第八十四話 すぐそこにある危機
「みこちん、元気出せ。私がまた新しい許嫁を探してきてやるから」
撫子さんが肩をポンポン叩きながら良い笑顔で慰めてくれる。
いや、撫子さん、別に落ち込んでなんていないからね!? っていうか、本音を言えばもう十分過ぎるほど許嫁いるから。
「たしかにご主人さまが好みそうな清楚系美少女でしたからね。今夜は特別なメイド服でご奉仕いたしますので、元気を出してください」
え……俺、そんなに落ち込んでいるように見えるの!? でもそのおかげで慰めてもらえるならラッキーかもしれない。そして葵の特別なメイド服がめっちゃ気になります。
「命くん、菫ちゃんは許嫁じゃないからね。間違って手を出さないように。出したくなったら私にぶつけるといい」
桜花さん……嬉しいんですけど、俺そんな手当たり次第に見えます!?
「それにしても、黒津家が俺に許嫁を送ってくるなんて……どういうつもりなんですかね?」
散々迷惑かけたからお詫びみたいな意味もあるのだろうか?
「表向きは友好の証、でも十中八九、周囲の目を誤魔化すためでしょうね~。もちろん天津家の血が欲しいということもあるでしょうけれど」
雅先生? 教えてくださるのはありがたいんですが、俺の頭の上にその巨大な物体を乗せる必要あるんでしょうか? 誤解してほしくはないんですが、別に嫌ではないです。
誤解されては困るので、頭に雅先生を乗せたまま、気になったことを聞いてみる。
「周囲の目を誤魔化す? 何のためにそんなことする必要があるんですか、雅先生?」
「あら~? 天津くんが見えなくなっちゃったわ~? どこ行ったのかしら~声は聞こえるんだけど」
ポーカーフェイス、ポーカーフェイス、反応したら負けだ。
「それはねえ命くん、黒津家が水面下でろくでもないことを企んでいるからよ」
雅先生の代わりに答えたのは楓さん。なぜか俺の上に馬乗りになって、耳元で告げる。そんなことしなくても普通に聞こえますけどね。
それにしても相変わらずすごい筋肉だ……引き締まっているのにすっげえ柔らかいんだよな。一体どうなってるんだろう?
「気になるなら遠慮なく触ってみて良いのよ」
心を読まれたか!? くぅ、落ち着け命、反応したら負けだ。ポーカーフェイス、ポーカーフェイスマンになるんだ。
心に仮面を付け、鋼の精神力で理性を保ちつつやはり気になったことを楓さんに聞いてみる。
「ろくでもないこと? それは一体?」
もっとも、俺の知る限り黒津家のすることはたいていろくでもないことだが。
『主殿……ここ最近の黒津家は直下五家への干渉を強めておりました。もしかするとそのことと関連があるやもしれませぬ』
背後に控えていた頭領……もとい、杏が耳元で気になる事を教えてくれる。
なんか……だんだん忍びっぽくなっているけど気のせいだよな。
そして、なぜ後ろから抱き着いているんだ杏。普通に話せないのか? 前後そして頭の上からサンドイッチされている俺の気持ちを想像したことがあるのか?
まあ……最高なんだが。
『前側には楓殿がおりますゆえ、拙者は空いている後ろから』
とうとう拙者とか言いだした!? ま、まあ、それなら仕方ないか。空いてるんだから。
「ふーん……直下五家ですか……まさか、黒津家の狙いは……」
「これは思ったよりもヤバいかもしれないわね……」
思い当たることがあるのか、深刻な表情で席を立つ雅先生と楓さん。何やら一族の方に連絡をする必要があるみたいで、そのまま部屋から出て行ってしまう。
『主殿……拙者の発言のせいで申し訳ございませぬ。それがしの貧相な身体で良ければいくらでも……』
待て杏、拙者なのかそれがしなのかはっきりしてくれ。それにだ、べ、別にガッカリなんてしていないから気にするな。せいぜいちょっと寂しいなぐらいだぞ。
「杏、そんなに自分を卑下するな。お前だって素晴らしい」
雅先生ほどではないが、杏もなかなか凶悪……いや、何でもない。
『あ、主殿……ありがたきお言葉、恐悦至極にございます』
もうめちゃくちゃだな……喋り方。
とにかく黒津家のことを含めて、一族のことは知らないことばかりだからな。もどかしいけど、今は楓さんたちプロに任せるしかない。
◇◇◇
さて……今夜もやってきましたお風呂タイム!!
本来は楽しい時間なんだけど……俺にとっては天国でもあり、ある意味生き地獄ともいえる。
なんたって連日気を失っているからな。色々覚醒していなければ死んでいたかもしれない。
一番厄介なのは、メンバーに慣れる前に新たなメンバーが加わること。俺も確実に成長しているはずだが、全然追いつかないのだ。
だからといって無策で臨むのは危険すぎる。今日新たに加わった許嫁メンバーだけでも対策を考えておいても損はないだろう。
まず、すあまとまあすは妹だから家族枠でいける……わけないよな!?
霧野先輩は雅先生の従妹だからな……脱いだらすごいかもしれないという危険がある。
その場合、雅先生と霧野先輩にサンドイッチされたら即死間違いないだろう。
頭領……いや、杏だけは未知数だけど、記憶を取り戻すために撫子さんに全身ペロペロされるんだよな?
マズい……その絵面だけで危険すぎる。
どう考えても乗り切れる気がしない。助けてエライ人!!
『安心しろ命、女神さまを信じるにゃあ!!』
ひだにゃん……猫になるのかそうでないのか、そろそろはっきりして欲しいんですが。
「もしかして女神さまが助けてくれるんですか?」
『そうにゃ、命、お前最後に女神さまから祝福をもらっただろ?』
「もらいましたけど……風呂ですあま耐性がなんの役に立つと?」
『馬鹿者、す(スペシャル)あ(アストラル)ま(まあなんとかなる)だからな。大抵は何とかなる』
す、すげえ……いや、すごいのか!? まさかすあまにそんな秘密が!!
『ふふふ、それだけじゃあない、す(すけべな)あ(アクシデント)ま(まあなんとかなる)とも言える』
……最後のまあなんとかなる、の汎用性と安心感が半端ない件。
もしかして……俺はすごい祝福をもらったのかもしれない。




