第七十九話 婚姻の儀式
ろうそくだけが灯された幻想的な空間で、桜花さんが祈祷を捧げ舞踊る。
あの動きは見たことがある。桜宮流舞闘術の型だ。
それにしても恐ろしいのは、あれだけ激しく動いているのに衣擦れの音すらしないこと。
重力の影響を受けていないようにしか見えない。まるで本物の蝶の羽ばたきのよう。
桜花さんが舞っている間、皆一様に言葉を発することもなく、ただ静かにその時が来るのを待っていた。
『女神さまがいらっしゃる心して聞くがよい』
がくりとひだにゃんが項垂れたと思った次の瞬間、ひだにゃんの体が、まばゆいばかりの金色の光を放ち始める。眩しすぎて直視できないが、何度も会っている俺にはなんとなくわかる。この感じ、間違いなく女神さまだ。
『やっほー!! 命くん、昨夜ぶりね~!! 桜花ちゃん、撫子ちゃんもまた会えて嬉しいわ。他の子たちも可愛い!! 良いな~命くん』
軽い……相変わらずノリは軽いのだが、強烈な神気のせいで、桜花さんですら身動き一つ出来ない。他のメンバーはおそらく意識を保つのが精一杯だろうな。
『あら……ごめんなさーい。久しぶりだったから出力が上手くいかないのよ。なんたってリモートだしね。命くん、悪いけどみんなにコレ付けてあげて~!!』
いきなり中空から降ってきたのは……どうみても黒いサングラス?
『神気をある程度遮断する眼鏡よ。結婚祝いに私からのプレゼント♡』
なるほど……とてもありがたいけど、普段は使えそうにない。こんなのしていたらどこかの怪しい組織みたいだし、神気を遮断する場面なんてまずないだろうから。
『ふふふ、私の特製よ? ただのサングラスなわけないじゃない。かけている間は、認識阻害、耐熱、耐寒、水中で呼吸も出来るわ。人間に化けている人外も見分けられるし。あ、もちろんSPF50+だから安心してね』
すげえ……なんというロマンあふれるチート装備。っていうか人間に化けている人外って何それ怖い!? 日焼けの心配はしていなかったんですけど、ありがとうございます。
サングラスをかけると、皆ようやく動けるようになったみたいだ。
それでもひだにゃんの姿とはいえ、女神さまを前にして緊張しているのか、誰も口を開けないでいる。
『あらら、せっかくの機会なのにお話しできないのは寂しいわね……そうだ!! ケーキ入刀しましょう。結婚式だし』
ケーキ……入刀? なんだか嫌な予感がするんですけど。
『さすが命くん鋭い!! そう、貴方がすあまケーキよ!!』
「「「「すあまケーキ!?」」」」
許嫁たちが初めて声を発する。特に撫子さん、すあま、まあす、霧野先輩の食いつきが凄まじい。
『じゃあ切り分けるわね。ふんふふーん♪』
ちょっと待ってください。これじゃまるで俺がケーキみたいじゃないですか。
『そうよ。だからそう言ったじゃない』
どこから出してきたのか、白いお皿に切り分けられたすあまケーキが並べられてゆく。わかってはいたが、俺の分の皿は……ない。
「むっ、葵のすあまケーキの方が少し大きい気がする」
撫子さんがまるで小学生のようなことを言い出す。
「よろしければ交換しましょうか? 奥さま」
葵が慈母のような微笑みですあまケーキを撫子さんと交換する。
「おかしいな? やっぱり元に戻してくれ」
撫子さん……それたぶん気のせい。
「お、お兄さまがすあまケーキだったなんて……」
「お兄さまを食べる? ぐふふ、たまらん」
そういや、すあまとまあすは知らないんだよな。俺がすあまだってこと。自分で言ってて意味わかんないけど。
「……うーん、食べるべきか食べざるべきか」
『くっ……主殿を口にするなど許されるのでしょうか?』
悩む霧野先輩と頭領。遠慮なく食べてくれ。
『それではいただきましょうか。私から皆に祝福を授けます。すあまケーキを食べれば受け取れるから、残さず食べてね!!』
降り注ぐ祝福の雨。まるで金色の草原に降り立ったような黄金色の光の洪水が空間を満たしてゆく。
脳内に直接語りかけてくるような女神さまの言葉。
『桜宮撫子、『命』の許嫁、溢れんばかりの生命力の祝福を』
『桜宮桜花、『心』の許嫁、決して折れない精神力の祝福を』
『星川葵、『耐』の許嫁、刃でも穿つこと敵わぬ耐久力の祝福を』
『折瀬百合、『守』の許嫁、大切なものを守れる力の祝福を』
『那須野茉莉、『弓』の許嫁、全てを射抜く力の祝福を』
『千家菖蒲、『優』の許嫁、全てを癒す優しき力の祝福を』
『紅葉楓、『滅』の許嫁、邪を滅する力の祝福を』
『雨野雅、『知』の許嫁、全知を網羅する力の祝福を』
『彼岸理子、『憶』の許嫁、記憶を操る力の祝福を』
『天津すあま、『空』の許嫁、空間を操る力の祝福を』
『天津まあす、『兄』の許嫁、兄関連無双の力の祝福を』
『霧野かすみ、『話』の許嫁、念話、テレパシーの力の祝福を』
『とうりょ……櫛名田杏、『忍』の許嫁、闇に紛れ気配を消す力の祝福を』
『ひだにゃん、『猫』の許嫁、猫を操る力の祝福を』
ちょっと待ってください、何人か変なのが混じってないか!? あと、頭領って言いそうになりましたよね? っていうか、櫛名田杏っていうんですか? ひだにゃん、やっぱり猫じゃないですか!?
「「「「「いただきます!!」」」」」
俺のツッコミなど無かったかのように、みんな恍惚の表情ですあまケーキを食べている。
わかる……わかるぞ。めっちゃ美味しいんだろ? だって女神さまの祝福入りだもんな!!
くうう、俺も食べたい。
『命くんも食べたいの?』
え? 良いんですか!?
『煮干ししかないけど?』
……遠慮しておきます。
「美味い……美味すぎるぞ、このミスケ!!」
「撫子さん、ミスケって何ぞ?」
「何って、みこちんのすあまケーキの略に決まっているじゃないか」
そうか……決まっているのか。なら仕方ないね。




