な気持ちで接するつもりはないからな。
もしかしたら、すでに必要な数の許嫁は集まっている可能性もある。っていうか、俺の身体が持たないからそうであって欲しい。
『それはね……私にもわからないの。まさに神のみぞ知るってやつね』
なんだか誤魔化されたような気がしないでもない。っていうか神さま貴女ですからー!! やっぱり知っているんじゃないですか?
『あははは、別に意地悪しているわけでも、誤魔化しているわけでもないのよ。未来とは常に変動してゆくもの。たとえば命くんが新しい許嫁をゲットするでしょう、そうするとそこから可能性の分岐点が無数に派生するのよ。私たち神に出来ることは、その分岐した未来を見ること、そして使われなかったルートを整理することぐらいなのよ』
「えっと……よくわからないのですけど、対症療法的な?」
『うーん、まあそんな感じかしらね。大枠の未来は見えている。そしてそれが望まぬものであれば、変えるために必要な干渉をする。直接干渉出来れば楽なんだけど、それは人類の、そしてこの世界の存在を否定することにもなりかねない。私たちはあくまで観測者、調停者なのよ』
難しいことはわからないけど、この世界のことは俺たち人間の手で何とかしないといけないってことだよな。
「それじゃあ……まだ破滅の危機は変わっていないということですか?」
『いいえ、確実に変わり始めているわ。だからね……命くん、アナタは思う通りに生きなさい。アナタとその仲間たちが起こしているエネルギーの波は確実に大きくなり、やがてこの国を……いいえ、世界を救うことにつながるはずだから』
そうだよな……俺がなんとかしようなんて思い上がりも甚だしい。でもおかげで迷いは消えた。
未来のこと、先の事なんてわからないけど、俺は俺の意志で、全力で生きてやる。それだけでいいんだ。それしかないんだってわかったから。
『うふふ、わかってもらえて嬉しいわ。さあせっかくゆっくりできるんだから、座って』
いつの間にか豪華なダイニングセットが。
「あの……俺が戻らないとみんなが心配するんじゃあ?」
気絶したままってのはさすがにヤバいよな?
『あら、それなら大丈夫よ。ちゃんと寝息を立てているようにしてあるから。いきなり寝落ちしたようにしか見えないはず』
……いきなり寝落ちするって……全然大丈夫じゃないような気が……?
『心配なら見せてあげるわ。ただし心を強く持ってね』
え……? 見れるの? 心を強くって……一体?
『はい、寝室を上から見たところよ』
すごい……まるで空中の高性能ドローンから撮影しているような臨場感……
ひ、ひぃ!? なんじゃこりゃああああ!!!
あらゆる方向に無残に引き伸ばされた俺の身体……そしてその体をパクつく許嫁たち。控えめに言ってもホラー映像だ。違う意味で子どもに見せたらいかんヤツ。とてもじゃないが直視できない。
ああっ!? ちょっと待てまあす、一体どこを食べようとしているんだ!?
『はい、ここまでにしておきましょうか』
え……ここで終わり? ホッとしたような気になるような。一応新婚初夜のはずなのに、なんだこの地獄絵図は……?
『あははは、ここから先は見ない方が命くんのためよ』
……女神さまがそういうなら見ない方が良いんでしょうね。っていうか最初から見せないで欲しかったですよ。
『ごめんなさいね。命くんの反応が面白くて……つい』
良いんですよ。女神さまにはお世話になりっぱなしですし、少しずつ慣れてきましたから。
『んふふ、いつまでも素直で純粋なままでいてね。じゃあとりあえず一緒にお風呂に入りましょうか』
……はい? あの……女神さま? それはどういう……




