第八十七話 直接温めてあげるわ
「……みんな揃ったな?」
茉莉と菖蒲が部屋にやってきたので、話を切り出す。
「みんなって言っても、私と菖蒲しかいないじゃない」
「撫子、何のお話ですか?」
「集まってもらったのは他でもない。みこちんのことだ」
「まあそうでしょうね」
「な、なんでしょうか?」
「うむ、実はな。許嫁を集めるとみこちんに豪語したものの、いまだに一人も集められていない。このままでは、筆頭許嫁としての立場がない」
みこちんは一体どうやって許嫁を見つけてくるのだろう? 恐るべきスピードで、的確に許嫁をモノにする手腕……見事としか言いようがない。それに比べて私ときたら……。
「撫子……そんなこと気にしていたの? 大丈夫だって、天津も気にしていないと思うよ」
ありがとう茉莉。だがみこちんが許しても私自身が許せないのだ。
「で、でも茉莉、そうは言っても、許嫁が増えてきて、相対的に私たちの存在感も薄くなっているような気がするんですけれど……」
「うっ……薄々気付いて気にしていたことをはっきり言うわね菖蒲。まあたしかに、あれだけ個性的なメンバーが揃っていると埋もれてしまうわよね。でも、私たちには学校があるじゃない」
たしかに茉莉の言う通り、学校という共通点がある私たちは、家でのみ接点のある許嫁メンバーより有利ではある。だが、肝心なことを忘れていないか?
「茉莉、悪いが学校ではお前たちの立場はただの同級生だぞ?」
葵はまあ何とか誤魔化すとしても、私以外の他のメンバーはあくまで非公式な許嫁。少なくとも学校では許嫁として接することは出来ないからな。
「……そうでしたね。思ったよりもかなり不利な立場かもしれません」
「わ、私は別に天津と学校でイチャつくつもりはないから気にならないけどね」
落ち込む二人を見ていると申し訳ない気持ちになる。それでなくとも菖蒲も茉莉もクラスが違うし、部活動もバラバラだから、みこちんとは接点がほとんどない。だがな、そんな二人にも出来ること、良い作戦があるのだ。
「そこで許嫁を集める作戦だ」
「そのまんまだね……っていうか、そんなことをしたらますますライバルが増えて埋もれてしまうんじゃない?」
「私もそう思いますけど……」
まあそういう反応になる事は予想していた。
「ふふん。実は女神さまに教えてもらったんだが、みこちんに許嫁を紹介すると、ボーナスポイントがもらえて、紹介した許嫁の力の一部が紹介者にも付与されるらしい」
「……なんだか怪しい投資話みたいなシステムだけど、それが本当なら魅力的な話ね」
上昇志向の強い茉莉ならそう言うと思ったぞ。
「あの……紹介者は一人に限定されるのですか?」
「良い質問だ菖蒲、ちゃんとグループにも適用されるらしい。だからお前たちを呼んだんだ」
一人で闇雲に探すよりも、三人で協力した方が効率も良いし、可能性も高くなるはず。
「なるほど、わかったわ撫子、協力して許嫁を探しましょう!!」
「わ、私も協力します!! 命さんの役に立ちたいんです」
「うむ、お前たちならきっとそう言ってくれると信じていた。とりあえず雅先生に学校内の一族リストをもらっているから、今から有力候補をリストアップして、早速週明けから動こうと思う」
「ぬ、抜かりがないわね撫子」
「学校内にそんなに一族がいるなんて初耳なんですが……」
「普段交流がある家でもなければ、あまり一族同士の横のつながりはないからな。直下五家や茉莉や菖蒲のところみたいな名門でもないかぎり、知らなくても無理はない」
「たしかに那須野家の分家だけでも数百はあるからね……聞いたことも会ったこともない親戚もたくさんいるし」
「そういえば命さんの存在が正式に公表されたら、世界中から許嫁希望が殺到するって言ってましたね……あまり時間は残されていないのかもしれません」
そうなのだ、みこちんの存在が公になれば、私たちが探す必要などなくなってしまう。それは仕方ないことなのかもしれないが、今出来ることをやらずに諦めることはしたくない。
待ってろよ、みこちん!! 必ずや許嫁を見つけてやるからな。
「うおっ!? な、なんだか寒気が……?」
「ご主人さま、大丈夫ですか? すぐに、はちみつ生姜湯お持ちしますね」
「あ、うん、ありがとう葵」
「それだけじゃあ心配ね。はちみつ生姜湯が来るまで私が直接温めてあげるわ」
「え? あ、うん、ありがとうゆり姉……ところで直接って?」
「馬鹿ね……こうするのよ、えいっ」
「うひゃあ!? あ、あったかい……それに……柔らかい」
ゆり姉の肌はまるでシルクのように滑らかですべすべしていて……
「……何をしているんだ、百合先輩?」
「命が寒気がするっていうから、温めてあげていたのよ、撫子」
「なんだって!? それは大変だ。茉莉、菖蒲、私たちも手伝おう」
顔色を変えて直接温めてくれる撫子さん。なんだこの天国は?
「え? ま、まあ仕方ないわね、風邪でもひかれたら困るし」
茉莉も加わって来たああああ!? マズいぞ、温暖化警報発令中だ。
「あ、あの百合先輩……それは直接じゃないと駄目なんでしょうか?」
「当たり前じゃない。そんなことは遭難イロハのイよ」
ゆり姉……別に遭難していないんだけど。
「わ、わかりました、恥ずかしいですけど、命さんのためなら!!」
おうふ……恥ずかしさで桜色に染まった菖蒲は地球規模の環境破壊要因だ。
「……ご主人さま、はちみつ生姜湯お持ちしました」
葵……丁度良かった、ナイスタイミング、助かったよ。
「うーん、どうやら飲める状況ではないですね」
おもむろにはちみつ生姜湯を口に含む葵。
あの葵さん? 何してるんでしょうか?
「んむむむ!?」
「ふふ、美味しかったですか?」
口移しで飲ませてくれるなんて……あ、ヤバい……クラクラしてきた。
「なるほど、その方が身体の中から温まりそうね」
ゆり姉、撫子さん、茉莉、菖蒲……次々と口移しではちみつ生姜湯が流し込まれる。
も、もう味とかわからなくなってきた……
『みこちん、命っ!? 大丈夫……命くん……』
ゆり姉たちが遠くで何か言っているのが聞こえる……。




