第八十六話 今、俺に出来ること
ごくり……そういえば一応俺たちは夫婦になったんだよな? 誰が何と言おうとも女神さま公認だし。
ということは、もしかして……解禁……なのか?
許嫁の皆さまがやたら積極的なのもそのせい?
なるべく考えないようにしてきたけれど、どうしてもそんなことを考えてしまう。
「残念ながらまだ早いよ命くん。あと二年、18歳になるまでは我慢しないとね」
「うわっ!? 桜花さん、や、やっぱりそうですよね」
いつの間に現れたんだろう? それにしてもこの状況で二年か……永遠のような長さに感じるな。
「冗談だよ」
あの……それ、流行っているんですか?
「え……? ってことは……」
「正確に言えば、正式に当主に就任すればその時点で晴れて解禁だよ。あと少しの辛抱だ命くん、まあその耐えている姿がたまらなく愛おしいんだけどね」
愛おしいというよりも、面白がっているようにしか思えないんですけど……?
「あの……それはいつ頃になりそうなんでしょうか?」
べ、別にがっついているわけじゃなくて、自分の将来に関わることだから……
「くくく、本当に可愛いね命くんは。まあ我慢しているのはお互い様ということで」
え、それってもしかして桜花さんも?
「ふふ、何のことかな? その当主就任だけどね、たぶん来月には一族総会が開かれるからその時に日程が決まると思う……何もなければ、だけどね。順調にいけば年内の可能性もあるよ」
ね、年内!? あと数か月しかないじゃないか。そ、そんな……心の準備が……
「あははは、長いと言ったり早すぎると言ったり忙しいね命くんは」
笑われてしまったことよりも、いつの間にか膝枕されているこの状況の方が恥ずかしい。
「耳かきでもしてあげようか? 私の耳かきスキルは撫子のお墨付きだからね」
マジか……美女に膝枕で耳かきとか、男の夢じゃないか!!
「ああっ!? 桜花さんズルい~!! 私も天津くんとイチャイチャしたいんですよ~学校じゃできませんからね~!!」
「雅……なんだ、もう戻ってきたのか?」
「なんだは酷いわ~これでも一生懸命調べてきたんだから~」
プンスカ怒っているが、ちっこいので全然怖くない。むしろ頭を撫でて甘やかしたいまである。
「そうですよ、私も早く命くんとイチャイチャするために神速で仕事終わらせてきたんですから!!」
「楓……お前たちはさっきまで命くんとイチャイチャしていたじゃないか。ほら、耳かきしている間に報告頼むよ」
おふっ……めっちゃ気持ち良い……桜花さんの耳かきスキルヤバすぎる。
「はいはい、黒津家だけどね、ちょっと洒落にならないぐらい真っ黒よ。正直どこから手を付けたらいいかわからないぐらい全方位で活動してる。たぶん、昨日今日の話じゃなくて、少なくとも相当な年月をかけて周到な準備をしてきたのは間違いないわ。あ~あ、黒津家は身内だから正直管轄外なのよ……」
楓さんがうんざりした様子で一気にまくしたてる。
「その黒津家の狙いですけれど……当面は遷家を狙っているみたいですね~。その先は……おそらくは世界征服まで視野に入れているみたいです~」
雅先生が言うと全然緊迫感無いんだけど、明らかにヤバい話だというのは俺でもなんとなくわかる。でも……世界征服っていくらなんでも大げさなんじゃ?
「命くん、もしも黒津家の狙いが遷家にあったとして、それが実現した場合、世界征服は大げさでも何でもないんだよ」
「そ、そうなんですか? えっと……そもそも遷家っていうのがわからないんですけど」
「それは雅の方が詳しいから説明頼むよ」
「ふえっ!? わ、私ですか? え、えっとですね……天津家の下に黒津家を含めた直下五家というのがあるの。それは知っているわよね?」
「あ、はい、黒津家以外は知らないんですけどね」
「まあ今はそれで良いわ。それで直下五家というのは、宗主家である天津家を守り支える立場でもあるんだけど、同時にお目付け役でもあり、血族のスペアとしての役割もあるの~。だから天津家とは血縁関係も濃くて、たまにとんでもなく優秀な人物が生まれることもある」
「なるほど……」
「そして宗主家である天津家に常に優秀な人材が輩出されるわけでもない。確率は低いけれど、歴史上そういう世代も存在したわ~。そしてそういう時、直下五家は、当主の交代を発議することが出来るの。もちろん直下五家に当主を上回る人材がいる場合に限るんですけどね~」
「そうか、それじゃあ遷家っていうのは……」
「そうよ、命くんに代わって、黒津家の誰か……おそらくは長男の黒津頼人を当主にするつもりなんでしょうね~」
マジかよ……あんな奴が当主になったら大変なことになるんじゃないのか?
「まああくまでも可能性の話であって、実際はとんでもない高いハードルだからほとんど起こりえないんだけどね」
「そうなんですか、楓さん?」
「ええ、まず発議するには、黒津家以外の四家の過半数の賛成が必要、つまり四家中三家の同意が必要なの。よほど酷い状況でなければ、まずあり得ない条件よ」
「あの……俺って大丈夫なんですかね?」
「あははは、大丈夫に決まっているじゃない。なんたって稀人なのよ? 自信を持ちなさい」
そ、そうだよな……。
「うーん……でもね、実はちょっと嫌な感じなの~。もしかしたらすでに外堀は埋められている可能性があるのよ~。あ、勘違いしないでね、命くんのせいとかじゃないから~」
「雅、命くんは女神さまから直接指名され、祝福を受けている人間なんだよ?」
「それはわかっています桜花さん。ですが、もう止められないところまで来ている可能性が高いんです~」
なんてこった……別に当主になれなくたって全然構わないけど、黒津家が関わっているなら話は別だ。
「桜花さん、雅先生、楓さん、なにか俺に出来ることはないんですか?」
「「「とりあえず添い寝とすあま」」」
……なるほど、まずは俺自身と許嫁の皆を強くする。たしかに今はそれしかないのかもしれない。
たとえ黒津家がどんな企みをしようとも、真正面から打ち砕けるような力を手に入れれば良いわけだし。




